手の指を使って、ペンをくるりと回す「ペン回し」。
ほとんどの人にとっては、勉強・デスクワークに飽きた時にやる気晴らし以上のものではないが、実はれっきとした大道芸や競技の1種目という側面もある。
500以上あるといわれるペン回しの技に磨きをかける「競技人口」は、日本国内で数千人。技の巧みさを競い合う日本大会や世界大会まで開催されるようになっている。
その頂点に立つ1人として有名なのが、パフォーマーKay(ケイ)さんだ。日本・世界大会で優勝した実績を持ち、おそらく世界でただ1人のペン回しの「プロ」として活動している。
プロの視点で見る「ペン回し」とは、どのような世界なのだろうか。Kayさんが主催する、ペン回しの初心者向け講座があるというので訪ねた。
「ノーマル」の習得が初心者の第一関門
先述のとおり、ペン回しの技は500を超えるが、難易度が低いベーシックな技が「ノーマル」。親指、人差し指、中指の3本の指でペンを軽く持ち、中指で弾いて親指の周りを1回転させるというものだ。
今回の講座は、この「ノーマル」をマスターするのが主な目的。Kayさんから、弾力性のある透明シリコンチューブを渡され、まずはこれを手首の周りを回すという練習から始まった。これは難なくクリアすると、通常のペンよりも長くて太いスティックを渡された。初心者はこれを使った方が、ペンよりも回しやすいのだという。このスティックを持ち、徐々に練習の難度を上げていき、「ノーマル」に挑戦する。
初心者の練習用に用いられるスティック
筆者には、この「ノーマル」が高いハードルとして立ちはだかった。中指で弾いたときに、親指を寝かせてしまう長年のクセが治らないのである。ハンドスピナーを回したり、指の柔軟体操をしたりと、Kayさんおすすめのトレーニングを合間にはさみ、結構な回数チャレンジしながら、わずかずつ上達はした。
練習がだいたい終わったところで、Kayさんに大技を披露していただいた。それは。言葉では説明しがたい華麗なテクニックで、ペンが生命を与えられたかのようにKayさんの手の中で踊る。
縦横無尽にペンを操りながら技を披露するKayさん
Kayさんは、中学3年時からペン回しを始め、大学時代に大会で優勝しプロになった。今は主にショッピングモールでのステージパフォーマンスや公園での大道芸で、大勢の観客相手にペン回しを見せている。ここに至るまでに、1日何時間もの訓練を何年も続けてきたという。常人がちょっとトレーニングして、追いつけるようなレベルではない境地だ。
プロがペン回しに使うペンを拝見
講座の後でKayさんに、パフォーマンスの際に使用するペンを見せていただいた。LEDが光る珍しいものもあるが、意外にもほとんどの場合、市販の筆記用ペンを多少改造して使っているという。
大きなペンケースに詰め込まれたKayさんの「七つ道具」
中でもお気に入りの1つが、「スタロジー」というブランドのボールペンから、クリップを外したもの。素人目には何の変哲もないペンに見えるが、真っ直ぐでシンプルを極めたような形状が、回しやすいという。
「とても回しやすい」とKayさんが評価する「スタロジー」ブランドのボールペン
もう1つがパイロットの「ドクターグリップ」。既に廃版になっている初期モデルだ。握りやすくて、それなりの太さが安定感を生み出し、回しやすいとのこと。
太さが印象的な「ドクターグリップ」初期モデルもKayさんのお気に入り
ペン回しは脳トレになる!
ディープな世界のペン回しだが、実は脳トレやリラックス・メソッドになるという。
一般的に脳トレとは、思考・判断などを司る前頭前野という部位を意図的に活性化させることを意味するが、ペン回しの技を習得しようと頑張っている時は、前頭前野がよく活性化するという。
ただ、それには注意点があって、「なんとなく練習しているだけではダメ。どこをどう動かせばよいかなど、意識しないと活性化しません」と、Kayさんは話す。
そして、1つの技を完全にマスターしてしまうと、その技を何回やっても前頭前野は「沈静化したまま」になる。なので、今度は別の未知の技を覚えようと励み、それを完全に覚えたら、また別の技に挑戦…というふうに、前頭前野を持続的に活性化させるのが、効果ある脳トレだとも。
ペン回しの技は何百とあるので、持続的な脳トレのネタとしては申し分なく、一生続けられるライフハックと言えそうだ。
さらに、既に習得した技をやることには、前頭前野のトレーニングとは別の効果が期待できるという。
それは、「心を落ち着かせるリラックス効果」と「やる気を高める効果」。
Kayさんは、「手馴れた技をやることで、神経活動を落ち着かせリラックスさせる効果があるのが1点。もう1点は、脳の中心部の下にある線条体という部位が活性化します。すると、脳内のやる気スイッチが押され、モチベーションアップにつながると考えられています」と語る。
退屈な会議中に、なんとなくペンを回してしまうのは、無意識のうちにやる気を高めようとするためなのかもしれない。それはともかく、ペン回しには、単なる退屈しのぎを超える効用があるとわかれば、また見方も変わってくるのではないか。興味がわいたら、空き時間に「ノーマル」に挑戦してみよう。別の世界が開けてくるかもしれないから。
・ペン回し教室オンライン(Kayさんが運営する総合情報サイト)
文/鈴木拓也(フリーライター兼ボードゲーム制作者)