もしも今、大地震が発生して避難所に駆け込んだとしたら、「密」は避けられない……そこで注目されるのが、自宅で避難生活を送る「在宅避難」だ。感染症を防げ、プライバシーも保護できる反面、電気、水道、ガスが止まった状態での生活となるため、相応の備えが必要となる。
そんな「在宅避難」の必要性を問う設問を含む、「住宅の耐震意識や地震への備え」に関する意識調査がこのほど、株式会社エヌ・シー・エヌにより、全国47都道府県2,444名を対象に実施されたので、その結果を紹介していきたい。
なお本調査は、9月1日の「防災の日」に合わせて毎年行われている。
耐震県ランキングは昨年20位の愛知がトップ、昨年44位の長崎は最下位に
昨年に引き続き、全国の2,444名に対して「住宅の耐震意識」と「地震への備え」に関する調査を実施。その都道府県別回答をスコア化し、各設問分を合計した値をもとに「耐震県」ランキングを作成した。
すると上位は1位「愛知」(昨年度20位)、2位「神奈川」(昨年度1位)、3位「三重」(昨年度12位)、4位「宮城」(昨年度4位)、5位「千葉」(昨年度8位)という結果になった。
東日本大震災など近年被災した県、南海トラフ地震などの大地震が想定されている県などが関心の高さから上位にランクインする中、昨年に引き続き東日本大震災による県外からの転入世帯も多い「神奈川」も高いスコアを記録した。
一方で、下位5県は43位「富山」(昨年度40位)、44位「石川」(昨年度41位)、45位「島根」(昨年度46位)、46位「沖縄」(昨年度30位)、47位「長崎」(昨年度44位)と、比較的大きな地震が少ない都道府県が多く見られた。
スコア化に使用した質問をピックアップして見てみると、「現在の住居は、耐震性能を備えているか」という質問では全国で31.3%の人が「はい」と回答。
地震への備えに関する質問では、「大地震に備えて、防災グッズや備蓄の用意をしている」人が全国で37.9%、「大地震がきた際の避難経路・避難場所を知っている」人が58.0%という結果になった。
これらを都道府県別に見てみると上位層と下位層の間で50%近い差が生じており、地域によって耐震・防災への意識には大きな差があることが分かる。
また、「直近で緊急地震速報が発令した”直後”に、地震に対して何らかの行動をすぐにとれたか」という設問に対しては、「熊本」「宮城」「福島」など、大きな地震を経験した件で「行動できた」人の割合が高い一方で、どの県でもおよそ半数以上の方が「すぐには何もできなかった」と回答。有事の際の行動にはまだまだ課題があると考えられる。
自分の住まいが地震に強いと思う人、「神奈川」「千葉」では50%以上
ランキングに関する設問とは別に、地震に対する意識を知るべく「自分の住むエリアで、今後30年以内に震度7以上の地震が起きる可能性があると思うか」について聞くと、「高知」88.5%、「千葉」78.8%、「静岡」76.9%と、4分の3以上の方が大地震を想定している県も存在する。
一方で、耐震県ランキングで下位となった「長崎」「石川」「富山」などでは4分の1程度に留まるなど、都道府県によって大きな差が見られた。
また、「自分の住まいが地震に強いと思うか」という質問に対しても、耐震県ランキングで上位に入った「神奈川」「千葉」「宮城」で50%近い方が「地震に強いと思う」と回答した。反対に「秋田」「長崎」「島根」では「地震に強いと思う」と回答した方の割合が20%を切った。
また、地震への備えに関する意識を更に知るべく「地震に備えて行っていること、または行おうと具体的に思っていること」を質問すると、全体で最も多かったのは「日常品・非常持ち出し品の用意」が61.9%、次いで「避難所の確認」40.6%、「家具などの転倒防止策」38.1%という結果となった。
一方で、「耐震性の確認」や「住まいの耐震化」といった自宅の状態に関わる行動については、それぞれ15.8%、6.9%、「避難訓練への参加」も10.1%に留まった。
注目集まる在宅避難、「必要性を感じる」約65%も、「自宅で安全・安心に過ごす自信がある」人は30.3%止まり
新型コロナウイルスの流行を受け、大きな地震が来た後でも自宅での生活を続ける「在宅避難」が注目されている。
「新型コロナウイルスの流行を受け、昨年の今頃と比べて「在宅避難」への意識はどう変化しましたか」という質問に対して、「以前から必要だと思っていた」方が36.0%、「以前は必要だと思っていなかったが、必要だと感じるようになった」という方が29.3%と、65.3%の方が「在宅避難」の必要性を感じていることがわかった。
一方で、「仮に大きな地震が来て在宅避難を行うことになったとして、自宅で安心・安全に過ごす自信はありますか」という質問に対して、「自信がある」と回答した方は30.3%に留まった。実際に在宅避難をするとなると不安な方やどうなるか良く分からない方が多いことが分かる。
建築・防災の専門家からのコメント
本調査を通して、各都道府県の耐震意識や地震への備えが明らかになった。地域ごとに大きな差がある一方で、上位の県でも100%の方が完璧に地震に備えているわけではない。また、「在宅避難」に関しても自信がないと回答する方が多くいた。
そんな中で、地震が起きた際にどのような対処を行うべきか、事前にどのような準備をしておくべきか、工学院大学 建築学部 まちづくり学科 教授 久田嘉章氏、NPO法人プラス・アーツ 理事長/防災プロデューサー 永田宏和氏、二名の意見を以下にて紹介していきたい。
■工学院大学 建築学部 まちづくり学科 教授 久田嘉章氏 コメント
新型コロナウイルス感染化にある現在、災害による避難生活は困難となり、「在宅避難」の重要性が認識されつつあります。調査結果によると「在宅避難の必要性を感じる」は約65%である一方、「自宅で安全・安心に過ごす自信がある」や「現在の住居は、耐震性能を備えているか」は約30%に留まっています。
近年の被害地震は、2016年熊本地震、2016年鳥取県中部地震、2018年大阪府北部地震、2018年北海道胆振東部地震、2019年山形県沖地震など、従来あまり地震が起きなかった地域で頻発しており、全国どこでも災害が起きうることを認識する必要があります。
地震対策の基本は自宅の耐震化です。建物の耐震技術は日々進歩しており、現在では多額の費用をかけなくても、強い地震動に対して在宅避難が可能な自宅が建てられます。
2016年熊本地震の際、益城町では震度7の激しい揺れが2度も⽣じましたが、建築基準法による2000年耐震基準で建てられた⽊造住宅の倒壊率は2.2%(319棟中7棟が倒壊)と低い値であり、しかも倒壊した7棟の多くは柱や梁の接合部様式が不⼗分であったり、構造的にバランスの悪い設計が⾏われていました。もし構造計算を⾏い、しっかりと設計・施⼯されていれば倒壊は防げたと思われます。
一方、建築基準法による建物の耐震基準はあくまでも最低基準であり、その目標は「震度6強程度の激しい揺れでも倒壊して直接死を出さない」程度に過ぎないことに注意が必要です。建物は倒壊しなくても全壊や半壊になると、その殆どは取り壊され、避難所や仮設住宅での長期の避難生活が強いられます。熊本地震では住宅を失った多くの方は健康状態を悪化させ、その結果、直接死は50名でしたが、その後の関連死は220名以上にも達しました。
建築基準法を守るだけでは大地震後の「在宅避難」は困難になる可能性があることを理解してください。熊本地震の際、2000年耐震基準の1.5倍以上の耐⼒を有する「耐震等級3」の⽊造住宅が益城町では16棟ありましたが、うち2棟が軽微な被害、14棟は無被害であり、「在宅避難」が可能であったことが注目されています。
今後は、木造住宅であっても構造計算を行い、耐震等級3など高い耐震性能を確保して、「逃げる必要のない家」が求められる社会になることを期待します。
工学院大学 建築学部 まちづくり学科 教授 久田嘉章(ひさだよしあき)氏
工学院大学総合研究所・都市減災研究センター長/工学博士
早稲田大学理工学部を卒業、同大学院を修了・助手、南カルフォルニア大学地球科学科助手、1995年より工学院大学の専任講師・助教授を経て現在に至る。専門は地震工学・地震防災。2018年現在、内閣府・相模トラフ沿いの巨大地震等による長周期地震動検討会、文部科学省・地震調査研究推進本部・調査観測計画部会、気象庁・長周期地震動に関する情報検討会委員会等の委員、日本建築学会・構造本委員会・幹事、日本地震工学会・理事会・監事、東京建築士会・理事など。主な著書に、「逃げないですむ建物とまちをつくる―大都市を襲う地震等の自然災害とその対策(日本建築学会編、2015)」など。
■NPO法人プラス・アーツ 理事長/防災プロデューサー 永田宏和氏 コメント
本調査結果は、日頃から防災教育、とりわけ被災者の声から学んだ暮らしに関する防災の知識や技を伝えてきた私にとってとても興味深いものでした。防災教育に取り組む専門家として、私が感じたことと調査結果から浮かび上がってくる暮らしの防災に関するアドバイスをいくつか述べたいと思います。
「耐震県ランキング」の元になっている「住宅の耐震意識」と「地震への備え」に関する調査結果を見ると、やはり「防災」は自分ごとにならなければ取り組まないんだということがよくわかります。
東日本大震災や熊本地震を経験された地域の方々や近い将来の発生とその脅威が叫ばれている南海トラフ巨大地震に危機感を感じておられる地域の方々の意識が高いことはそれを顕著に物語っています。しかし、最近頻発している台風や豪雨による洪水被害の状況を鑑みれば、いつどこで起こってもおかしくないのが自然災害です。明日は我が身と思って、今こそご家庭における万全の防災対策をしていただきたいと思います。
<防災対策は「耐震性の確認」があってこそ>
ランキングとは別に実施された地震への備えに関する意識調査の結果を見て感じたのは、多くの皆さんが防災対策の優先準備を間違っておられるということです。
調査結果をみると「地震に備えて行っていること、または行おうと具体的に思っていること」のトップは、「日常品・非常持ち出し品の用意(61.9%)」で、続いて「避難所の確認(40.6%)」、「家具の転倒防止策(38.1%)」の順になっていますが、一方で、「耐震性の確認(15.8%)」の重要性を意識しているのは6人に1人程度にとどまっています。
しかし、よく考えていただきたいのは、避難所への避難行動(非常持ち出し品を持っての)も備蓄している日常品や防災グッズを使いながら避難生活を送るのも、自宅が倒壊せず、家具が転倒せず、安全が確保され、皆さんが命を落とさず、ケガをせずに元気でいることの次にでき得る行動なのです。
命を落としたり、ケガをしてしまったら、備蓄している日常品も、用意している非常持ち出し品も役に立ちません。そのことをよく考えていただきたいと思います。
<「在宅避難」のポイントは事前の万全な準備>
最後の調査項目である「在宅避難」は、コロナ禍の今、防災の分野でとても注目されているキーワードです。コロナ禍で避難所に人が密集するとクラスター化する危険性が非常に高くなります。各市町村で密を避けるための間仕切りの準備など対策を講じていますが、ここ最近発生している大規模な風水害時の避難所の過密状態を見ればその限界は明らかです。避難所に行かなくてもいい安全なエリアにお住まいで、耐震性の高い住宅に住んでいる人は、避難所に行かず「在宅避難」を選択すべきだと思います。但し、その時に重要になるのがそのための事前の万全な準備です。
最近、私たちが監修して出版された在宅避難に関するパーフェクトマニュアル的な本では、在宅避難のために必須の防災グッズの紹介に加え、家族の人数に応じた充分な備蓄量の提示をしています。必要なものが必要な量あることがとても大切なのです。さらに、前述した通り、この「在宅避難」の基本になるのが耐震性の高い住宅であり、家具の転倒防災対策なのです。これについても新刊本の中では詳しく触れていますのでぜひ参考にしていただきたいと思います。
本調査結果では、「在宅避難」に必要性を感じている人が約65%もおられることがわかり、その注目の高さを感じました。その反面、その準備に自信を持てている人が約3割にとどまっていて、そのギャップを埋める「防災教育」の重要性を改めて感じます。防災教育に携わる専門家として、今後も、ご紹介した新刊本にとどまらない、イベントや講座などを通じた人から人に伝えていく防災教育の取り組みにもより一層力を入れていきたいと思います。
NPO法人プラス・アーツ 理事長/防災プロデューサー 永田宏和氏
1993年大阪大学大学院修了。2005年ファミリーが楽しく防災を学ぶプログラム「イザ!カエルキャラバン!」を開発。2006年NPO法人プラス・アーツを設立し、理事長に就任。
現在、全国各地及び、中国、東南アジア、中南米など海外での防災教育普及に積極的に取り組む。東京メトロ、三井不動産グループ、無印良品、NHKなど企業・メディアが展開する防災啓発プロジェクトのアドバイザーも数多く務める。
『第6回21世紀のまちづくり賞・社会活動賞』受賞、『第1回まちづくり法人国土交通大臣賞【まちの安全・快適化部門】』受賞。国際交流基金『地球市民賞』受賞。JICA理事長賞受賞。TBS「情熱大陸」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビ番組にも多数出演。企画、監修した書籍に『地震イツモノート』(木楽舎、ポプラ社)、『地震イツモマニュアル』(ポプラ社)、『今からできる!日常防災』(池田書店)、『クレヨンしんちゃんの防災コミック~地震だ!その時オラがひとりだったら』(双葉社)などがある。
今年の8月に、監修した「在宅避難」のパーフェクトマニュアル『防災イツモマニュアル~今こそ、在宅避難の準備をしませんか~』(ポプラ社)が出版された。
<調査概要>
調査名 :2020年 耐震・地震に関する全国意識調査
調査対象者:全国47都道府県2,444名(各都道府県52名)
調査方法 :インターネット調査
出典元:株式会社エヌ・シー・エヌ
https://www.ncn-se.co.jp/
構成/こじへい