口金を取り付ける作業。ひとつの鞄に24本の鋲打ちを要する。完成まで手間のかかる作業がつづく。
「個人の方に販売するという発想など、そもそもなかったです。」
JR鹿児島中央駅から路面電車に揺られ約30分。終点・谷山電停近くに大人の逸品ロングセラー『車掌鞄』を作る丸山革具店はある。
工房を訪ねると社長の橋口康隆さん自ら車掌鞄の製作中。「これは長崎電気軌道さんに納める鞄です。『大人の逸品』で売っているものより少し大きく、車内精算機にひっかけるためのフックがついています。『大人の逸品』のものは広島電鉄仕様で、伊予鉄道と岡山電気軌道でも、まったく同じものが現役で使われていますよ」と橋口さん。同じように見えるが、大きさや形状、中の仕切りなどは、各電鉄会社の要望で変えている。「あるとき長野の上田電鉄さんに『なぜわざわざ鹿児島のウチに?』と聞いたことがあるんですが『長崎電気軌道さんから聞きました』とのこと。ありがたいことです」。プロ同士ですすめる、本物の証だ。
縫製は旧式の足踏みミシン。「手足のように思ったとおり動いてくれますから」。
同社は橋口さんの義父が昭和22年に創業。初めは馬具の修理等を手がけていたが、時代の変化で仕事が激減。帆布の鞄製作でしのぐうち、やがて電力会社から電気工事用の革製の工具挿しを受注。その堅牢さが評判となり、電力、通信、金融などの業界から依頼が相次ぎ、以来プロユースの革用品に特化してきた。電鉄会社もそんな業界のひとつだ。
「もともと、個人の方に販売するという発想もありませんでした」という橋口さん。きっかけは広島のデパートでの物産展だった。帆布バッグを売るつもりで出展したが、試しに車掌鞄を置いてみたらすこぶる反応がよく、「だったら」と一般販売を決めた。
製作中の車掌鞄は長崎電気軌道仕様。電鉄ごとに細部の仕様が異なるのだという。
2.2mm厚の大きな一枚革を床に広げて裁断し縫製していく。使うのは旧式の足踏みミシンだ。「義父の代から使い続けているものですが、曲線はこれじゃないと上手く縫えないのです」。口金をとりつけ、鋲をハンマーで叩き込んで留めていくと、車掌鞄を特徴づける無骨で頑健な姿が現れる。
ハードな業務に耐えるよう、とにかく丈夫で長持ちするものをつくってきたという橋口さん。今回新しくこげ茶色の車掌鞄の製作を行なった。無骨な業務用鞄がエレガントな雰囲気に。「なかなかいい雰囲気のものになりました」と橋口さんは得意げに微笑む。
鹿児島市内を走る路面電車でもかつては同店の車掌鞄が使われていた。
電気工事用の工具挿し。頑丈さが評判で電力会社から注文が続く。
[丸山革具店]車掌鞄
黒:19,440円 こげ茶:38,880円
初回限定 52
縦16×横28×マチ幅8cm。黒は約530g。ショルダーベルトの長さは72~140cm。本体は牛革。ベルトは塩化ビニール。内部にオープンポケット×2。こげ茶は約700g。ショルダーベルトの長さは105~118cm。牛革(ヌメオイル革)。内部にオープンポケット×2、カードポケット×1。どちらも口金は鉄(ニッケルメッキ)。日本製。
文/DIME編集部