●『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』(羽田圭介/講談社)
『スクラップ・アンド・ビルド』で芥川賞を受賞した羽田圭介の次の作品が本作で、初出は文芸誌『群像』の連載である。それをまとめたハードカバー版は、400ページ超のボリュームがある。読み始める前は、何らかの社会現象をゾンビパンデミックに仮託した、理屈っぽい純文学かと半ば予想するものの、実際はゾンビ小説の王道をゆくエンタメ作品であることに驚く。世界中でゾンビが発生し始めてから1か月ほど経った日本が舞台で、主要登場人物は10年以上も鳴かず飛ばずの小説家K(あきらかに著者本人がモデル)、大手出版社の編集者須賀、寡作小説家の桃咲カヲル、小説家を目指すも自作持ち込みが全敗の南雲晶、区役所の生活保護相談窓口の新垣といった面々。
本作は、ゾンビに噛まれてからかなり長い日数が経たないと、ゾンビ化しないという設定が肝。そのためゾンビが増殖し社会秩序が崩壊するまでの期間が長く、あちこちでゾンビが徘徊していながら、人々は日々の生活に忙殺されているという奇妙な世界が描かれる。冒頭で、小説出版界の赤裸々な実態が語られるが、やがてそれは鳴りをひそめ、ゾンビとの攻防戦がメインとなってくる。かつての生活保護申請者がゾンビ化し、大挙して区役所に押し寄せ、区役所職員と壮絶なバトルを繰り広げるところなど、手に汗にぎる展開があり、無人のスーパーで食料品を漁ったり、生き残りの強者がちょっとした王国を築いているなど、ゾンビ作品のお約束がしっかり盛り込まれているところなど、ゾンビファンに嬉しい展開となっている。
●『キッド・ザ・ラビット ナイト・オブ・ザ・ホッピング・デッド』(東山彰良/双葉社)
長編『流』で直木賞を受賞する少し前に書かれた作品だが、受賞作品とは全く異なるトーンの小説。擬人化された野ウサギたちの世界でゾンビウサギが集団発生し、生き残ったウサギがサバイバルを繰り広げるというもの。『カエルの楽園』(百田尚樹)のような寓話性はなく、グロ表現がかなりあるため児童文学でもない不思議な作品だが、妙にハードボイルド的な表現が散りばめられているので、大沢在昌や大藪春彦といった作家を好む層を狙ったのかもしれない。一方で、主人公のウサギが病室で昏睡から目覚めるところから始まるシーンがあったりと、『ウォーキング・デッド』へのオマージュもあるなど芸が細かい。