巷には、「平成最後の〇〇」という文言があふれている。
今上天皇の誕生日の会見は、ニュースで大きく取り上げられた。『平成』が終わりを告げるこの1年は、皇室が注目される機会も多かった。
近代以降、多くの人々の注目を集めてきた日本の天皇だが、意外なことに、これまで紙幣に描かれたことがない。他国をみると、たとえば英国のエリザベス二世は、英国をはじめとする多くの国で紙幣に描かれている。また、タイ国のワチラーロンコーン国王も同じだ。
わが国の天皇も国民に親しまれているのに、なぜ紙幣に登場しないのか。著書に『天皇はなぜ紙幣に描かれないのか: 教科書が教えてくれない日本史の謎30』(小学館)などがある国立歴史民俗博物館教授・三上 喜孝さんにお話を伺った。
「日本の紙幣に歴史上の人物がはじめて登場したのは、明治14年(1881)発行の改造紙幣に描かれた神功皇后(じんぐうこうごう)です。神功皇后は、日本最古の史書『日本書紀』に登場する伝説上の人物であり、第14代仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)の皇后で、天皇と共に筑紫(九州)に赴き、そこで仲哀天皇が死ぬと神託に従い、みずから新羅(しらぎ)征討の軍を起こして服属させ、以後69年もの間、即位をせず政治を行ったと記されています」(三上さん・以下「」内同)
ここで興味深いのは、日本の近代の紙幣肖像画には、なぜか古代の英雄的人物が登場していることである。先に挙げた神功皇后をはじめとして、1円券に描かれた武内宿禰(たけのうちのすくね)、5円券に描かれた菅原道真(すがわらのみちざね)、10円券に描かれた和気清麻呂(わけのきよまろ)、100円券に描かれた藤原鎌足(ふじわらのかまたり)などの例が挙げられる。
「これらの人物に共通しているのは、いずれも平安時代以前の古代の人物ということです。しかし、そればかりではなく、これらの人物はいずれも天皇の忠実な臣下であり、皇室を擁護するために貢献した人物ばかりなのです。これらの人物が採用された背景には、明治政府が近代国家の建設を目指したことにあります。明治政府は、天皇を頂点とする統治機構を確立させたかった。その結果、紙幣の肖像画に、天皇制の維持に貢献してきた臣下を選定したのは、当然のことだと言えるでしょう」
ちなみに、1984年(昭和59年)から紙幣に登場した福沢諭吉だが、それまで一万円札の肖像は、聖徳太子だった。