出張先で銭湯に入るという新発想
出張先でビジネスホテルのユニットバスに入るのでなく、その界隈の銭湯に入るという、意外と思いつかない楽しみ方。
そんな「旅先銭湯」を提案するのは、松本康治さんだ。松本さんは、あるきっかけからレトロ感あふれる銭湯に夢中になり、旅先でももっぱらご当地の銭湯に入るようになったという。
数冊の関連著書まで出している松本さんに、旅先銭湯の魅力をうかがった。
― 旅先銭湯の世界に目覚めたきっかけは何でしょうか?
松本さん:学生時代は風呂ナシアパートに住んでいたので、銭湯に通っていました。その頃は、銭湯に対して特にどうこうという印象は持っていませんでした。社会人になって、あちこち旅行するのが好きになりましたが、旅行では当然、宿泊先の温泉に入るわけです。
ですが、15年くらい前、鹿児島県の指宿市に行った時が転機になりました。そこで江戸時代からあったという老舗銭湯が持つ雰囲気に圧倒されてしまい、「すごい」と思いました。帰宅してからも夢に出るほどでしたね。「あんな銭湯が近所にあれば、ずっと通うのに」ってね。
― それで、レトロな銭湯に興味をもったわけですね。
松本さん:それまでは、地元では設備の整っていた銭湯に通っていました。それが、指宿から戻ってからというもの、あれと似たような雰囲気を持つ銭湯を探し始めました。つまり、ひなびた感じのある所ですね。
探して見ると割とあるんですね、路地裏なんかに。でも、銭湯が減っていく時代の流れで、また行ってみたら、廃業して更地になっていることが多かったのです。
「なんで、国宝みたいな銭湯をなくすの」と思いました。「これは何か大変な損失が起きている。この実情を世間に知らせないと」と考えたわけです。
それで、「関西の激渋銭湯」という名のサイトを立ち上げたり、『レトロ銭湯へようこそ』といった書籍を出し始めたのです。真新しい立派な銭湯と違い、こうしたところはレトロ感があるのが大きな価値だと思います。
想いが募って書籍化も
松本さんは、最近になって『旅先銭湯』シリーズというムック本を立て続けに刊行した。銭湯好きに好評ですでに3冊出ており、4冊目も製作中だという。
「ビジネスホテルのユニットバスに入るよりも、近辺の銭湯に入ったほうが何倍も旅情を味わえる」と、松本さん。そこで、既刊3冊でも取り上げている銭湯の中から、5つを松本さんにすすめていただいた。松本さんの言う、雰囲気のある銭湯がどんなものか理解できると思う。
日の出湯
80代のおかみさんと飼い猫が切り盛りする、昔ながらの風情の銭湯。レトロモダンな外観や、今では貴重なマジョリカタイルなど造形も美しい。太い薪を燃やして湯を沸かすが、それを担当するのもおかみさん。
2018年の豪雨で浸水する被害を受けたが、家族やボランティアの力も借りて3日後には営業再開。被災者や災害ボランティアの人たちも入りに来て、にぎわったという。
【基本情報】
住所:広島県広島市安芸区矢野西5-19-28
電話:082-888-0180
営業時間:16:30~21:00(4~9月は17:00~21:00)
定休日:第2・第4日曜日
城勝湯
80代の夫婦が運営する、越前市で唯一の銭湯として頑張ってきたが、2017年に奥さんが転倒によるケガで番頭に上がれなくなり廃業。
しかし、廃業のニュースを聞きつけた、福井工業大学で都市論・建築論を専門とする下川勇教授が、「都市問題の課題に大きくかかわるテーマであると直観」。身銭を切って城勝湯の復活に尽力したことで、8か月後に奇跡の営業再開を果たした。
番頭に座るのは、下川教授の研究室の大学院生で、運営活動は研究テーマにも直結する。公式Twitterでは「どこよりも地域に愛される銭湯を目指してます!」と宣言。銭湯DJの音楽イベントなどを開催するなど、地域の注目を集めている。
【基本情報】
住所:福井県越前市若竹町10-18
電話:0778-67-7511
営業時間:16:00~21:00
定休日:月・金曜日
公式Twitter:https://twitter.com/jokatsuyu
喜久乃湯温泉
甲府駅からほど近い住宅街の一角にたたずむ、昭和元年創業という歴史ある銭湯。新婚時代の太宰治が、昭和14年の短い期間にこの地に住んだが、日々の執筆が終わるとこの銭湯に行ったという。
太宰が通った煙草屋や豆腐屋は姿を消したが、喜久乃湯温泉は今も現役。建物自体は、昭和35~40年に建て替えられ、昭和レトロの趣は随所に感じられる。
今でも「太宰のお風呂」として知られ、国内外から太宰ファンが訪れ、太宰をリスペクトする芥川賞作家の芸人も立ち寄った。文豪ゆかりの地の旅の一環として、ここの湯に浸かるのも一興だ。
【基本情報】
住所:山梨県甲府市朝日5-14-6
電話:055-252-6123
営業時間:10:00~21:30
定休日:水曜日・毎月第3木曜日
花の湯
いまや、栃木県内の銭湯(一般公衆浴場)は4軒しか残っておらず、足利市内で言えば1軒だけ。その足利市唯一の銭湯が花の湯だ。2016年の大ヒット映画「湯を沸かすほどの熱い愛」のロケ地として使われたが、映画の舞台の決め手となったのは、いかにもレトロな外観によるところが大きい。
映画のおかげで、さぞや集客効果があったろうと思いきや、注目されたのは一時的。足利市に住んでいても若い人は「存在すら知りません」という。
高齢のおかみさんが一人で切り盛りする様子を見かねて、2軒隣の居酒屋・美川巴町店が始めたサービスが「花の湯セット」。花の湯に入って番台でもらえるクーポンを美川巴町店で提示すると、ビール大瓶+焼き鳥+小鉢のセット1400円が1000円になるという仕掛け。その情報を記したポスターを足利市内の方々に貼り、インターネットでも発信。それを見た人が利用するようになったという。旅行や出張でこの地を訪れたなら、「花の湯セット」をぜひ活用したい。
【基本情報】
住所:栃木県足利市巴町2541-1
電話:0284-21-8538
営業時間:13:30~22:00
定休日:日曜日
大正湯
松本さんの『旅先銭湯』シリーズの3冊目の特集は『泊まれる! 銭湯』。宿泊も可能な銭湯を主に紹介しているが、そのなかの1軒が愛媛県八幡浜市の大正湯。
創業百年を超える、愛媛県では老舗中の老舗だが、2015年に廃業の危機に。しかし、4代目夫婦がリニューアルオープンさせ、さらに「攻め」に出て、建物の2階をゲストハウスにした。2段ベッド付き小部屋が2室に4人部屋が1室の計3室あり、一人1泊2500円(素泊まり)で、これは下の階の入浴料込み。
Wi-Fiや乾式サウナもあるなど施設面は充実しているが、見た感じはやはりレトロ。快適に泊まりながら、古き良き時代の雰囲気に浸りたい人にはおすすめだ。
【基本情報】
住所:愛媛県八幡浜市1132
電話:0894-21-2033
営業時間:16:00~23:00
定休日:月曜日(月曜日が祝日の場合は火曜日)
公式サイト:https://www.facebook.com/taisyoyu/
松本さんは、「ふだんは家風呂しか入っていなくても、旅先では銭湯という人は増えてきていると思います。地元の銭湯を見直して、そちらも入るようになったという人もいます」と話す。ものは試しで、今度の出張時にご当地の銭湯に入ってみてはいかがだろうか。もしかすると、別の世界が開けてくるかもしれない。
松本康治さん プロフィール
1962年、大阪府生まれ。出版社勤務を経て、1987年に医療系出版社として「さいろ社」を設立。「関西の激渋銭湯」「激渋食堂メモ」などのサイトを主催するほか、銭湯ファンの仲間たちと「ふろいこか~プロジェクト」を立ち上げ、銭湯を応援している。
公式サイト:https://www.sairosha.com/
公式Twitter:https://twitter.com/furoikoka
文/鈴木拓也(フリーライター兼ボードゲーム制作者)