うまい話のオンパレード
食事が済むと、歩いて数分の距離にある雑居ビルの3階に案内された。貸し会議室のようだ。前方にホワイトボードが置かれ、そちらに向かいパイプ椅子がズラリ並び、すでに20人ほどが座っていた。
彼女は筆者を席に案内し、自分もその隣に座る。しばらくすると、壇上に上がる「幹部」と称する男。挨拶の後、このネットワークビジネスがいかに素晴らしいかの熱演を始めた。かいつまんで言うと、こんな内容だ。
・自分は誰もが知るような一流企業に勤めていた。
・このビジネスの存在を知り、疑いながらも始めたら世界が開けた。
・収入もあっという間に3倍、10倍になった。
・扱っている商品は人々の健康に役立つものばかり。
・人々の役に立ち、自分もやりがいと儲けがある。
・毎日楽しい生活をしている。
・ここにいる皆さんは同士といってもいい。
・今日、ここに来ている皆さんは選ばれた人たち。
・ぜひ一緒にやりましょう。
まるで自分の言葉に酔いしれるような演説だった。
バカらしい……。冷めた気持ちで聴いていた筆者だが、隣の彼女はウルウルした目で「うん、うん」とうなずきながらメモを取り、男の演説に拍手までしている。さらに「あの人はすごい人なんです」とフォローも欠かさない。
会場はサクラだらけだった
およそ1時間。数人の幹部が前に出て同じような話をしていた。筆者は最初のひとりですでにうんざりしていた。
一通り説明が終わると、今度は彼女が椅子を動かして筆者の正面に座った。周囲を見ると、全員同じような体制だった。つまり、この会場に座っている人たちは勧誘者と犠牲者(笑)の組み合せで構成されていたわけだ。ここで改めて周囲を見ると、年齢は20~30代と思しき人ばかりだった。
正面に座った彼女はある資料を筆者に手渡す。それはこの組織が扱っている寝具(約30万円)や整水器(15万円)などのパンフレットと入会申込書だった。
なんじゃこりゃ?
呆れていると彼女の勧誘が始まった。
・どうです、素晴らしい話でしょ。
・ぜひ一緒にやりたいです。
・入会するにはどれかひとつ、買ってもらわなければなりません。
・高いものを買うほど後の利益も増えます。
延々と同じ話が
最初は「またゆっくり考えるよ」と、やんわり断った。彼女はそれじゃ満足しなかった。
・今が大切なんです。
・もし何か疑問があるなら今すぐ説明します。
・買って気に入らなければ、私が後で買い取ってもいいです。
・だから一緒にやりましょう。
彼女の説得は延々と続いた。
こりゃダメだ。筆者は次第に嫌気がさし、少し怒った顔で「もう帰りたいんだけど」と立ち上がると、彼女は諦めたかに見えたが……、
「私の説明が下手だったので誤解されていませんか? ちょっと待ってください。もっとちゃんとした人を紹介しますから」
と言うと、会場の奥にいた幹部の男を連れて来た。男は満面の笑みで筆者に握手を求めながら出口への道を塞ぎ、先ほどの演説と同じことをまた話し始めた。その間、もうひとりの幹部の男も横に立ち、「まぁまぁ、座ってください」と筆者をなだめるような口ぶりで制止しようとする。
ここまでされると堪忍袋の緒が切れる。筆者は少し怒気を強め、周囲に聞こえるように「帰っちゃいけないの?」と大声で言うと、外に出ることができた。