連載/宇賀なつみ「素顔のままで」
旅の思い出たち
物欲がなくなった。
就職したての20代前半の頃は、
学生時代にお金がなかった反動で、
ボーナスのたびにバッグや靴を買いあさり、
高級ブランドの新作を毎回チェックしているような、
わかりやすい女子だったのだが、
30歳を過ぎた頃からだろうか?
欲しいものを聞かれても、全く思い浮かばなくなってしまった。
奮発して買った数十万円のバッグも、
古着屋で見つけた3000円のバッグも、
気に入ればいつまでも使うし、
そうでなければある程度時間がたつと飽きてしまうことがわかったからだ。
行きたい場所ややりたいことは、いつもたくさんあるけど、
本当に必要なものって、多くないんだなぁ。
ある時家中のものを整理して、
必要でないものは妹や母にすべて送った。
部屋の中はかなりスッキリしたのだが、
必要ではないのにどうしても捨てられないものがあった。
それは「旅の思い出たち」だ。
例えば旅館・ホテルのマッチ。
タバコを吸うわけでもないし、決して使うわけではないが、
それぞれのデザインに味があっておもしろい。
一目見れば、どんな宿だったのか、誰と行ったのか、
そこで何を想ったのか、思い出が蘇る。
香港の空港を発つ時に買ったチャイナドレスの形をした何か。
使い方はよくわからないが、
確かマカオのカジノで運良く手持ちの現金が倍に増えて、
最後に使い切らなくてはいけなくて大変だったんだっけ。
(私はブラックジャックが好き)
思えばいつも旅の途中では、
明らかに使わないものばかり手に取ってしまう。
今まであまり気にしたことはなかったけど、
実用性を求めているのではなくて、
思い出を持ち帰っているのだ。
これらをあえてひとつの大きな箱に入れて、
あまり目立たないところで保管することにした。
忘れた頃にふと思い出して、
開けるたびに新鮮な気持ちになれるように……。
今回もふと思い立って開けてみて助かった。
このエッセイをひとつ書き上げられた。
必要ではないものが必要になることもある。
写真は、そんな思い出たちのほんの一部。
Natsumi Uga
テレビ朝日アナウンサーを経て、今年からフリーとして活動。現在、『池上彰のニュースそうだったのか!!』(テレビ朝日)、自身初の冠番組『川柳居酒屋なつみ』(テレビ朝日)、『テンカイズ』(TBSラジオ)などに出演中。
文/宇賀なつみ
※「宇賀なつみ 素顔のままで」は、雑誌「DIME」で好評連載中。本記事は、DIME12月号に掲載されたものです。