■連載/法林岳之・石川 温・石野純也・房野麻子のスマホ会議
スマートフォン業界の最前線で取材する4人による、業界の裏側までわかる「スマホトーク」。今回はNTTドコモがNTTの完全子会社になる経緯について議論します。
完全子会社化で、ドコモのサブブランド登場もしくは値下げがありそう
房野氏:NTTグループの持ち株会社である日本電信電話(NTT)とドコモが、9月29日に緊急記者会見をして、NTTがドコモに対してTOB(株式公開買い付け)を行い、ドコモを完全子会社化すると発表しました。TOB価格は1株当たり3900円です。この完全子会社化よって携帯電話料金の値下げが期待されていますね。
石川氏:完全子会社化の狙いは2つあると思います。1つはNTTグループの競争力強化で、これはこれで話は尽きない。もう1つが値下げです。今までドコモはNTTの澤田さんからの要請を突っぱねていた。それはほかにドコモの株主がいるから突っぱねることができたけれど、完全子会社化されることによって、NTTからの要請を突っぱねられなくなるでしょう。体制も変わって、NTTがドコモを掌握する状態になると思います。
石野氏:突っぱねる必要もなくなるんですよね。
石川氏:自分が期待しているのは、携帯電話料金の値下げが年内にあるんじゃないかということ。12月1日に新社長の体制になるので、そのタイミングで華々しく値下げを発表できると非常にハッピーだし、菅総理大臣の要望に応えることにもなる。確かにドコモが一気に料金値下げするってことも、あり得なくはないけれど、仮に1ユーザー当たり1000円下げると年間5000億円、収益が飛ぶ。2000円だと1兆円近い収益が飛びます。そうするとドコモは赤字になる。ということを考えると、菅総理が狙っている4割をドカンと下げるのは難しいかなと。
現実的にはサブブランドだと個人的には思っています。サブブランドを作って「料金を安くしたい人は乗り換えてください」という形。今のドコモの弱いところは、UQ mobileやY!mobileといった他社のサブブランドにユーザーが流れていること。それを防ぐという意味でもサブブランドはアリかなと思います。ドコモの吉澤社長にこれまで4年間ずっと取材して、サブブランドを作らないんですか? と聞いてきましたが、吉澤さんは「やりません」とはっきり言っていた。けれど、新社長になる井伊さん(NTTドコモ 代表取締役副社長 井伊基之氏)に緊急記者会見で質問したところ、否定はしていないかなと。「ノーアイデア」「Y!mobile、UQ mobileの後追いはしない」とは言っていたけれど、サブブランドの可能性が一番高いんじゃないかと思います。
そうなると、サブブランド同士の戦いになるので、MVNOや楽天モバイルは相当厳しくなるだろうと思います。最終的には3社しか残らなかった、ということにもなりかねないので、歪んだ競争を仕掛けていいのかなという疑問は持っています。
石野氏:単純に、NTTがドコモの約3割5分の株を買うことによって、NTTがドコモの利益のすべてを取り込めることになる。そうするとNTTとしては、今までより利益が上乗せされることになる。この3割5分をユーザーに還元すれば、全員は無理かもしれないですが、かなりのユーザーが4割値下げになっちゃう、みたいな理屈もあるんです。当然、完全子会社化でなにかしら値下げはやっていくだろうなと思います。完全子会社化すると、NTTから見ると「ドコモのものは全部オレのもの」という感じになる。だから余力はできるんですよね。
房野氏:NTTがドコモを完全に握るわけですね。
石野氏:元々、NTTはドコモの株の6割5分くらいは持っているので完全連結なんですけど、今まで65%だったのが「100%オレのもの」ってことになるので、35%くらいは値下げ余力として使える。だから何かしらやるだろうと思いますが、石川さんの言う通りサブブランドかもしれないし、日本は世界に比べて大容量プランの値段が高いとも言われているので、5Gギガホに特化して2000円割り引くようなこともありそうだなという感じがします。12月に完全子会社化ということなので、値下げは年内に何かしらあるんじゃないかなと思います。
石川氏:データ容量20GBのプランが世界に比べて高いと言われているので、サブブランドで20GBプランを作って2980円くらいの安めの設定にする、メインブランドのドコモは5Gをメインにして使い放題的で今と変わらない、というのはあり得ると思っています。他社のサブブランド対抗と総務省、官邸対策を考えると、2980円、3980円が現実的なラインじゃないかな。今のサブブランドも、なんだかんだいって一番容量の大きなプランはおまけを付けて17GBくらいになっている。ドコモが20GBプランをやったら、ほかのサブブランドも「20GBでこの値段」という感じになると思う。
社内のカルチャーがまるで異なる
石野氏:ネットで見たウルトラC案で一番面白かったのは、サブブランドを作ってその名前をNTTドコモにしつつ、NTTドコモが“NTTモバイル”に名前を変えてしまえば自然とドコモが4割値下げになるというもの(笑)。ただ1つ注意点としては、「NTT ComとNTTコムウェアはドコモにくっ付ける」と澤田さんは言っているんですけど、まだ計画も立てていない段階ということ。「OCN モバイル ONE」をサブブランドにするには時間がかかる。
石川氏:その方向性だというだけ。
石野氏:今すぐできるようになるとは限らない。
房野氏:ドコモとNTT Comが一緒になるのは、法律的に問題はないのでしょうか。
石野氏:それは問題ないです。NTT法はNTT東西に帯する規制なので。
石川氏:澤田さんが言うには「法律で規制されているのはNTT東西だけなので、ドコモやNTTデータ、NTTコムウェア、NTT Comとかは関係ない」とのことです。公正取引委員会も認めているので、ほぼこの流れになるだろうなと。自分としては、このグループ再編は遅すぎたと思っています。クラウドはAmazonやGoogleにやられちゃっているし、6Gに向けて頑張るとは言っているけど、ちょっと厳しいかなと思っています。
石野氏:GAFAに対抗するっていっても、「どう対抗するんだよ、GAFAは通信回線やっていないぞ」と思ったし、GAFAに対抗するなら、あのビデオ会議システムはダメだろうとか。
房野氏:緊急記者会見はオンラインで行われたのですが、その際に使われたビデオ会議システムが「SMART Communication & Collaboration Cloud(SMART C&C)」というもので、NTTビズリンクが提供しています。NTTビズリンクはNTT ComとNTT東日本の共同出資会社なんですね。
石川氏:自分は早めにアクセスしたから大丈夫だったけれど、100人以上入れない会議システムで経営統合の話をするなと言いたい。なぜ大事な話を、以前の会見で使ってあれだけ評判が悪かったシステムでやるのかと。
石野氏:NTTの良くない部分が凝縮されている気がする。法人相手が多くて企業に要求されたスペックで作るのは得意かもしれないけど、幅広く使われるコンシューマ製品については弱い。Zoomなんかとはまったく逆です。Zoomはまず幅広い人に使ってもらい改良を重ね、やっと今、法人向けが評価されている。
ドコモも広い意味ではZoomの方向だったんですよ。コンシューマに強くて、その後にいろいろなサービスを法人向けに切り出していった。NTTとはまったく逆のカルチャーの会社が上から完全に買収されることになって、さらにまったく違うカルチャーのNTT Comとドコモをくっ付けるとなると、大丈夫かなと。NTTもNTT Comもコンシューマのことをわかっていない人たちが主流。新製品発表会が地味になったり、端末が急に黒ばっかりになっちゃったりするかも(笑)。過去にプロダクト部長を務めた丸山さん(NTTドコモ 代表取締役副社長 丸山誠治氏)が残っているので、そんなことはないと思いますが、そういうところはいろいろ不安に感じる。マーケティング上手なソフトバンクに勝てるかと。
法林氏:NTTのドコモ買収は、壮大なるNTTグループ再編のストーリーの1つ。その主役がNTTの澤田社長で、鵜浦前社長のお墨付きをもらって動いている。持ち株会社として、ドコモをどうにかしたい、コントロールしたいと思っているということが1つある。もう1つ背景にあるのが、NTT Comとドコモは昔から犬猿の仲。NTTドコモとはいうけれど、NTTの中では比較的自由な会社。
とはいえ完全に自由な会社ではない。ドコモには良いところもあるけど悪い所もある。それをなんとかすべく、山田さん(2008年から2012年までドコモの社長を務めた山田隆持氏)など、NTT東西やNTT Comの人を含め、いろんな人がドコモにやってきた。特に役員クラスは次々に来た。本気でやろうとしたのは辻上さん(2020年6月で代表取締役副社長を退任した辻上広志氏)で、次期社長と目されていたんだけど、辻上さんはそんなに豪腕な人ではなくてコントロールできなかった。
ドコモがグループの顔になるというが……
法林氏:今度社長になる井伊さんは、あの井伊直弼の直系の末裔だそうです。桜田門外の変があるんじゃないかとか、すでに言われていますが(笑)、井伊さんは澤田さんのコマンドに従って動くだろうと見られている。完全にコントロールできる人を送り込んだというのが実情だと思います。
石野氏:発表会でのやり取りを聞いていた限りでも、「~と澤田から言われて来ました」みたいな言い方でしたから。
法林氏:澤田さんはNTT Com出身ですが、その前にNTTアメリカにいた。日本に帰ってきたのが2000年頃で、丁度NTTが分割された前後のタイミング。ところで「分割民営化」と言われるので勘違いしている人も多いけど、NTTは1985年にいわゆる「通信の自由化」で民営化されている。その後、「これじゃNTTが強すぎる」ということで、1999年にNTTとNTT東西、NTT Comに分割した。
石川氏:ドコモは1992年に一足先に外に出ていた。「モバイルに将来性なんてないよ」みたいに言われる中で。
石野氏:見捨てられたというか(笑)。
法林氏:だから大星さん(NTTドコモ 初代社長の大星公二氏)が「ウチはもう株式会社ドコモでいい」と発言して、NTTに怒られたんですよ。今回の統合で元の電電公社体制に戻ると揶揄されているのはそういうこと。まさしくその通り。確かに最終的に料金値下げの話は出てくるかもしれないけど、一番注目すべきはNTTグループが再編しているということ。本社の移転話も含めてずっとやっている。NTT Comの入っているビルがある内幸町辺りにみんな集まるんじゃないかな。
石川氏:圧倒的にドコモのポジションは弱いんですよ。ドコモ出身で、NTTグループで偉くなれた人が1人もいない。
法林氏:NTTグループの営業利益の約5割を稼ぎ出している会社なのに、それがおかしい。初めてドコモ出身で社長になったのが実質的には加藤さん(2012年から2016年までNTTドコモ社長を務めた加藤 薫氏)。ドコモ生え抜きという表現がいいかどうかわからないけど、ドコモでずっとやってきた人で社長になれたのは加藤さんが初めてで、吉澤さんが2人目。
房野氏:山田さんは違うんですか?
石野氏:山田さんは送り込まれた人。
法林氏:山田さんはドコモにすごくなじんだ。
石野氏:ドコモ生え抜きのメンバーから慕われていたんですよね。送り込まれてきたのに、取り込まれてしまった(笑)。
法林氏:中村さん(2004年から2008年までNTTドコモ社長を務めた中村維夫氏)の時代は津田さん(2001年から2004年までNTTドコモ副社長を務めた津田志郎氏)の一件があるから。
石川氏:本来であれば大星→立川→津田と、反骨精神のある人たちが歴代ドコモ社長として続くはずだったんだけど、事前に日経に漏れて、NTTの合意を得られなくて中村さんが社長になったと言われています。あれで流れが変わって、NTTの支配力が強くなってきたと言われていますね。
法林氏:「あいつらは勝手に何をするかわからん」という意味合いで送り込まれたけれど、中村さんは総務畑の人なので圧政をするような人ではなかった。
石野氏:あの時のドコモが一番地味だった。
法林氏:でも、あまり弊害はなくて、割とやりたいようにやらせていた印象です。山田さんの時代は、今までと違う企業がスマホと共に参画してきた時代で、色々と大変だった。例えば「iPhone」が出てきたり、「Galaxy」が出てきたり。
石川氏:「BlackBerry」とか。
2006年9月26日からサービス提供された法人ユーザー向け端末、「BlackBerry 8707h」
石野氏:最初はBlackBerryでした。
法林氏:BlackBerryは法人がメインだった。今回は、NTT Comとドコモの軋轢から生まれた完全子会社化という流れなんだけど、そこで何が起きているかというと、ドコモとNTT Comはここ数年間、法人営業で激突しまくりだそうです。で、大概ドコモが負けるそうです。
石川氏:法人はNTT Comの方が圧倒的に強い。
房野氏:なぜですか?
石野氏:NTT Comは法人営業が主力でしたから。一方、ドコモはコンシューマに携帯電話を売るのが主力。
石川氏:聞くところによると、ドコモの法人営業は組織体制もしっかりできていなかったとか。モバイルが注目されているから存在感はあるけれど、法人営業ではNTT Comに負けっぱなしなので、もしかすると、一緒になったらNTT Comの営業力によってモバイルも強くなるかもしれないという期待がある。元々、法人部門はすべてNTT Comに寄せようかという話もあったくらいなので。
石野氏:今回の完全子会社化で実質的にそうなりますよね。逆に言えば、NTT Comはコンシューマが弱いんですよ。OCN モバイル ONEも、NTTグループのMVNOなのにシェア1位にはなっていない。「コンシューマはドコモの方が営業が上手いよね」ってことで、コンシューマに関しては今後、もっと伸びるでしょうね。
石川氏:だから、ドコモブランドを前面に押し出して、ドコモを親会社にするくらいにした方が本当はいいと思うんですけど、そうはNTTグループがさせないな。
法林氏:プライドが許さない。
石川氏:でも、澤田さんも記者会見で「モバイルが中心になっていく」と言っていた。
石野氏:「ドコモをフロントにして」と言っている。
法林氏:固定電話の時代からブローバンドの時代に切り替わる時に、NTTの電話局、収容ビルというのが正しい表現ですが、どんどん窓口がなくなって、今はどこにもない。コンシューマと直接接点を持てる場所を持っているのは今やドコモだけ。NTT Comは「050 plus」とかOCN モバイル ONEとかをやっていますけど、実は法人で使われるケースが多い。個人向けはあまり契約が伸びないんですよ。で、それを代わりに売ってあげているのが、これがまた面白いことにNTTレゾナントという会社。「goo Simseller」の人たちがせっせと売るわけですよ。
石野氏:NTTレゾナントはNTT Comの子会社ですね。
法林氏:NTTレゾナントはNTTのマルチメディアビジネス開発部から生まれて、「MN128」などのTA(ターミナルアダプタ)を作った部門。NTTグループ内では、ドコモどころか完全に「その他」的な扱いだった。彼らは元々、自前のサービスを持っていなくて、その後、「goo」という検索サービスを作ったりして、gooのサービスをやってきたんだけど、近年はgoo Simsellerでスマホを売っている。OCN モバイル ONEのSIMとセットで、ほかよりも端末を安く売って回線を獲得している。このNTTレゾナントをNTTは、本当はドコモとくっ付けたかった。でも、ドコモが断ったという噂です。
石野氏:ドコモはNTTぷららはとりあえず受け入れた。
法林氏:ぷららはコンテンツがあるから。
石川氏:国際競争力を高めるためのNTT再編の流れは確かにわかるんですが、再編した時に30万3350人(2019年3月31日時点)のグループ社員を本当に養っていけるだけの力があるのか。これからドコモの料金を値下げするとなったら、収益の大半を占めているドコモの収益が下がるわけで、結構、無駄が多いのではないかなって気がする。
本当に国際競争力を付けて、値下げにも応じようと思ったら、もっとスリム化しないといけないだろうし。今回の決断、値下げを受け入れたという話は、NTTにとって相当厳しい船出になるんじゃないかと思います。
……続く!
次回は、ドコモ完全子会社化で国際競争力は高まるのか、こちらのテーマで話し合う予定です。ご期待ください。
法林岳之(ほうりん・ たかゆき)
Web媒体や雑誌などを中心に、スマートフォンや携帯電話、パソコンなど、デジタル関連製品のレビュー記事、ビギナー向けの解説記事などを執筆。解説書などの著書も多数。携帯業界のご意見番。
石川 温(いしかわ・つつむ)
日経ホーム出版社(現日経BP社)に入社後、2003年に独立。国内キャリアやメーカーだけでなく、グーグルやアップルなども取材。NHK Eテレ「趣味どきっ! はじめてのスマホ」で講師役で出演。メルマガ「スマホで業界新聞(月額540円)」を発行中。
石野純也(いしの・じゅんや)
慶應義塾大学卒業後、宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で活躍。『ケータイチルドレン』(ソフトバンク新書)、『1時間でわかるらくらくホン』(毎日新聞社)など著書多数。
房野麻子(ふさの・あさこ)
出版社にて携帯電話雑誌の編集に携わった後、2002年からフリーランスライターとして独立。携帯業界で数少ない女性ライターとして、女性目線のモバイル端末紹介を中心に、雑誌やWeb媒体で執筆活動を行う。
構成/中馬幹弘