日本では、第5世代移動通信システム「5G」が2020年3月末から始まりました。5Gでは高速大容量通信を、使い放題に近い形で使えます。ただし、エリアはまだごく一部。スポット的にしかありません。本来なら東京オリンピックや、それを盛り上げる様々なエンターテインメントで活用されるはずでしたが、持ち越しという形になってしまいました。
しかし、新型コロナウィルスによる感染症の広まりにも負けず、5Gのエリアは着実に広まっていきます。恐らく今秋、新型iPhoneが5Gに対応するでしょうから、秋以降はエリア、端末とも5Gが浸透していくと思われます。
また、2021年からは「真の5G」と呼ばれる、4Gのシステムを使わないスタンドアロン(SA)方式の5Gが開始される予定です。5G SAでは高速大容量通信に加え、用途に応じてカスタマイズしたネットワークや、超低遅延を必要とするシステムに適したネットワークを提供できるようになります。
本格的に5Gが始まろうとする中、通信業界はもう6Gに視線を向けています。ドコモは「ドコモ6Gホワイトペーパー」を発表し、進化した5Gや、2030年代に6Gによって実現されるであろう未来を展望し、必要となる技術を挙げています。
7月29日、30日にオンラインで開催された「5G Evolution & 6G SUMMIT」では、このホワイトペーパーについて、コンセプトやユースケース、通信技術などが詳しく説明されました。ここではその概要を紹介します。
進化した5G、6Gで何ができる?
いつの時代にも、通信は人と人をつなぐためにありました。4Gまでのモバイル通信では、音やテキスト、カメラで撮った映像を送り合うことでコミュニケーションしてきましたが、6GになるとVRやAR、MRといったXRデバイスを使ったやり取り、8Kやそれ以上の映像、ホログラムを使ったコミュニケーションが現実的になってきそうです。
将来は、触覚、味覚、嗅覚を含めた五感、その場の雰囲気などを伝えられる「多感通信」が可能になるかもしれません。今でも遠くの人の動きを伝える「BodySharing技術」、ロボットやアバターを介して遠隔地の雰囲気を感じたり、遠隔地にあるものをリアルタイムに操作できる「テレイグジスタンス」の実験は進んでいます。こうした遠隔コミュニケーションは、図らずもコロナ禍で、より重要かつ早期に必要なものになりました。テレワーク、遠隔操作、遠隔医療、遠隔教育などは2020年代にどんどん推進されていきそうです。
5Gや6Gは人のコミュニケーションだけでなく、産業や社会課題解決のための技術としても期待されています。少子化で働く人が減ることで、機械の遠隔制御や工場の自動化などが進みそうですが、機械を正確に動かすためには、通信は今のようなベストエフォートではなく、一定の通信品質を保証しなくてはなりません。また、大量の映像データを送信したいというニーズは、すでに多くのユースケースで明らかになっていますが、これには今のモバイル通信と逆で、送信時に高速通信が必要になります。
通信が、現在よりもさらに重要になるとすれば、これはもう、水道や電気のようにライフラインそのものとなっていきます。ライフラインはどこでもあるのが当たり前なので、人の少ない地方エリアはもちろん、空、船、さらには宇宙までも通信エリア化されそうです。6Gの時代には、宇宙旅行の様子をスマホからSNSに投稿しているかもしれません。
ところで最近、「サイバー・フィジカル融合」「デジタルツイン」といった言葉が注目を集めています。現実世界(フィジカル空間)でIoTなどを活用してデータを収集し、サイバー空間に送って現実世界を再現(デジタルツイン)。そこでシミュレーションを行うことで、現実世界の社会課題解決に役立てようというシステムです。このシステムは進化した5Gや6Gで広まると考えられていて、サイバー空間とフィジカル空間の融合を実現するためには当然、高度な無線通信が必要となります。
未来の通信を実現するための条件は?
こうした未来を実現するために、どんな通信が必要となるでしょうか。ドコモは6Gにちなみ6つの柱を立てています。それが、(1)さらなる「超高速・大容量通信」、(2)宇宙まで広がる「超カバレッジ拡張」、(3)「超低消費電力・低コスト化」、(4)「超低遅延」、(5)さらにレベルの高い「超高信頼通信」、(6)さらにたくさんのデバイスつなぐと同時に、ネットワーク自身がセンシングする「超他接続&センシング」。この6つです。
ドコモが超高速・大容量通信でターゲットとしている数値は100Gbpsです。ほかのホワイトペーパーでは1Tbpsを目指しているものもあるそうです。今以上の高速・大容量化は不要だという意見もありますが、より高速・大容量になると脳の考える速度に近づき、サービスの質は確実に上がります。スマートグラスのようなウエアラブル製品は、現実の体感に近い感覚を提供できるようになり、将来的にはバーチャルとリアルの境目がなくなります。
産業でニーズの高い送信時の高速・大容量化。サイバー・フィジカル融合の世界でも、センサーなどからサーバに情報をアップロードすることが増えます。このシステムを人間の身体に例えると、センサーは目、サーバは脳になりますが、目から得る情報が多くなれば、それを脳に伝える神経=通信の性能が上がる必要があります。
通信エリアについては、ドコモは陸上でカバー率100%を目指すとしています。どんな場所でもギガビット級の通信が可能になるのです。さらに現在の移動通信がカバーしていない空、海、宇宙へもチャレンジします。これによって、ドローンやロボットの活躍、第一次産業の無人化、高度化が狙えます。
6Gでは、ありとあらゆるものが通信しあうことになりますが、持続可能な社会の実現のためには省電力化、低コスト化が欠かせません。ドコモはビット当たりのコストを、今の100分の1にすることを目標にしています。一方、無線信号を使った給電の技術も研究されています。まだ課題は多いものの、実現されれば自分でスマホに充電する必要がない世界がやってくるのです。
低遅延は、リアルタイムに双方向でやり取りするサービスを実現するのに必要です。ドコモはエンドツーエンドで1m秒(1000分の1秒)を目指しています。これが実現されると、例えばロボットがニュアンスや人の表情を読み取って、気の利いた接客をしてくれるようになります。
超高信頼通信とは、現在の、利用者が増えると速度が下がっていくベストエフォートとは異なる考え方です。常に一定の品質を保証した通信で、遠隔制御などに必要とされます。現在の5Gでは99.999%の信頼性ですが、進化した5Gでは99.9999%の信頼性、6Gではさらにその上を目指しています。
サイバーとフィジカルが融合する6Gの世界では、IoTデバイスがさらに普及し、5Gの要求条件のさらに10倍程度(平方キロメートルあたり1000万デバイス)の超多接続が想定されています。一方、ネットワーク自体が電波を使って測位や物体検知などのセンシング機能を備えるという進化も期待されています。これは進化した5Gに向けて標準化の検討が進んでいて、誤差1センチメートル以下という、GPSよりもずっと高精度な測位が可能になるようです。
どんな技術が使われる?
こうした世界は、現在の通信技術をベースに様々な技術が組み合わされて実現されていくものと思われます。
超高速・大容量で高い信頼性を確保して通信するためには、できるだけ通信をスムースにすること、また、できるだけ多数のルートを用意し、通信を分散させることが必要になります。現在の4Gでも広いエリアの中に、混雑エリア用の小さなエリアを重ねて接続経路を増やしていますが、今後は街灯や看板、自動販売機、窓ガラスなどにも小型アンテナが搭載され、より分散化されていきそうです。そこで問題になりそうなのが電波干渉。低コスト化も重要です。
窓ガラスのアンテナ化は、ドコモとAGCで研究開発され、4G用はすでに運用、5G用も開発が進んでいます。
将来的には、陸上のエリアだけでなく、空間にも接続経路を増やします。山間地や海上、宇宙のエリア化には、静止衛星や低軌道衛星、基地局を搭載した成層圏を飛ぶ無人飛行機「HAPS」が利用されます。静止衛星は1台で日本全土をカバーできる一方、HAPSはスマホのような携帯端末と直接通信できることから注目度が高くなっています。災害で地上の基地局にダメージがあったときにも活躍してくれることでしょう。
一方、ユーザーが無線LANや固定通信、衛星通信やHAPSなど、様々な通信を、切り替えを意識することなくシームレスに使えるようにする技術も必要です。
周波数は、5Gよりもさらに上の周波数帯を利用することになりそうです。100~300GHzのミリ波、さらにはテラヘルツ波といった高い周波数を、5Gよりもさらに広い帯域幅で利用できるので、100Gbpsを超えるような超高速・大容量通信が可能になります。ただ、テラヘルツ波はミリ波よりもさらに電波の直進性が高まり、遠くに飛びません。樹木や人、建物で遮蔽され、雨や大気にも影響されるという扱いの難しい電波です。多数のアンテナ素子を使うMassive MIMO技術を高度化、仮想化するなど、電波をうまく扱う技術が必要となります。一方で、現在3Gや4Gで使われている低い周波数を使うことも重要です。低い周波数は見通しの悪い場所でも使えるのでユーザーの体感が良くなります。
6Gでは多種多様なユースケースに対応するため、よりフレキシブルに機能配置できるネットワークに進化しそうです。現在は様々な機能が大規模施設に集約されていますが、今後はセキュリティや低遅延を重視して、多くの機能がローカル側、基地局のそばに置かれそうです。また、端末の機能をネットワーク側に配置することで、より安価で省電力な端末が開発できるようになります。
AIも、無線通信システムの様々な分野で活用が考えられおり、通信の制御や管理、自動で最適化する機能などをAIが担っていくことになります。人間が関わる部分を極力減らし、ゆくゆくは自律制御のゼロタッチオペレーションが実現するのではと期待されています。
8月27日、28日には5G Evolution & 6G SUMMITの第2弾として、講演やWebでの展示が予定されています。ドコモの考える進化した5G、そして6Gの世界がどんなものか、見てみてはいかがでしょうか。
取材・文/房野麻子