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音の強弱やリズムを理解することで世界が変わる。「Ontenna」の開発者・本多達也が届けたかったもの

2020.11.05

 私たちの周りは様々な音で溢れている。健常者は一つひとつの音を聞き分け、強弱やリズムもつかめるが、ろう者にとってはどれも困難なことばかりである。

 しかし、最新の技術によって、ろう者でも音の強弱やリズムを理解することが可能になる。それが富士通が2019年7月から一般販売を始めた『Ontenna(オンテナ)』だ。開発を推進してきたのは、若きリーダー本多達也氏(ビジネスマネジメント本部事業企画部 Ontennaプロジェクトリーダー)に開発の経緯とこれからの課題を聞いた。

Ontennaの研究開発を推進してきた富士通の本多達也氏

音やリズムを振動で感じる

 一見すると白い小型のヘアピンといった印象を受ける『Ontenna』の特徴は、装着すると音の特徴が体で感じ取れること。髪や襟元、袖口に装着すると、約60〜90dbの音圧(音の強さ)を256段階の振動と光の強さにリアルタイムで変換して伝達する。リアルタイムに音源の鳴動パターンを伝達することから、音のリズムやパターン、大きさを知覚することが可能だ。

『Ontenna』は単独で使用するシンプルモードと、コントローラーと組み合わせて使用するスマートモードの2通りの使い方ができる。シンプルモードで使うと、日常生活での様々なシーンで音を感じたり、スポーツや文化イベントで臨場感や一体感を得ることが可能。スマートモードで使うと、コントローラーのボタンを押すことでリズムを感じることができ楽器演奏練習に活用できるほか、スマートフォンとコントローラーを接続することで音楽を感じ取ったり、マイクとコントローラーを接続することで音の動きを感じ取ることができるようになる。1台のコントローラーに接続できる『Ontenna』の台数は、受信範囲(見通し50m程度)であれば制限がない。

Ontenna本体(手前)とOntennaと接続して使うコントローラー(写真左奥)

偶然の出会いから生まれた『Ontenna』の研究開発

『Ontenna』誕生のきっかけは、本多氏が公立はこだて未来大学の1年生のときに偶然、大学の文化祭でろう者と出会ったことだった。以後、本多氏は大学内に手話サークルをつくったり手話通訳のボランティア活動に取り組んだほか、ろう者とともにNPO法人を立ち上げるなど、ろう者に寄り添った様々な活動に熱心に取り組む。

「このとき初めて、ろう者に出会ったのですが、その方は生まれつき耳が聴こえず、補聴器や人工内耳が使えないということでした。電話やアラームが鳴ってもわからず、動物の鳴き声もわからないという中で生活していました」

 ろう者との出会いをこのように振り返る本多氏。大学でシステム関係のことについて勉強していたが、2012年から卒業研究として『Ontenna』の研究・開発に着手する。

 卒業研究で『Ontenna』の開発を決めたことも、実は人との出会いがあったからであった。その出会いとは、大学でデザインコースのコース長を務める岡本誠教授。アルバイト先で偶然、岡本教授にテレビを売ったことから学内で声をかけられ、デザインに関するセミナーを聴講したところ、ユーザーインターフェースの意義を知ることになった。

 岡本教授は富士通出身で、大学では視覚障がい者が物を触ることができるインターフェースを研究・開発。岡本教授が研究・開発しているものを目にして「カッコイイ」と思ったこと、岡本教授の研究が視覚障がい者を対象にしたものだったことから、本多氏は自分にとって身近な存在であった聴覚障がい者と一緒に研究が進められる『Ontenna』の研究開発を思いついた。

髪に装着すれば手話の邪魔にならない

 今でこそ『Ontenna』は小型で髪に留めても違和感はないが、研究開発を始めた頃は現在とは様相が大きく異なる。最初につくった試作品は現在のものと違い大きく、基板や配線がむき出しの状態。振動ではなく光の点滅だけで音をフィードバックする仕様で、「目がチカチカする」「うっとうしい」と評価される有様だった。視覚情報だけを頼りに生活する聴覚障がい者にとって、かえって負担をかけるものになってしまった。

 次に考えたのが触覚による音のフィードバック。現在の『Ontenna』に採用されている、音を拾って振動に変換する仕様だ。ただ、腕に装着して振動を伝えるようにしていたことから「蒸れる」「麻痺する」「手話するときに邪魔だ」と不評を買ってしまう。

 現在のようにクリップで髪に留めるアイデアは、このときの反省から生まれたものだった。本多氏が次のように振り返る。

「髪は風が吹いてなびくだけで、風向きがわかるほど。センシティブで振動を知覚しやすい上に、蒸れや麻痺が少なく手話の邪魔になりません」

 ただ、人工内耳を埋め込んでいる人などは髪に留めることを嫌がった。そのためクリップ部をギザギザに設け、服の襟や袖口にも留められるようにした。

 本多氏は2014年度、経済産業省とIPA(独立行政法人情報処理推進機構)が実施している「未踏スーパークリエイター」に選出。これにより研究は加速し、富士通入社後は実現に向けて富士通のノウハウやリソースが生かされることになった。

Ontennaを開封すると、「感じること、それが未来」というメッセージが。

研究開発継続の原動力は、ろう学校の子どもたちの笑顔

 本多氏が富士通に入社したのは2016年。「世界中のろう者に音を届けたい」という思いから入社を決めたが、富士通を選んだのは、同社出身のIPA理事の紹介だった。富士通は障がい者雇用に力を入れたり、音声をリアルタイムで文字に変換しパソコンの画面に表示する聴覚障がい者参加型コミュニケーションツール「Live Talk」を開発・提供するなど、「障がい者に寄り添う姿勢がある」(本多氏)ことから、『Ontenna』の研究開発に理解があった。

 富士通に入社後、『Ontenna』の開発プロジェクトには同社のデザイナーやエンジニアが参加する。ベンチャー企業だとものづくりのノウハウやリソースが乏しくハードウェアの開発は厳しいこともあり、富士通が持つものづくりのノウハウやリソースは『Ontenna』の実現に不可欠だった。

 富士通入社後に大きく変わったことの1つが、コントローラーの開発である。開発のきっかけは、ろう学校での検証から得られたアイデア。ろう学校では教師が子どもたちにリズムを伝えるとき、生徒の背中を軽くリズム通りに叩いていたが、これを子どもたち全員に行なうのは大変なこと。「『Ontenna』の振動でリズムを伝えられれば……」といった声があったことから、つくることにした。

『Ontenna』とコントローラーは最初、無線接続にZigbee(ジグビー)を使い開発を進めたが、Zigbeeは2.4GHz帯の周波数を使うことから、大勢が集まるところで使用すると混線する。そこで混線に強い920MHz帯の周波数を使った無線接続に変更することにした。

 デザインについては『Ontenna』本体、コントローラー、充電器ともに、白く丸みを帯びた柔らかいイメージで統一している。「人に触れるものなので、肌になじむものとしました。人間の体には角(かど)がありませんので、角がなく装着したときになじみやすいものにすることにはこだわりました」と本多氏。子どもも使うことから、ろう学校の子どもたちや教師に評価をお願いしたこともあった。コントローラーにストラップを通す穴を設けたり、充電器にMicro USBを挿して充電するのが面倒なことから載せるだけでマグネットによって固定されるようにしたのも、ろう学校での評価を基にしたものだ。

充電器。1台でOntenna本体、コントローラーを充電する。本体やコントローラーは飛び出しているマグネットの接点で固定される

 こうして研究開始から7年を要し誕生した『Ontenna』は、聴覚障がいを持つ人々に広く受け入れられていった。ところが、今年に入りコロナ禍で状況が一変。学校に通えずストレスを抱えた子供たちのために何かできることはないか、後編ではコロナ禍での新たなチャレンジと今後の展望を紹介する。

製品情報:https://ontenna.jp/

取材・文/大沢裕司 撮影/干川 修

編集/石崎寛明

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