書籍や新聞を何倍、何十倍もの速さで読めるという「速読術」。これまで数多くのメソッドが登場しては、一過性のブームで終わってきた。
速読術が根付かないのは、マスターするハードルが高すぎるとか、読む速さがさして向上しないといった理由がある。かなりの日数をかけて特殊なトレーニングを積んでも、「読書スピードが少し上がった」程度なら、普及しないのも無理もない。
右脳を鍛える新たなアプローチの速読術
そんななか、今回紹介するのは、これまでの速読術の問題点をクリアしたという「瞬読(しゅんどく)」だ。なんでも、「3時間のトレーニングで、分速数千字」「9~10時間のトレーニングで、分速1万字」が目指せるという。「分速1万字」といえば、薄手の文庫本1冊を10分以内で読破してしまえる速度だ。
瞬読の特徴の1つに、従来の速読術の主流テクニックであった「眼筋を鍛えて眼球を速く動かす」必要がないことが挙げられる。仮に素早く眼球を動かせるようになっても、読む速度は「2倍程度」にしかならない。これでは、面倒なトレーニングを続けるモチベーションにはなかなか結びつかない。これが、今までの速読術の課題だった。
対して、瞬読で鍛えるのは「右脳」。言語を使いこなし、論理的に物事を考える際に使われる左脳と違い、現代人があまり使っていない右脳を活性化することで、読む速さは飛躍的にアップするというのが理論のベースにある。
書籍に付属のDVDでセルフトレーニングできる
瞬読を開発した山中恵美子さん(一般社団法人瞬読協会 代表理事)の著書『1日5分見るだけで、1週間で勝手に速く読める! 瞬読ドリル』(SBクリエイティブ)によれば、「瞬読では右脳にまず働きかけることで、潜在意識に保存性の高いイメージ型の記憶を刻みつける」という。そのためのセルフトレーニング法が、付録のDVDに収録されている。
山中さんの初の著書『瞬読』と第二弾となるDVD付きの『瞬読ドリル』
本書の肝となるのが、このセルフトレーニング用のDVDだ(本書内のQRコードからスマホで同じ内容を取得可能)。2018年に刊行された前著の『瞬読』も、後半の章は瞬読のトレーニングに充てられているが、『瞬読ドリル』では、動画を使うことでより効果的な訓練が可能となっている。
内容的には、「変換力トレーニング」「イメージ力トレーニング」「本読みトレーニング」の3つのステップからなり、(DVDを使わない)4つ目のステップは、読んだ本の中身のアウトプットとなる。
瞬読の一端を理解していただくため、以下順を追って説明しよう。
変換力を鍛える「変換力トレーニング」
瞬読における「変換力」とは、無秩序に並んだ文字を、意味のある単語へと変換する能力を意味する。例えば「うんてしとむ」を「てんとうむし」へと頭の中で並べ替えるのに、変換力が用いられる。
変換力は、脳の「無秩序な状態を嫌い、正常に整った状態を好む」という性質に基づいている。この能力が高まれば、「単語が正確に読み取れなくても、文字を短時間で拾うことで、そこから正しい単語や文章を瞬時に推測」できるようになるという。
この変換力を鍛えるため、DVDでは多数の設問が出される。一度に1つの設問が画面に表示され、すぐに次の設問に移るため、考える時間はほとんどない。しかし、じっくり考えて正しい単語へと並べ替えるのは、左脳読み。右脳を鍛えるには、「チラッと見る」だけで十分で、全問正解を目指す必要はないと、山中さんは説明する。
「変換力トレーニング」は、1~4日目の課題となる。最初の2日は「ゴラリ」とか「れ日晴本」など文字数が少ないが、3日目から「移感るす入情」など文字数は増えて難しくなる。ただし、どの場合でも「読みこまない」「考えこまない」ようにするのが向上の秘訣だ。
イメージ力を鍛える「イメージ力トレーニング」
瞬読では、イメージ力が不可欠とされる。ここでいう「イメージ力」とは、ある程度の長さの文章から、それにマッチしたビジュアルを即座に思い浮かべる能力。例えば「うさぎの絵が描かれたエプロンを着たお母さんが、フライパンでハンバーグを焼いている」という一文から、下のようなビジュアルを脳裏に登場させられるかどうか。
このように文字情報からイメージを紡ぎ出すことで、右脳が刺激され鍛えることができる。DVDでは、「私の趣味は図書館で本を読むことだ」といった一文が、次から次へと登場する。「考えに考え抜けば解決できない問題はない」のような、抽象的でイメージしにくい設問もあるが、変換力トレーニングと一緒で、考えこんで左脳読みになるのは禁物(もっとも動画では、すぐ次の設問が来るので熟考する暇はない)。脳内でイメージできなくても、先へどんどん進んでかまわない。
本を右脳読みする「本読みトレーニング」
このステップでは、右脳で本を読むことが求められる。目指すゴールは「なるべく多くの文字をいっぺんに見る」。最初は「1行がいっぺんに」を目指し、最終的に「1ページ丸ごとがいっぺんに」が目標となる(上級者だと見開き2ページをいっぺんに見るという)。
DVDでは、他のトレーニングと合わせて7日分の課題が収録されている。1日目は、1行の上半分が出てすぐに消え、同じ行の下半分が出る。これを目で追う。7日目になると、出て消えるのが一度に3行になる。
興味半分で最初に7日目の課題を見てしまうと「本当にマスターできるのか?」と不安になるが、1日目からきちんと練習を積み重ねることで、読めるようになるという。最後まで来れば、1冊を15分で読むレベルに達する。
仕上げは本の内容をアウトプット
最後のステップ4のトレーニングでは、DVDは使わない。では何をするかというと、瞬読で読み終えた本の内容を口頭で話したり、原稿用紙に記入してアウトプットする。人に読んでもらえる整った文章とする必要はなく、箇条書きでも単語のメモでもOK。
山中さんによれば、アウトプットの目的は、読んだ内容をより強固に記憶するためと、脳全体を活性化するためだという(この作業では言語を司る左脳も動員される)。アウトプットの作業は、手書きがベスト。手書きには脳を刺激する作用があり、パソコンで入力するとどうしてもその効果は落ちるというのが、その理由だ。
DVDを見て行うトレーニングは全7日間。1日あたりの所要時間はせいぜい10分なので、日頃多忙な人でも実行は容易。いったんマスターすると、その能力は一生モノというこのメソッド、読む速度をアップさせたい方ならチャレンジする価値はあるだろう。
山中恵美子さん プロフィール
一般社団法人瞬読協会 代表理事。全国で30校以上の学習塾を経営する株式会社ワイ イー エス 代表取締役社長。1971年生まれ、甲南大学法学部卒業。大学在学中に日本珠算(そろばん)連盟講師資格取得。卒業後、関西テレビ放送に勤務。2003年、そろばん塾を開校。現5教室、のべ2千人以上を指導。2009年に学習塾を開校し、現在グループ30校舎。これまで、約2万人の生徒が卒業。現在は、学習塾を経営する傍ら、経営者に瞬読を伝え、分速38万字で読める人を輩出するなど、瞬読を世に広めている。
文/鈴木拓也(フリーライター兼ボードゲーム制作者)