深く考え、モチベーションを維持する姿勢は、シーンや世代を超えて生きる。プロスケーター、ジャーナリスト、メンタルコーチが、印象深いエピソードから学ぶべき思考法のヒントを説く。
冷静な自己分析に、やりたいことが尽きないメンタルが加わる
プロフィギュアスケーター/解説者
本田武史さん
1981年、福島県生まれ。1998年長野五輪出場、2002年ソルトレークシティー五輪4位入賞。2006年に現役引退。現在はプロスケーター、コーチとして後進の育成にも力を注ぐ。
羽生選手の一番の武器は、自己分析能力でしょう。試合でも練習でも、あらゆる場面で自分を客観的に見ることができるのが、すごいところです。
例えば、本番前の練習中にジャンプを失敗し始めると、普通は「何で失敗しているんだろう」と不安になっていきます。しかし彼は、「今の助走だと、こうなるんだな。だったらこれが失敗の原因だ」というように分析して、成功につなげようとしていきます。
またジャンプのフォームについても、すごく分析してつかみきっています。ジャンプに入る前のクロススケーティングの数や、カーブの角度、スピードなどを分析して「このリズムでいけば成功率が高い」というのをつかんでいるのです。
実は昨年、まだ練習のパターンが確定されていなかった感じがありましたが、今季はひとつひとつのジャンプを跳びに行く時に、リズムやスピードをすごく考えている様子がうかがえます。
そうやってジャンプを分析していることで、いざ試合になった時に「この条件を揃えれば大丈夫」という自信につながっているのだと思います。
「目標を突破したい」という気持ちの尽きない選手
また今季は、落ち着いた様子が見られるようになり、これは五輪連覇後の新たな境地でしょう。
昨季は強さや勢いで滑っていくイメージがありました。ネイサン・チェンを相手に、自分ももっとジャンプを跳ばなければという意識があったのかもしれません。しかしフリーで4回転6本、というような戦い方をしなくても、総合力で高得点を出せるのが羽生選手です。今季は自分の良さを再認識している様子がうかがえます。
その落ち着きの要因としては、4回転アクセルを大きな目標に据えたことによって、今までのように「対ヒト」ではなく、自分との闘いのほうに目が向いてきていることもあるでしょう。
まだ誰も決めたことのないジャンプを跳びたいというのは、スポーツとして大切なこと。中でも4回転アクセルというのは夢のジャンプです。僕自身も4回転を跳んでいたからこそ、あと半回転多くなるというのは未知の世界。練習をしたことはありますが、本番で入れられるように練習し続けようとは思えなかった。僕自身も「人間がここまでできるんだ」というのを見てみたいですね。
五輪もGPファイナルも世界選手権もすべてのタイトルを手にして、それでも燃え尽き症候群にならなかったのは、4回転アクセルがあったからでしょう。
今の彼は、4回転アクセルを入れて、誰もやったことのないことで勝ち続けたい。全日本選手権の後に「限界突破」という言葉を話していましたが、彼ほど「目標を突破したい」という気持ちの尽きない選手はいません。冷静な自己分析に、やりたいことが尽きないメンタルが加わり、最強の羽生選手を作り上げていると思います。
失敗は挑戦の結果。そのあとどう考えるかで次の結果が変わる
朝日新聞オピニオン編集部記者
後藤太輔さん
フィギュアスケート、パラリンピック、サッカーなどを担当。復興とスポーツなど「社会課題解決型スポーツ」も大きな取材テーマとして活動している。
羽生選手の勝利へのこだわりは、ふたつの動機に支えられていると思います。
ひとつは純粋に競技者として「勝ちたい」というメンタリティー。もうひとつは勝つことで「誰かのためになりたい」という心の願いではないでしょうか。
ソチ五輪で金メダルを獲得した時、彼は記者から震災に関連する質問を受けました。すると「僕が津波や地震のことを言っていいのか、まだわからない。すごい無力感を感じます」と、葛藤を口にしました。
その2か月後、彼は自叙伝『蒼い炎』の印税を、アイスリンク仙台へ寄付する意向を示します(のちに出版された『蒼い炎Ⅱ』の印税も寄付)。そして自身の寄付の額をちっぽけと謙遜しつつ、「寄付したい、ボランティアをしたいという方が増えてくれれば」との願いを言葉にしました。
私たち新聞社は様々なアスリートの社会活動を記事にしますが、羽生選手の場合、Web記事の閲覧数がほかの選手の何十倍、時には100倍にもなります。
彼は自ら、そのような社会的立場と、何を社会に返していけるのかを深く考え、「競技者は勝てば注目が集まる。だから(復興の力になるためにも)勝つしかない」と決意を新たにしたのです。
同じ頃、彼は「毎年3月11日には、世界のどこにいても東北のほうを向いて祈りを捧げている」とも話してくれました。
たくさん転んでも、諦めず練習すればうまくなる
また、羽生選手は子供を対象としたスケート教室などを通じ、社会とつながりを持っています。私が取材した時は、子供たちやその保護者に向けて、「チャレンジする過程の大切さ」について彼独特の表現で語りかけました。
まず「スケートが楽しい人?」というような、誰もが手を挙げる質問をいくつか続けた後、唐突に「じゃあ転ぶのが好きな人?」と聞くんです。みんな手を下げますよね。そこで彼は「でも、たくさん転んでも、諦めずに練習すればうまくなるから、たくさん失敗しよう。そして、どうして失敗しちゃったのかなって考えよう。そうしたら絶対うまくなれます。がんばってね」と伝えたんです。
失敗を振り返り、次につなげるのは、羽生選手が常に心がけていること。そして過程に目を向けることは、意欲や自信を育てるという意味で子供たち世代に必要なメッセージだと思います。
スポーツが、多様な人々の暮らす社会にどのような価値をもたらすのか。私は常々、そんなことを考えています。羽生選手のような、復興を支える力になり、未来を担う子供たちの力にもなろうと考えた末の言動には、スポーツの力で社会をよりよいものに変えていける可能性を感じています。
社会課題とスポーツの力
羽生結弦の震災復興支援(寄付活動)
・著書『蒼い炎』『蒼い炎Ⅱー飛翔編ー』印税
・ソチ五輪、平昌五輪報奨金
これら、羽生選手個人への報酬約4300万円を宮城県や仙台市、アイスリンク仙台などに寄付。凱旋パレード余剰金やチャリティーグッズ売り上げなどを合わせると、羽生選手関連の寄付総額は約1億6000万円を超える。
後藤さんは著書『フィギュアスケートとジェンダー ぼくらに寄り添うスポーツの力』(現代書館)で、数々のスポーツと社会のつながりを伝えながら、「社会を支えるスポーツのかたち」について考察している。
取材・文/野口美惠、江橋よしのり 写真/岸本 勉(PICSPORT)