●『不死症』(周木律/実業之日本社文庫)
2013年に『眼球堂の殺人』(講談社)でメフィスト賞を受賞し鮮烈なデビューを飾った、新進作家による野心作。
廃村跡地に建てられた製薬会社の臨床試験棟が何者かによって爆破されるが、生き残った女性研究員をはじめとする少数の人たちは、新たな危機に直面する。その危機とは、ゾンビ化して生ける者を食らう、かつての製薬会社の同僚職員たちで、しかも敷地の外は自衛隊の戦車によって封鎖されているという、閉ざされた空間でのサバイバルが活写される。
ありきたりなゾンビとの戦いは最初のうちだけで、途中から今までのゾンビ小説にはない、ストーリーラインへと移行するため新鮮味がある。『ウォーキング・デッド』的な、正統派の展開に飽き足らない人におすすめ。
ただ、登場人物が、瓦礫と化した建物にいるかもしれない生存者を捜さない、誰もスマホを使わないといった、不自然さが散見されるのが残念。こうしたプロットの詰めの甘さが、ラノベファンの賛否両論を巻き起こすのだが、ヤングアダルト向けの小説として、個人的には許容範囲だと思う。
●『ゾンビ百人一首』上・下巻(青蓮/文芸社)
日本最大級の小説投稿サイト『小説家になろう』に投稿されていた作品を、2巻の書籍にまとめたもの。米国では、ゾンビの立場になって読んだ異色の俳句集が何冊か出ているが、こちらは百人一首の中身はそのままに、各短歌の解説文がゾンビアポカリプス下の世界で起きている事象を描いたものとなっている。例えば持統天皇の詠んだ「春過ぎて夏来にけらし白妙の 衣干すてふ天の香具山」の解説が、「奴らが最初に現れたのは、まだ桜が咲いていた頃だろうか。そして桜の花が木を埋め尽くすように、街は奴らで埋め尽くされた(以下略)」となっている。
解説文自体が、ちょっとしたショートショート小説になっているが、惜しむらくはあまり百人一首との文脈的なからみがない点がマイナス。しかし、このくらいの短さのゾンビ小説集は他に存在しないので、希少性の面で評価したい。
文/鈴木拓也
老舗翻訳会社の役員をスピンオフして、フリーライター兼ボードゲーム制作者に。英語圏のトレンドやプロダクトを紹介するのが得意。
※記事内のデータ等については取材時のものです。