■連載/阿部純子のトレンド探検隊
ドアが開けられず自由な時間に帰宅できない車いすユーザーのバリアをなくす
LIXILでは、今ある玄関ドアに簡単に後付けができ、リモコンひとつでカギの施錠・解錠、自動開閉ができる玄関ドア用電動オープナーシステム「DOAC(ドアック)」を、8月3日より先行受注をスタートし、9月1日より全国で発売する。
DOACはLIXIL Housing Technology Japan新規の事業部門「ビジネスインキュベーションセンター」初の新商品。ビジネスインキュベーションセンターは、スタートアップの創出と事業拡大までを一貫してサポートする、Sony Startup Acceleration Program(SSAP)のサービスを活用して立ち上がった部門だ。
「新築の着工件数がだんだん減る中で、これまでの延長線上の商品だけでは、次の成長につながりにくいという課題があった。新規領域、新規商品を開拓していく趣旨のもとにできたのが、新規事業部門のビジネスインキュベーションセンター。あまり時間や投資をかけず素早くやってみる、やってみたことから学んで次の展開につなげることを目指している。
大きな組織ではビジネス全体を俯瞰して仕事をすることがなかなかできない。今回のプロジェクトでは担当者たちが、商品企画だけでなく、事業としてどう発展させていくかなども含めたビジネスモデル全体を考え、一人で二人分の仕事をすることで専門以外の分野を学び経験を積むことができた」(LIXIL Housing Technology Japan理事 ビジネスインキュベーションセンター センター長 羽賀 豊さん)
DOACは「玄関ドアが自動で開閉したら便利」というシンプルな発想からスタートしたそうだが、自動ドアを必要としている対象を調べていくと、国内の既築玄関ドアの大半を占める開き戸は、車いすユーザーにとって開け閉めが非常に困難だということが判明した。
自宅ドアが自分の自由意志で出入りができない、もしくは肉体的、心理的バリアが非常に高いことで活動が制限されており、引戸タイプにリフォームできるスペースもないことから、不便な生活を強いられる車いすユーザーが多い。
実際に開発担当者が車いすを使って試してみると、車いすでの開き戸の開け閉め操作は、健常者ではわからない時間やスペースが必要で、玄関が狭いと車いすの向きを変えられず、開閉が非常に困難だとわかった。こうした現状から、簡単な後付けでリフォームでき、導入してすぐに車いすユーザーの不自由な暮らしを改善できるものを、という想いが開発の原動力となった。
「商品開発にあたっては車いすユーザーの方々に協力いただいた。その中の一人である村田康剛さんは生まれつき四肢障害があり、電動車いすに乗って生活しているが、会社員として毎日電車で通勤している。しかし帰宅時の自宅のドアの開け閉めは、毎日ヘルパーさんと決まった時刻に待ち合わせて開けてもらうとのこと。玄関ドアですごく制限を受けていて、好きな時間に帰るということができないと。こうした方々に早く届けたいという想いで、通常は3年ほどかかるものを、構想から開発、発売まで1年間というLIXILの中では異例というべきスピードで製品を完成させた」(LIXIL Housing Technology Japan ビジネスインキュベーションセンター プロデューサー 今泉 剛さん)
しかし、DOACは障がい者、高齢者向けの福祉機器という発想ではないと今泉さんは話す。両手がふさがっているときに使えるオートアシストなど、だれもがみんなで一緒に便利に使える自動開閉のインクルーシブなドアが作れればいいという想いもあった。
「国内の住宅総戸数は5000万戸以上といわれ、その大半が開き戸。これから超高齢化社会に入っていく日本では、新築だけでなく、今住んでいる家をどれだけ暮らしやすく快適に変えられるかが問われている。DOACは設置から使い勝手まで、手軽にすぐにバリアフリーに変えられることを目指した。LIXILは何百万台という玄関ドアを販売してきたが、それをバリアフリーに変えていくのは会社の使命。我々が最初にやらなくてはいけないことだし、大きなチャレンジになったと思う」(今泉さん)
1日のバリアリフォームで購入したその日から使える
DOACは車のキーと同様の仕組みで、リモコンで開閉操作を行う。リモコンとオープナーとサムターンは無線通信でつながっていて、リモコンのボタンを押すと電波をカギが受信。開錠したことをコントロールボックスで察知して電波を飛ばしドアを開ける。
玄関ドアの手前でも、最大で3~5m程度離れた位置からでも、リモコンでカギの施錠・解錠、玄関ドアの開閉までボタンひとつで操作でき、玄関ドアを閉めると自動的に施錠するオートロック機能も付いている。
「オートアシスト機能」は、両手が荷物でふさがっていたり、小さな子どもを抱えていたりするとき、ちょっと体でドアを押すと、全開位置まで玄関ドアが開くようにアシストしてくれる機能。全開後は時間が経つとタイマーで閉まる。オートアシスト時は締め出されないようにオートロックは機能しないようになっている。
フェールセーフ設計として、挟まれ検知機能で異常な接触を感知したら、すぐにドアの動作を停止。また、リモコンを持っていない時、電池切れや停電時でもカギを使って手動でドアを開閉できる。長年にわたって使用できるよう、40万回の耐久試験といった一般のスマートドアでは行わないような過酷な試験も行い耐久性も追求した。
DOACは電動オープナー、コントローラー、電動サムターン、リモコンなどがセットで、2ロックセットが23万8000円(税別以下同)、1ロックセットが20万8000円。オプションで追加用リモコン(6000円)も。リモコンは最大で8個まで登録することができる。配線工事が必要なく、玄関ドア、カギはそのままで後付けできるバリアフリーリフォームで、取り付けたその日から使用できる。
現状のドア部品から交換する設置工事はLIXIL専門店スタッフが対応する。また、コンセントに挿し込む必要があるので、玄関にコンセントがない場合は設置工事を行う。工事費用は別途必要。
DOACは開けっ放しにできる機能があるため、扉を開けると自動的に閉まるタイプのドアには取り付けができない。一般的な玄関ドアなら他社のものでもOKで全体の7割ぐらいのドアには取り付け可能。取り付け対象かどうか、工事前にLIXIL専門店スタッフが無料で下見調査を行う。
【AJの読み】新生活様式の観点からも注目
DOAC開発に協力した車いすユーザーの方の話を伺うと、何気ないドアの開け閉めが車いすだといかに大きなバリアだったのかよくわかる。
「玄関が狭いと車いすの向きを変えられず、後ろ向きでドアを押し開けなければならない。遠征に行く時はスーツケースなどの大きな荷物を持って外出しなければならず、ドアを開けることがとても大変」(日本パラバトミントン界の第1人者で、LIXIL Technology Research本部所属の長島 理さん)
「以前住んでいた家は、玄関ドアを開ける時、車椅子の足のステップをドアに一度挟んで、半分ほど開けてから、勢いをつけて引っ張らなければ開けられないほど重たいドアだった。転居の時には玄関ドアの重さが物件選びのポイントの1つになっていた」(LIXIL 人事総務本部所属 野村 絵梨さん)
DOACは車いすユーザーや高齢者の世界を広げるまさに「魔法のドア」だが、今泉さんが話していたように、福祉機器ではなくだれもが便利に使える商品でもある。新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、感染対策として“非接触”がキーワードになっている中、玄関ドアのハンドルを触れることなく開け閉めできるタッチレスのDOACは、新生活様式の観点からも注目に値する。
「DOACは障がいの有無に関わらず、だれにとってもやさしい、暮らしを豊かにできるインクルーシブな商品になると思う。バリアフリーの新たな選択肢として、多くの方に喜んでもらいたい」(車いす目線で様々な企業の製品やサービス開発コンサルティングを中心に活動する、NPO法人アクセシブル・ラボ 代表理事 / オーリアル 代表取締役 大塚 訓平さん)
文/阿部純子