馬肉にするのはどんな馬?
馬はサラブレッドやアラブなど、スピードを目的とした競馬・乗馬によく使われる体重500~600㎏ほどの軽種馬。北海道のばんえい競馬などに使われる、大柄でパワーを生かし最大1000㎏をも超えるものを重種馬と呼ぶ。
馬肉として食するのは後者の重種馬。原産はヨーロッパのブルトン、ペルシュロン、ベルジャンなどになる。
馬肉というと、馬なら何でも食べていると思われがちだが、千興ファームでは厳選された、食用に適したものだけを市場に提供している。
国内の生産繁殖数
日本馬事協会の2015年度統計資料によると、馬肉用の馬は農用馬に分類され、国内の生産繁殖数は約1100頭。うち北海道が87%を占めている。この数はとても少ない。1993年には国内に9000頭以上いたのだから激減だ。とても馬肉市場の需要を満たすだけの量にはならない。
そのため、千興ファームでは30年ほど前からカナダから生体馬を輸入し、自社牧場で大切に穀物肥育し、製品化している。ところでなぜカナダなのか?
実は当時の北米には、肉用馬の位置付けでおよそ5~8万頭もの重種馬がいたからだ。この馬たちは尿からピルを生産するための馬だったという。だが、この馬たちも現在は3000頭ほどに落ち込んでいる。
なぜ馬肉は高価なのか
前述の生産繁殖頭数からもわかるように、国内、海外ともに数が激減しているのが大きい。また、食用にするための馬の肥育は30か月が目安なので、海外での肥育期間を考慮して国内で仕上げをするのだが、数が少ない=奪い合いとなり、従来より若い馬を輸入するケースが増えた。
つまり、それだけ国内での肥育期間が延び、経費も上乗せされる。
解決方法として、馬の国内繁殖に力を入れる手もある。実際、同社は国内繁殖も行っている。ところが、馬の繁殖(人工授精など)の技術は牛など一般的な家畜に比べ低い。正常肥育は牛90%に対して、馬60%ほどなので、どうしても価格を抑えるのが難しい。
すでに鮮馬刺しなどは、高級牛をしのぐまでの価格に跳ね上がっているともいわれている。
地震の影響は流通に大打撃を与えた
2016年4月の熊本地震により、千興ファームの工場も大打撃を受けた。6月末くらいまでの2か月半、まったく馬肉を生産することができなかったからだ。同社は熊本県内の生産量の約40%、国内でも10%のシェアを持っていたため、全国に与える影響は大きかった。
6月からはなんとか他のと畜場にお願いし営業を継続。そして2017年1月、自社仮設工場での生産を再開させたが、供給量は震災前の80%ほどという。
この夏からは何とか工場のリニューアルも完了し態勢が整う。不幸中の幸いは、馬に与える水が、従来通りの良質な地下水でまかなえていること。熊本の水は全国でも屈指の良質なものなので、大切に使っていきたいとも。
牛はビーフ、豚はポーク、鶏はチキンと、肉になると別名で呼ばれるのに対し、馬はなぜか馬のまま。供給量の少なさと価格、競走馬や乗馬でイメージが浮かべやすいため、馴染みにくい面もあるだろうが、これも食文化のひとつ。しっかり向き合っていきたいものである。
実際、霜降り馬刺しは一定の歯ごたえと旨味があり、九州の甘い醤油との相性もいい。一度は食べてみることをオススメします。
なお、同社は熊本市内や博多で馬肉専門店、「菅乃屋」も経営し、馬刺しにしゃぶしゃぶ、馬焼き、ホルモンまで、あらゆる部位を多彩な食べ方で楽しませてくれることでも知られている。
取材協力 株式会社千興ファーム
取材・文 西内義雄(医療・保健ジャーナリスト)