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豪商屋敷、白壁土蔵、地蔵、江戸時代の佇まいを今に残す城下町・米子の街歩き旅

2020.12.22

■連載/阿部純子のトレンド探検隊

城下町・米子のまち歩き

鳥取の魅力再発見の旅」後編は、城下町・米子のまち歩きを紹介する。「米子観光まちづくり公社」は、城下町米子の町並みを保存、再生し、まちの魅力を発信する団体として2018年に発足。観光案内、まち歩きガイドツアーを中心に、町家のリノベーションやマッチング、観光客向けの物販の開発などを手掛けている。

まちづくり公社では、歴史まち歩きとして「米子城跡コース」「城下町満喫コース」「寺町銀座コース」「加茂川・中海遊覧船コース」のガイド付きツアーを実施。各コース1~2時間程度で、スタートやゴールの場所、時間帯などフレキシブルに相談に応じる。当日のガイド受付も可能。ツアーオプションとして「和文化体験メニュー」も用意している。詳細は上記サイトを参照のこと。

〇米子まちなか観光案内所

まち歩きの拠点となるのが「米子まちなか観光案内所」。取り壊し予定だった江戸時代の商家(町家)を、まちづくり公社が買い取りリノベーション。米子の町家、町並みを保存していくまちづくり公社を実践する“モデルハウス”として機能している。

今回ガイドしていただいたのは、米子観光まちづくり公社理事長で、城下町米子観光ガイドを務める川越博行さん。

「米子は自然災害や空襲がなかったことと、区画整理がされていないことから古い町並みが奇跡的に残っている。江戸から明治にかけて米子にあった商家を町家と呼んでいるが、そうした建物が現在も700棟ほど残されており、そこに光を当てて米子の活性化に使おうと活動している。

観光案内所の建物は魚問屋だった『外江屋』。建物の由来が記された棟札で建った年代がわかるが、江戸中期の宝暦13年(1763年)と、幕末の2枚の棟札があり、いずれにせよ築150年以上の町家で、建物の梁は米子城の材木を使っているのではないかという説もある。

米子の町家の特徴は、神様がいる空間には人が立ち入らないように、2階を造らず吹き抜けになっている。30kmも離れていない松江には見られない様式で、無駄な空間ではあるが、それだけ米子商人は神様を大事にしたということではないか」(川越さん)

観光案内所では、人気の御城印や武将印、米子ゆかりのグッズや地元の菓子など土産品も充実。弁当販売や「米子城カレー」、「米子城コーヒー」も提供。イートインスペースもあるので、情報収集しながらランチも楽しめる。

〇京橋/後藤家住宅

米子市内には昔ながらの町家と小路(しょうじ)、お地蔵さんが随所に残されており、風情のある小路は生活道路として現在も使用されている。

北前船の寄港地として栄えた米子では、外堀から続く加茂川が物資を運ぶために利用されていた。米子城から京に上る際に最初に渡る橋が「京橋」。周辺には蔵が立ち並んでいて、昭和まで残っていたが、2000年の鳥取県西部地震で傷んだため、かなりの数が取り壊されたという。

江戸時代に、藩の米や鉄を運んでいた廻船問屋の後藤家は名だたる豪商。「後藤家住宅」は米子の町家で一番古く、重要文化財に指定されている。交差点から見えるのが正徳4年(1714年)の建築と伝えられる母屋で、2階の屋根瓦は山陰の民家で唯一の、平瓦と丸瓦を交互に葺いた「本瓦葺き」になっている。

現在も15代目が居住しており、見学できる機会が少ないが、離れ座敷には江戸中期の茶室が残っている。後藤家は海運業だが明治時代には鉄道の敷設にも尽力し、JR境線には「後藤駅」がある。

〇米子城のしゃちほこ(鹿島茶舗)

後藤家と並び豪商だった鹿島家。本家鹿島家(現・鹿島茶舗)の中庭に米子城のしゃちほこがある。嘉永5年(1852年)から米子城の小天守閣建て替え修理が行われた際、鳥取藩は財政状況が厳しい状態にあり、城下一の豪商だった鹿島家に無心し、本家・分家で七千両供出して城を修繕。その際に小天守閣から下ろされたしゃちほこを記念として鹿島家が受け取った。

400年前に造られたもので、江戸時代以降のしゃちほこは木造に銅板を張る形になり、全国でも焼物のしゃちほこが現存していることは少なく、民家の中にあるのは全国に例がない。雨ざらしだがきれいな形で残っており、実際に触ることができる。個人宅なので、米子まちなか観光案内所によるガイドツアーでしか入れないので注意。

〇米子城のしゃちほこ(山陰歴史館)

米子市立 山陰歴史館」に、鹿島家と同じく修繕の際に下ろされたしゃちほこが展示されている。二基展示されているうち左が400年前の米子城のしゃちほこで、右は四重櫓改築の際の試作品と伝えられている。しゃちほこが展示されている常設入館は無料で、予約なしで見ることができる(※触れるのは禁止)。

山陰歴史館は昭和5年(1930年)に建築された、鉄筋コンクリート3階建てのモダンな洋館。長年、米子市庁舎として使われていたが、昭和59年(1984年)に米子市新庁舎完成に伴い、山陰歴史館として再スタートした。常設展示では、米子城関連の資料や、昔ながらの暮らしの道具、特産品の弓浜絣の歴史、明治から昭和にかけての学用品などを展示している。

〇寺町通り

400年前に米子藩家老の横田内膳正村詮による、18万石の城下町を作る“都市計画”で生まれた寺町通り。430mにわたって9つの寺が規則正しく並んでいる。どの寺も間口、奥行きが似ていて、まるで分譲住宅地のような印象だ。

浄土宗の「心光寺」には、豪商の後藤家と鹿島家が檀家総代を務めた。本堂は昭和45年(1970年)に火事に遭い、鉄筋コンクリートの本堂に建て替えられた。木造の門や観音堂と、昭和モダニズム建築との組み合わせはユニーク。

庫裏の裏には江戸時代の作庭と伝わる地泉鑑賞式庭園があり、鳥取県指定名勝に選ばれている。浄土宗と蓬莱思想を表現した庭園で、「心」の字形につくられた心字池には鶴と亀を表す岬が左右に向き合う。米子市内には鎌倉時代の作庭で、隠岐島に流される際に後醍醐天皇が立ち寄ったとされる山陰最古の庭園「深田氏庭園」があり、その庭と形式的によく似ていることから、この庭はもっと古い作庭ではないかという説もある。(※注・庭の見学はガイド付きのツアーでのみ対応)

横田内膳は才覚を妬む者の画策で暗殺されたが、日蓮宗の「妙興寺」(米子市有形文化財)は内膳の菩提寺で、肖像画や木杯が残されており、境内には墓碑がある。

曹洞宗の「福厳院」は、建築家であり彫刻家、発明家で“山陰のレオナルド・ダ・ヴィンチ”と称された宮大工の富次精斎によって建立。本堂と開山堂の建物をつないだ太鼓橋の廊下など特徴的な建物となっている。

〇お地蔵さんめぐり

米子では、江戸時代の中期に京都の宮大工が伝えたとされる地蔵信仰があり、長生き、子供の健康、豊作、病気治療とそれぞれのお願いを分担する形で、加茂川沿いや寺町に26のお地蔵さんがある。

身内に不幸があった際、浄土へ導いていただけるよう祈る「札打ち」は、7日ごとにお地蔵さんをめぐってお参りして南無阿弥陀仏と書かれた白札を貼り、最後の49日には赤札を貼る。全国的に珍しい伯耆西部から出雲東部に伝わる風習だ。

京橋のたもとには交通安全祈願の「橋守り地蔵」、お許し祈願の「橋番地蔵」、心光寺には子供の成長と安全を祈る子守祈願の「心光寺地蔵」、加茂川が直角に曲がったほとりには児童祈願の「川守り地蔵」がある。

お地蔵さんで人気ナンバー1が、笑い人生祈願の「咲い(わらい)地蔵」。すぐ近くにある「出現地蔵」は、ある女性の夢枕に現れた予言をもとに昭和10年(1935年)に、加茂川底の井戸を掘り起こしたところ出現したというお地蔵さん。ご利益があるということで賽銭がダントツに多いとのこと。

町の繁栄に寄与した近江八幡の八幡堀と同じく、江戸時代に商人の求めに応じて作った運河が加茂川。物流の動脈として使うために川の流れを変えてクランク状になっている箇所も。橋の密集度が高いのも特徴で、河口から上流1.5kmの間に78の橋が存在する。明治以降、陸上交通がメインとなり、家ごとに橋をかけたのでこの数になったのだとか。

〇米子城跡

戦国末期の天正19年(1591年)に吉川広家が築城を開始、吉川氏が国替えになった後、領主として入った中村一忠が1602年ごろに完成させた。米子城は五重の大天守閣と四重の小天守閣の“ツインタワー”で、山陰屈指の名城だったが、明治時代に取り壊され、今は石垣だけが残されている。しゃちほこがある山陰歴史館には、1/50サイズの米子城本丸模型がある。

現在は湊山公園の一画になっており、標高90mにあることから、360度のパノラマビジョンで米子市街を見渡すことができる、米子屈指の絶景ポイントとなっている。(画像:米子市提供)

米子市内おすすめの食スポット

〇長田茶店/NAGACHA Café 1801

米子まちなか観光案内所の体験ツアー「抹茶御点前体験」を実施している「長田茶店」は、享和元年(1801年)創業の老舗茶舗。代表取締役の長田吉太郎さんは七代目となる。

大山山麓にある自社の茶畑で栽培された有機栽培のお茶や抹茶、お茶を使ったスイーツ、そば、うどんなど8000点ほどの商品を取り扱っている。また、茶道具の品ぞろえは山陰一の規模を誇る(①)。

米子は西日本でも最も抹茶を飲む地域とのことで、茶道ではなく家庭でも普通に抹茶が飲まれている。長田茶店では抹茶の量り売りもあり10g単位で販売。良く売れるのは40gの分量(②)。

「『通い缶』と呼ばれる、三、四世代にも渡って使っている茶缶があり、それを持って抹茶を買いに来る人も多い。中には年季の入っている缶もあり、缶を見ればどの家かわかるほど。米子はスーパーでも抹茶の種類が多く、あるスーパーでは本社から調査に来た人が、店舗で抹茶がどんどん売れていく様子を見て驚いたという話も」(長田社長)

和スイーツは、ロールケーキ、生クリーム大福、プリン、最中など大山の抹茶やほうじ茶を使った「大山の香り」シリーズを展開。「大山の香り お茶屋のジェラート」(③)は、一口当たりの満足度を高めるために、抹茶は二服分、ほうじ茶は八杯分とたっぷり入っている。濃い味わいなので1回で食べ切らずに、数回に分けて食べるのがおすすめ。

2019年に店舗内にオープンしたエシカルをテーマにした「NAGACHA Café 1801」はテイクアウト専門の和カフェ。長田社長の妻の碧さんが携わり、有機栽培茶を使う長田茶店らしいメニューと、バイオカップや紙の蓋、ストローといったエコ容器を使用している。

一番人気は「茶畑ラテ」(ホット・コールド/各M490円、L600円)。茶畑をイメージし、ココアを土に見立て、クリームチーズに抹茶を散らし茶畑の畝のようにデコレーションしている。ティラミス風にトッピングを最初に食べても、混ぜてもチーズティー風でおいしい(④)。

〇御菓子司 清月 本店

米子まちなか観光案内所の体験ツアー「和菓子づくり体験」を実施している「御菓子司 清月 本店」。講師を務める田部浩之さんは2015年に「優れた技能者」として鳥取県知事表彰を受け、2021年2月に86歳になるが、今も現役の菓子職人として腕を振るう。

おすすめは「焼酎カステラ」①(箱なし/ハーフサイズ771円、大サイズ1443円、プラス料金で箱入りも可能)。鳥取の旅・前編で紹介した「千代むすび酒造」の芋焼酎「浜の芋太」を使った焼酎カステラで、たっぷりの焼酎を含んだ(未成年や、食べた後の車の運転は控えるよう注意書きが入っている)、ブランデーケーキのようなしっとりとして深みのある味わい。日持ちは60日で、できたてよりも少し日を置いてからの方が、焼酎が馴染んでよりおいしくなる。冷蔵庫で冷やして食べるのがおすすめの食べ方だとか。

鮮度を保つため冷凍で販売している「かりんとう饅頭」②(1個・120円)は、黒糖風味の饅頭をごま油で揚げた香ばしくてさくっとしたお饅頭。食べるときは自然解凍で。香ばしさを出すためにはオーブントースターで少し焼いて食べてもおいしい。

【AJの読み】風情ある町並みを満喫できる「米子まち歩き」

町家といえば京都のイメージがあったが、米子にも多くの町家があり、現在も江戸から明治にかけての佇まいが残されていると知った。商人の街として栄えた米子は、後藤家や鹿島家、坂口家といった豪商が町や文化の発展にも大きく寄与しており、町めぐりではそれが実感できる。

前編で紹介した境港と米子は車で30分、JR境線は40分程度で移動できる。鳥取を訪れたら、妖怪の町・境港と米子まち歩きはぜひセットで楽しみたい。

文/阿部純子

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