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「日本一刑務所に入った男」が解説する受刑者たちの刑務所暮らしのリアル

2020.06.07

刑務所は、高い塀で一般社会と隔絶された、大多数の人には未知の世界。受刑者たちがそこでどう暮らしているかは、TVドラマなどでなんとなく想像するしかない。

彼らは、日がな一日、雑居房で何をするでもなく時間をつぶしていると考えている人も多いだろう。しかし、実は、日々の仕事があり、休日があり、時には娯楽を満喫できる点では、塀の外の暮らしと同じだ。

では、受刑者の仕事と休日はどのようなものか。刑事施設視察委員会委員長などを歴任し、各地の刑務所を視察してきた経験をもとに『もしも刑務所に入ったら – 「日本一刑務所に入った男」による禁断解説 –』(ワニブックスPLUS新書)を著した河合幹雄教授(桐蔭横浜大学法学部)にそのあたりの事情をうかがった。

刑務所でも面接を経て働き口が決まる

受刑者でも、刑期が終わるまで「ぼー」と過ごすことは許されない。刑務作業といって、「心身の健康を維持し、勤労意欲を養成し、職業的知識や技能を身につけることで、円滑な社会復帰を促進」させるため、仕事をしてもらう。

河合教授によれば、刑務作業には「生産作業」、「社会貢献作業」、「職業訓練」、「自営作業」の4種に大別されるという。

そして、どんな仕事に就けるのかは、なんと面接で決まる。河合教授は、選考のプロセスについて、こう説明する。

河合教授:何かやらせてみないことには、能力がわからないので、まず軍隊式歩行訓練となります。これでしごいてみてから面接します。囚人が仕事を選べるはずはないのですが、面接して本人と話し合って決めたかのように決められるのです。「生産作業」と呼ばれる、木工、金属加工、革製品など、いかにもの作業だけではありません。自活しなければならないので、食事の用意、洗濯、さらに、経理、図書の管理など「自営作業」もやらされます。もちろん、こっちが人気なのですが、全体の2割ぐらいです。

「職業訓練」は、若者向けに手に職をつけさせるコンセプトで、資格や免許をとらせて励みにすることを狙います。現実には、この資格を使おうと思えば、どこでそれを身に着けたか言えないハンディやら、刑務所にいたことを思い出すからイヤとかで、直接は役立っていません。面白いのは、模範囚だけ破格の扱いで、塀の外の民間企業で働けるなど、嘘みたいな待遇がありえます。

受刑者にも資格や免許をとる機会がある

ホワイトな就業条件なるも賃金は…

生産作業を含め、どの刑務作業に就くにしても、1日の労働時間は8時間で残業はなし。土日祝日、年末年始、お盆は休日となる。また、「矯正指導日」あるいは「教育的処遇日」といって、実質休日となる日も月に2回ある。

「働き方改革って、どこの国の話?」な、少なからぬビジネスパーソンにとって、うらやましいとさえ感じられる労働環境だ。では、賃金・昇給・ボーナスといった報酬面はどうなのだろうか。

河合教授:自分から望んで休みは取れないですが、残業はなく、アホみたいに正確に週40時間労働です。時給は、真面目にやっていると上がり、10段階もの設定がります。ただし、月4千円余りから、最高で1万円超えるかという信じがたい低収入です。時給にすると数十円の世界なのです。

刑務所は、残業なしの完全週休二日制でも時給数十円の世界

意外と娯楽の機会がある刑務所暮らし

法務省が、出所した元受刑者に行った最近のアンケート調査では、「受刑生活で良かったこと」という質問に対し、読書とテレビが上位にラインクインした。これらが、受刑者にとって大きな娯楽になっているという。

読書といっても、受刑中の身では、よりどりみどり好きな本を自由に読めるわけではない。読める本の自由度・制約について、河合教授はこう解説する。

河合教授:どの施設にも図書室があり、本がずらりと並んでいます。基本的に健全な良書揃い。受刑者が、まず読みたいのは娑婆で今話題の本です。差し入れを使えば最新の雑誌も読めます。しかし、何冊手元におけるだの細かい規則が一杯で、満足に読書するには、工夫がいります。一番いいのは図書担当になることでしょう。

刑務所では読書し放題…ではない

河合教授によれば、テレビについても見放題とはいかず、原則的に朝食後と夕食後の限られた時間帯に視聴が許されるそうだ。ただ、「優遇区分」で受刑態度の評価が高いと視聴時間は増え、その逆だと、もっと制約がかかるという。

このほか、雑居房には将棋と囲碁が1セットずつ常備されており、休憩時間の短い間に対局できる。これも人気の娯楽で、工場対抗の囲碁・将棋大会を開く刑務所もあるくらいだ。さらに、俳句・詩歌クラブや書道クラブなどのクラブ活動も、月2回ほどある。

受刑者には大きな楽しみのイベント

読書やテレビにクラブ活動といった日常的な娯楽とは別に、数は少ないがそのぶん受刑者が楽しみにしているのが、種々のイベントだ。

イベントには「慰問」、「集会(映画鑑賞会)」、「工場対抗大運動会」、「文化祭」があるという。例えば慰問は、以下のようなイベントだという。

河合教授:慰問に来るのは、地元の音楽家や芸人が中心だが、大物タレントやお笑い芸人が訪問していることは、結構知られていると思います。もちろんノーギャラですが、熱心に続けられている不思議な伝統です。刑務官も一緒に観賞できるので、刑務官にとっても楽しみになっています。

そして、映画鑑賞会と工場対抗大運動会はだいたい想像がつくが(本書に詳しい説明あり)、文化祭とはなんだろうか。これは、府中刑務所が例年11月3日に開催しているもので、刑務所の食事を再現した弁当、受刑者が作ったパンや刑務作業で製作した品が販売され、「プリズンアドベンチャーツアー」では工場や浴場などが見学できる(ただし受刑者との交流はない)。つまり、受刑者が楽しむイベントではなく、近隣住民の刑務所への理解を深める機会となっている。

河合教授の『もしも刑務所に入ったら』には、ほかにも受刑者の食事・風呂・トイレ事情や刑務官という職業の実態など、犯罪と無縁の暮らしをしている限りは、うかがい知ることのない情報が盛り込まれている。読んだからといって「刑務所に入りたくなる」人はいないだろうが、一般教養のひとつとして把握しておく価値はあるはずだ。

河合幹雄教授 プロフィール
法社会学者。1960年、奈良県生まれ。京都大学大学院にて法社会学専攻後、フランスの名門法学研究科であるパリ第2大学へ留学。その後、京都大学法学部助手を経て、桐蔭横浜大学法学部教授・副学長。公益財団法人矯正協会評議員、全国篤志面接委員連盟評議員も務める。ほか、日本犯罪社会学会理事、日本法社会学会理事、日本被害者学会理事を務め、警察大学校教員、嘱託法務省刑事施設視察委員会委員長などを歴任。『もしも刑務所に入ったら – 「日本一刑務所に入った男」による禁断解説 -』は最新の著作。

文/鈴木拓也(フリーライター兼ボードゲーム制作者)

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