■連載/ヒット商品開発秘話
手を洗うときに便利なのがハンドソープ。2020年3月にライオンが発売した『キレイキレイ薬用ハンドコンディショニングソープ』がいま、注目を集めている。
『キレイキレイ薬用ハンドコンディショニングソープ』は、殺菌・洗浄だけでなく、保湿もできることが特徴。手肌へのやさしさを表したパッケージデザインを採用し、これまでの『キレイキレイ』と趣を変えた。本体、詰め替えともに、これまでに100万個以上出荷している。
付加価値品の投入で利用の促進を図る
企画されたのは2017年。背景には、手に何らかのトラブルを抱えている人が多いことがあった。
2018年の同社の調査(N=1244)によれば、20〜50歳代女性の74%が、手荒れなど手に何らかのトラブルを抱えている。トラブルの要因は水仕事、手洗い回数が多いこと、などといったところだが、手に何らかのトラブルを抱えている人の70%が、仕事や家事、育児で日々忙しく、マメなケアができていない。
また、子育て中の女性の86%が「バイ菌から家族を守りたい」と思っていることも、2018年の同社の調査(N=1244)から判明。手に何らかのトラブルを抱えていながらケアする余裕がない人は、悩ましく思いながらもハンドソープを使うことになる。
ヘルス&ホームケア事業本部ビューティケア事業部 ブランドマネジャーの小西真梨さんは次のように話す。
「手荒れを気にしていることからハンドソープの使用を控えている人たちに対して、ハンドソープの手洗いを促進し市場の活性化に貢献したいという想いが、私たちにはありました」
ライオン
ヘルス&ホームケア事業本部
ビューティケア事業部
ブランドマネジャー
小西真梨さん
ハンドソープは設置率が90%と高く、これまでのような商品の投入では大きな市場成長が望めないことが課題であった。しかし同社は、2018年に自社で実施した調査(N=1244)のあるデータに注目する。それは、手洗い方法として「ハンドソープの使用」を挙げたのは全体の54%で、「水・お湯のみ」は43%というもの。ハンドソープは設置率が高い割に積極的に利用されておらず、水・お湯のみで手洗いする理由は、「ハンドソープを使うほどの汚れではない」「毎回ハンドソープを使うと手が荒れそう」「洗いすぎると肌に良くない気がする」といったものであった。
このような現状で市場を拡大するには、水・お湯のみで手洗いする人たちにハンドソープに使ってもらえるようにすることがカギを握っていた。そのため同社は、付加価値を持ったハンドソープの投入を検討。家族をバイ菌から守りたいが手に何らかのトラブルを抱えている人が多いことから、殺菌力と手肌を守る機能を両立したハンドソープを開発することにした。
ボディソープの処方をハンドソープ用に調製
手肌を守る機能として、新たに開発した「うるおいバリア処方」を採用した。「うるおいバリア処方」とは、石けん成分と保湿成分であるカチオン性高分子が肌に吸着しやすい形(保湿成分複合体)に変化し、手洗い後の肌に吸着するというもの。手をすすいでも保湿成分複合体は肌に残る。
「うるおいバリア処方」の骨格となる技術は、もともと同社でボディソープの技術として開発されていたが、そのままハンドソープに採用することはできなかった。それは、ボディソープとハンドソープでは使用頻度や成分バランスが異なるため。ボディソープを使うのは1日1回だが、ハンドソープは1日に平均8回、多い人で10回以上になる(2018年同社調べ。N=1000)。そのため、家事や育児の合間にたくさん手を洗っても手肌の乾燥を感じさせないことが求められた。
処方設計でカギを握ったのは、保湿成分複合体をつくるのに欠かせないカチオン性高分子である。手洗い中の洗浄からすすぎまでに使用する水の影響を考えながら、カチオン性高分子の種類によって性質が異なる保湿成分複合体を幾通りも解析。湿度が低い乾燥した環境でも保湿効果実感が優れたカチオン性高分子を見極めた後、その配合量やその他成分とのバランスの最適化に挑んだ。
研究所で処方を設計しては何度も手洗い評価を実施。最終的な処方例は数百通りにも及んだが、研究所と事業部が一体になって取り組み、現在の処方にたどり着いた。
紙粘土でつくった原型を元にボトルの金型を製作
パッケージは、いままでのものとは違い手肌にやさしいことを視覚的に表すという観点のほか、気持ちよく使い続けてもらいたいという想いからデザインされた。ボトルは一から設計したが、CAD(Computer Aided Design:コンピュータを使った設計支援ツール)を使い設計すると人工的な印象が拭えないことから、やさしい曲線をつくるためにデザイナーが紙粘土で原型を製作。これを元に量産用の金型をつくった。表示は思い切って控え目にしたが、これはシンプルにすることで機能に自信があることを感じさせるためであった。
社内の評価は真っ二つに分かれた。若い社員は「こういうのが欲しかった」などと好意的だったものの、年齢層が高くなるにつれて「見えないのでは」と評す声が目立った。社外調査で高く評価され購入意向が高かったことを生かし、最終的には理解を得た。
2021年から販促を本格的に実施予定
ハンドソープは一時期、どこも生産が追いつかなくなり、店頭で品薄状態になった。『キレイキレイ薬用ハンドコンディショニングソープ』も例外ではなく、店頭に安定して並ぶようになったのは、10月あたりからだった。
これにより影響を受けたのが販促活動だった。発売開始直後は電車広告を出したり店頭にボードを掲示したりもしたが、店頭に商品がない状態で販促することは小売店も望まないので、2020年は販促をほぼ実施していない。ただ、生産が回復し店頭に安定して並ぶようになると、『キレイキレイ』の市場シェア回復に伴い、大きく注目されるようになった。
2021年は3月頃から消費者コミュケーションを開始し、これに合わせて販促活動もスタート予定だという。現時点で考えているのは、産婦人科での配布。授乳やオムツ替えで頻繁に手洗いをする一方、ハンドクリームを塗りたくてもなかなか塗れない母親などに向け、産婦人科でサンプリングする考えだ。
取材からわかった『キレイキレイ薬用ハンドコンディショニングソープ』のヒット要因3
1.付加価値が高い
手肌の汚れを落とし殺菌するという『キレイキレイ』が本来提供する機能に、保湿成分を配合。手洗い回数が多いにもかかわらず手肌のケアをする余裕のない人たちから歓迎された。
2.買いたい気にさせるパッケージデザイン
手肌へのやさしさを体現し、柔らかなフォルム、生活感や安らぎなどを感じさせる乳白色、そしてシンプルなロゴ表示をパッケージデザインに採用。事前の調査で購入意向が高かったが、その通りになった。
3.殺菌力にも焦点が当たった
保湿機能が何かとクローズアップされるが、『キレイキレイ』はもともと殺菌力に定評がある。この点が変わらず評価された。
手洗いの大切さがクローズアップされればされるほど、手肌に悩みを抱える人が増えるだろう。殺菌力と保湿機能を兼ね備えた『キレイキレイ薬用ハンドコンディショニングソープ』は、偶然とはいえ現状にマッチした。ほぼ販促できなかったにもかかわらず多くの人に手に取ってもらい使われたところに、商品力の高さを感じる。
製品情報
https://kireikirei.lion.co.jp/lineup/handconditioningsoap/
文/大沢裕司