高齢者を取り巻く環境の中で、頻繁に目にするのが認知症という言葉。本格的な診断は専門家に委ねる必要があるものの、現場では簡易ツールを使った検査がよく行われている。それはどのようなものなのだろうか。
日本で多く採用される認知機能検査
人間、年をとれば心も身体も弱るのが当たり前だろう。60歳前後の夫婦なら「あれ」や「それ」が頻繁に出てくる。75歳以上の後期高齢者になればその傾向はさらに増える。ただ、それが単なる物忘れなのか、認知症の入口なのか、判断するのが難しい。
そこで現場で行われているのが認知機能検査(スクリーニング)であり、日本では改訂長谷川式認知症スケール(HDS-R)がよく使われている。
正式名称は長いので「長谷川式」と短縮して表現される場合が多い。
どんな時に行う検査か
たとえば認知症を疑い精神科などを受診した時。高齢者が骨折や脳卒中などで回復期リハビリ病棟に入院した時などに、高い確率でこの検査が行われる。
検査といっても特別な機器は使わない。9項目の質問を投げかけ、本人に答えてもらうだけのシンプルなやり取りだ。所要時間は概ね10~15分。
質問内容は記憶力に関係するもので構成され、全て完璧に答えられれば30点。大雑把に分類すると、20点以下だと認知症の疑いありといわれている。
また、厚生労働省の介護予防マニュアル(2012年改訂版)では、下記画像のように分類されている。
【参照】厚生労働省 介護予防マニュアル
体調や環境で点数は変わる
改訂長谷川式認知症スケールは、広く利用されている検査だが、本人の体調や環境、質問の仕方、周囲の環境により点数は変動する。できるだけ平常心で臨んでもらうのが望ましい。
なぜなら、初めて行った病院で見知らぬ医師などからこの質問をされると、何が何だかわからず、低い点数が出る場合があるからだ。
参考までに、ある80代の高齢者が回復期リハビリ病棟に入院した初日、このテストを受けたところ、わずか12点だった。しかし、病棟に馴染んだ2か月後に再検査すると、なんと22点。一度の検査で何もかも判断するのは早急だといえるだろう。
なお、こうした検査の数値は家族にも頻繁に伝えられるはずなので、しっかり理解して今後に役立てられるよう記憶しておきたい。
注意障害の評価に使われるTMT検査
もうひとつ、よく使われるのがTMT(Trail Making Test)検査だ。神経心理学的検査のひとつ、というと難しく聞こえるだろうが方法は単純。
まず、A4の紙に1~25の数字をランダムに配置したTMT-Aという用紙を準備し、ペンを紙から離さず1~25の数字を順番に結んでもらい、その時間を計る(年代によって評価は変わる)。ある介護予防教室の参加者86人(平均78歳)では平均約55秒だったとの報告がある。
次に、A4の紙に1~13の数字と、あ~しの平仮名を配置したTMT-Bという用紙を準備し、今度は1の次に「あ」、2の次に「い」の順で結んでもらう(制限時間5分)。
複数の事を同時進行できるかが鍵
上記二枚のうちの下の図は、先に紹介した80代高齢者(改訂長谷川式12点)のTMT検査の結果だ。同じ日に検査をしたAの検査の所要時間243秒、Bは制限時間内でここまでしかできていない。
その結果、主治医は
「現時点では生活全般に見守りが必要であるが、誰かが常にアシストしてくれる状況なら、ほぼ日常生活は遅れるだろう」
と評価した。
もちろん、他に骨密度検査や脳のMRIなども行ったうえでの総合的判断だが、ことTMT検査に関しては、時間がかかってもAはできていることを評価。一方のBは時間内に半分もできていないことから
「単純作業はできても、ひとつ作業が増えると処理能力が追いつかない」
と付け加えている。これを家庭内の行動に置き換えると、次のような注意になる。
「煮炊きをしながら別のことを始めると、火の消し忘れ等の問題が起こる可能性がある」
ゲーム感覚で自身を知ることにも
絶対的な指標ではないものの、自身の親がこのような検査を受けた時は、ぜひその名称と点数は記録し、推移を見守りつつ日常生活をしっかりチェックいくのが大切だ。
なお、ネットで検索すれば、これらの検査用紙のダウンロードは簡単にできるので、今後が心配な老親や、自分自身でチャレンジもできる。
取材・文/西内義雄
医療・保健ジャーナリスト。専門は病気の予防などの保健分野。東京大学医療政策人材養成講座/東京大学公共政策大学院医療政策・教育ユニット、医療政策実践コミュニティ修了生。高知県観光特使。飛行機マニアでもある。JGC&SFC会員。