■連載/Londonトレンド通信
ずらり映画タイトルが並ぶ配信サービスで、記憶に新しい最近の話題作や誰もが知る古典的名作を外した中から、秀作を取り上げていきたい。
「またサイコパスだよ」と笑ったエズラ・ミラー『少年は残酷な弓を射る』
©UK Film Council/BBC/Independent Film Productions 2010
2011年10月17日、ロンドン映画祭で行われたリン・ラムジー監督『少年は残酷な弓を射る』会見の席で、エズラ・ミラーは「またサイコパスだよ」と笑っていた。
というのは、2008年の同映画祭に参加したアントニオ・カンポス監督『Afterschool』でもサイコパス役だったから。エズラ・ミラーという新人俳優が、しっかり刻み付けられた鮮烈な映画デビュー作にして主演作だ。日に当たっていないような白さと細さ、目立たないようでも底知れないようでもある少年ミラーは、メンタルに問題を抱えた役柄にピタリとはまっていた。そして、さらに大きな映画となる『少年は残酷な弓を射る』でのケヴィン役も射止めたわけだ。
さて、『少年は残酷な弓を射る』の原題は、原作となったライオネス・シュライヴァーによる小説のタイトルそのまま『We need to talk about Kevin』だ。「私たちはケヴィンについて話さなくては」というフレーズは、シンプルだが切迫感がある。とりわけ、ケヴィンが息子、私たちがその親を指す場合には。
母親役はティルダ・スウィントン、父親役はジョン・C・ライリーだ。
©UK Film Council/BBC/Independent Film Productions 2010
やつれた母親が世間から後ろ指差されつつ1人暮らしている現在から、初めての子供を授かった時まで戻るストーリーは、いったい何があったのかという1点に向けて進む。
夫婦の初めての子供ケヴィンは、幼少時から独特、はっきり言ってしまえば邪悪だ。
©UK Film Council/BBC/Independent Film Productions 2010
我が子と自然なつながりを持てない母親を演じるスウィントンは、フランシス・ローレンス監督『コンスタンティン』では天使、サリー・ポッター監督『オルランド』では時空と性別を超える主人公といった人間離れした役も演じてきた。その雰囲気が、この映画では子供となじめずにいる母親のある種の孤立としてにじみ出る。父親役ライリーが対照的に庶民派なのも、それを際立たせる。
©UK Film Council/BBC/Independent Film Productions 2010
当初は初めて子を持つ母親のナーバスさとも見えていたものが、ケヴィンの行動に底流する悪意がわかってくるにつれ、「私たちはケヴィンについて話さなくては」という危機感として、観る者にも共有される。
だが、時すでに遅し、その間にもケヴィンは成長していく。もう母親に対する反抗程度では収まらない。
©UK Film Council/BBC/Independent Film Productions 2010
冒頭に、過去に何かが起こったことを暗示する現在の母親の姿を置いたことに加え、ラムジー監督は色彩でも緊迫させる。象徴的に使われる赤はじめ、目に飛び込んでくる鮮やかな色が心理的効果をあげている。
Amazon Prime Videoで配信中 ※予告なく配信終了することがあります。
文/山口ゆかり
ロンドン在住フリーランスライター。日本語が読める英在住者のための映画情報サイトを運営。http://eigauk.com