映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は、今でも人気のある作品だ。
この映画に出てくる小物は、非常に人気がある。たとえば主人公のマーティ・マクフライはカシオの腕時計を着けていた。これは映画の封切当時としては時代の最先端を行くガジェットで、今で言うApple Watchのような位置付け。だが、この腕時計は今でも十分に使えるものではないか?
今回は「35年前のスマートウォッチ」の使い勝手を試してみた。
マーティの腕時計
まずはバック・トゥ・ザ・フューチャーのあらすじをおさらいしよう。
時は1985年。カリフォルニア州のヒルバレーに住む高校生マーティ・マクフライは、親友の科学者エメット・ブラウン(通称ドク)の実験に立ち会う。デロリアンを改造したタイムマシンを稼働させるという。実験は成功したが、ドクはデロリアンを動かすためにリビアの過激派を騙してプルトニウムを入手していた。激怒した過激派は実験成功直後のドクを襲撃し、射殺。その銃口はマーティにも向けられる。
危機におちいったマーティは、とっさにデロリアンへ乗り込み逃走。だが、この時のデロリアンは1955年11月5日にタイムスリップするよう設定されていた。マーティはそのまま過去に行ってしまう。30年前のヒルバレーで彼が出会ったのは、若き日の両親だった——。
これは有名な話だが、作中のマーティはカシオの『CA-50』という腕時計を身に着けていた。カリキュレーターシリーズにラインナップし、液晶画面の下にテンキーが並ぶ独特なデザインだ。電卓やストップウォッチの機能も有している。
これは当時としては驚くべきものだった。
仁義なき「電卓戦争」
1960年代から70年代にかけて、日本では「電卓戦争」が繰り広げられていた。
シャープとカシオは、電子式計算機に果てしない夢と未来を託していた。1957年、カシオは14桁の四則演算ができるリレー式計算機『14-A』を発売。世間を大いに驚かせた。だがこの14-Aはディスク一体型の製品で、重量は120kg。価格は48万5000円である。
翌1958年の南海ホークス野村克也の年俸は100万円。野村はこの前年にパ・リーグの本塁打王を獲得し、それを球団に考慮させた上で掴み取った100万円である。平凡な打撃成績の野手であれば、せいぜい野村の半額程度ではなかったか。つまり、当時の電卓はプロ野球選手を獲得できるほどの価格だったのだ。
だが14-Aをきっかけに、カシオの競合他社が新しい半導体を搭載した計算機を続々開発するようになった。1964年に早川電機(シャープ)が発売した『コンペットCS-10A』の重量は25kg。530個のトランジスタを組み込んでいた。
ここから先の電卓は、年を経る毎に小型化していく。これはもちろん、各社が膨大な予算とエリート技師の能力を注ぎ込む容赦ない競争でもあった。1972年、カシオはついに「片手で持ち運べる電卓」こと『カシオミニ』を市場投入。価格は1万2800円に設定された。重量は315g。僅か15年の間に、電卓は手軽に携帯できる製品になったのだ。
傷なんか気にしない!
1985年当時、電卓の機能も兼ねる腕時計というものは誇張抜きで「夢のガジェット」だった。
マーティがデロリアンに乗ってタイムスリップした先は、先述の通り1955年。この頃にはまだ14-Aすら存在しない。電子式計算機と言えば、箪笥のような大きさのコンピューターを指した。そんなものは学術機関かペンタゴンにしかない。
そういう意味でも、マーティのカリキュレーターは時代格差を読み取るための重要なアイテムだ。
では、あれから35年が経った今ではどうか? Apple Watchを始めとするスマートウォッチが普及し、かつて若者に大人気だったマーティの腕時計は完全に使命を終えた……わけでは決してない。
筆者は二輪免許所持者。今の時点で、街乗り用250ccと長距離移動用400ccを所有している。250ccにはスマホホルダーを装着しているが、運転中にこれを操作して時間確認……というわけにもいかない。従って、普段は着けない腕時計を乗車中は着けざるを得ない。
筆者が使っているカシオ・カリキュレーターは『CA-53W-1Z』という型番。マーティのCA-50のマイナーチェンジモデルだ。購入した時の価格は3000円もしなかった。
最低限の防水設計も施されているし、そもそもが低価格の時計だから傷も気にせずガンガン使える。これが高価格帯のスマートウォッチだったら、スマホのように「本体を守るためのカバー」に入れなければ気が休まらない。それこそ、画面をタンクやハンドルに擦って傷つけてしまったら一大事だ。このあたりは現代のモバイル機器に共通する欠点かもしれない。
なお、日本ではカシオ・カリキュレーターシリーズは「データバンク」と呼んだほうが通りがいい。厳密に言えばカリキュレーターシリーズとデータバンクシリーズは別の系統ではあるが、このような混同に起因する呼び方の定着は有名ガジェットではよくあることだ。考えてみれば、カシオの低価格帯腕時計を指す「チープカシオ」も、そういう名のブランドがあるわけではない。あくまでも通称である。
データバンクシリーズの製品には、電話番号登録機能がある。カリキュレーターシリーズにはそれがない。しかしスマホが浸透した今、腕時計に電話番号を記憶させる必要性はほとんどなくなった。一方でカリキュレーターシリーズは防水設計が施されている分、より使い勝手がいいと筆者は感じている。
MTバイクとの相性抜群!
筆者は高速道路に乗る時、必ずストップウォッチを起動させている。移動に要した時間を詳しく知りたいためだ。もちろん、それでタイムトライアルをやろうという意図では全くない。公務員のくせに事故魔だった親父の背中を見て育ったから、筆者は安全モットーで運転する。
重量もあってないようなもので、陳腐な表現だが「羽のように軽い」。余計な装着感を感じさせず、長時間の運転に最適だ。現代のスマートウォッチの中には、はめているとゴツゴツ感が気になってしまうものもある。分かる人には分かるはずだが、MTバイクには半クラッチという独特の操作が要求される。これがかなり繊細なアクションで、MT初心者は何回もエンジンを止めてしまう。そのような中で、重くかさばる腕時計は邪魔でしかない。
ならばチープカシオでいいじゃないか! と思うのはむしろ人情だとすら筆者は考えている。
デロリアンのタイムスリップから35年。あの頃よりもテクノロジーが進化した今だからこそ、見直すべきガジェットが存在する。
取材・文/澤田真一