■連載/ヒット商品開発秘話
毎年10月になるとグッドデザイン賞が発表されるが、2020年の受賞の中にまな板が含まれている。そのまな板は100円ショップ、ダイソーの『ちょこっとまな板』。これが現在、ダイソーの売れ筋商品の1つだという。
『ちょこっとまな板』は2020年1月に発売。最大の特徴は、サイズが縦18.5×横18.5×厚さ2.5(単位:cm)と小ぶりなところである。カットした食材がこぼれないよう2方向に壁があること、水切り用のスリットが設けられていること、吊り下げ収納ができるフック穴が設けられているところも外見上の特徴。食洗機(食器洗い乾燥機)、漂白剤、熱湯消毒に対応しており、清潔に保ちやすい。
販売は日本のダイソーだけでなく、海外26か国・地域のダイソーでも販売。日本では発売から約9か月で累計94万個を販売している。
主婦の声を反映し主婦が提案
多機能化は、ダイソーが最近発売したキッチン用品の特徴の1つ。本来の機能にプラスαの機能を持たせたものを多数開発・販売している。
『ちょこっとまな板』もこの流れから誕生したもので、2019年3月頃に企画された。ダイソーを展開する大創産業で開発を担当したバイヤーの小林奈穂さん(商品本部4部)は次のように話す。
「仕入先と共同で多機能キッチングッズを開発するに当たり提案を仕入先から募集したところ、いただいた提案の中にあったのが『ちょこっとまな板』に関するものでした」
仕入先で提案したのは主婦のデザイナー。2方向の壁、水切り用のスリットは提案段階で盛り込まれており、サイズ感も現在と同じだった。サイズが先に決まり、このほかの機能は提案した仕入れ先が主婦を対象に実施したアンケート調査の結果を反映したものだという。
コンパクトにすると食材がこぼれやすくなるが、2方向に壁を設けたことでその心配は無用に
コンパクトかつ本体左上の穴により、場所を取ることなく吊り下げ収納ができる
『ちょこっとまな板』の提案で開発を進めることにした理由を、小林さんは次のように話す。
「最初は私も、小さなまな板が売れるかどうかについては半信半疑なところがあったのですが、毎日ように料理をつくるのにまな板を使っている主婦の人が提案してきたのですから、やってみようと思ったのが正直なところです。それまでは大きなまな板しか売っていなかったこと、一人暮らしの経験から使いやすいだろうと思えたことも、つくってみようと決めた理由になりました」
小林さんが一番惹かれたのはサイズ感。一人暮らしの経験などから、狭いキッチンでも場所を取らず使えるコンパクトさがウケると考えた。しかし、社内では多くの人が売れるとは思っておらず、提案が懐疑的な目で見られてしまった。
「社内では『100円だから小さなものしかできないのではないか?』とお客様から受け取られることが危惧されました。大きければいいわけではありませんが、『小さいと使いにくそう』という声も聞きました」
社内の反応をこのように振り返る小林さん。あえて小さくしたことの利点などがなかなかわかってもらえず、自信をなくしてしまったという。
増えた情報を小さなパッケージで効果的に伝える
提案を募り始めてから発売に至るまで10か月ほどかかった『ちょこっとまな板』だが、10か月という時間はダイソーが商品開発にかける時間としては長い。「本当は提案から半年以内に発売したかった」と話す小林さんだが、2つのことで思いのほか時間を取られてしまったという。
まず1つが検査。食洗機で乾かしてしても問題ないかどうかの耐熱試験と、漂白剤を使っても問題ないかどうかの試験をクリアするのに時間がかかってしまった。時間がかかった理由は、製造を担当する提案した仕入先に、これらの試験経験が足りなかったため。ノウハウが乏しかったことから、思わぬところで長い時間を要してしまった。
もう1つがパッケージの修正。機能が多くなった分、伝えたい情報量が多くなるので、来店客の目に留まり手に取ってもらえるパッケージにするために修正を繰り返すことになった。社内のデザイナーと仕入先のデザイナーとの話し合いを4、5回繰り返した。
ダイソーの商品は日本国内だけでなく海外店舗にも出荷されることから、パッケージは日本語だけでなく英語とポルトガル語も併記。ただでさえ盛り込む情報量が多い上に多機能になったことから、情報量はさらに増える。しかも、『ちょこっとまな板』は普通のまな板よりコンパクトだ。小林さんは次のように振り返る。
「小さなパッケージにものすごい情報量を入れなければならないので、ゴチャゴチャしてしまうと本来お客様に伝えたい機能が伝わらなかったりします。他の商品より伝えたいことを効果的に伝え工夫が求められました」
『ちょこっとまな板』のパッケージ。主婦の意見を反映し主婦が提案したことを表す「主婦が考えた」、どういう商品かを表す「省スペース多機能まな板」を大きく表示したほか、特徴を日本語、英語、ポルトガル語の3か国語で表記。商品名の『ちょこっとまな板』は右上に小さく表記されている
本体そのものについては、色の理解を得るのが難しかった。キッチンやキッチン家電でモノトーンが増えてきていることから、白と黒の2色で展開することにしたが、黒が社内で疑問視されてしまった。
まな板で黒を使うのは、ダイソーでは『ちょこっとまな板』が初めて。社内では当初、食品を乗せるものに黒を使うことで良いイメージを持たれないことが懸念された。このような懸念に対し、最近のキッチンやキッチン用品ではモノトーンがトレンドになっていること、黒は食材を置いたときに手元が見えやすくなったり着色汚れが目立ちにくかったりするメリットがあることをプレゼンし、社内の理解を得ていった。
グッドデザイン賞受賞でさらに売れ行きアップ
今はよく売れている『ちょこっとまな板』だが、発売直後から好調に売れたわけではなかった。状況が変わったのは2020年3月頃。店頭で販促を始めてから売れ行きが伸び始めた。コンパクトなことを生かし、棚横のサイドネットにフックで吊り下げることを全店で開始。POPもつくり目立つようにした。
「それまでの売上は、まな板全体の中で真ん中あたりでしたが、せっかくつくった新商品ですからもっと売れてほしかったので、全店に販促に取り組んでもらうようお願いしました」と話す小林さん。一気に全店で取り組んだことや棚に置く通常の陳列より目立つことから、販促に取り組み始めてから売上が大きくアップ。ほぼ同時期にダイソー公式Instagramにアップした画像には、他の画像と比べても多い2万近くの「いいね!」がついているほどだ。
販促開始とほぼ同時にダイソー公式Instagramにアップされた『ちょこっとまな板』の画像
さらに、グッドデザイン賞受賞がさらに売れ行きを加速させることになった。受賞後の売れ行きは受賞前に比べて1.3倍ほどアップしたという。
ユーザーからの評価は高く、中には「便利すぎて3枚買った」という人もいるほど。主婦の厳しい目から見ても、『ちょこっとまな板』の多機能さは「優秀」と評価できるものであった。日本製であることから品質や安全性を信頼して購入する人も見受けられるという。
その一方で、食材の種類ごとに使い分けたい人からすると、白と黒の2色では足りず、「もっとカラーバリエーションを増やして欲しい」といった声も聞かれた。こうした要望に応えるため、『ちょこっとまな板』の姉妹品が企画されており、2月中の発売が予定されている。
取材からわかった『ちょこっとまな板』のヒット要因3
1.絶妙なサイズ感
一般的なまな板と比べかなりコンパクトだが、単身者向け賃貸住宅の狭いキッチンでメインに使うのはもちろんのこと、ファミリー層が住む住宅の一般的な広さのキッチンでも大きなまな板の補助としても使える。
2.多機能で使い勝手が良い
ただコンパクトなだけでなく、水切り用のスリット、吊り下げ収納するための穴、食洗機対応、などと多機能。後片付けで洗い物を少なくしたり、清潔を保ちやすくできたりするので、使い勝手が良い。
3来店客の目に留まりやすい販促
棚のサイドネットに吊り下げる陳列を全店舗で実施。コンパクトであることを生かして実施した吊り下げる陳列は、まな板の見せ方としてはインパクト大。来店客の目に留まりやすかった。
高く評価するユーザーが多いという『ちょこっとまな板』だが、最大のユーザー層である家庭の主婦のツボを心得たものができたのは、主婦が提案したことが大きい。ユーザーの立場に立って開発すれば、支持や共感が得やすくなるというものである。
ダイソーHP
https://www.daiso-sangyo.co.jp/
文/大沢裕司