ゾンビ映画の発祥の地は米国だが、ゾンビを題材とした書籍も主に米国で生み出されてきた。映画と違い、出版界にゾンビが地歩を占めるようになった時期は意外と最近のことで、21世紀に入ってからである。コミックの『ウォーキング・デッド』(R・カークマン)が大当たりして、多くのゾンビものコミックが刊行されたが、もう1つの大きな潮流がユーモアやパロディのカテゴリーに入る、様々雑多な読み物。その先駆けとなったのが『ゾンビ・サバイバルガイド』(M・ブルックス)で、200万部を超えるベストセラーとなった。本書は、ゾンビが発生した時の避難方法や戦闘術について解説した、エンタテイメント性豊かな「実用書」で、これもあまたの類似図書が出回るほどのブームを巻き起こした。今では、『ゾンビ俳句』とか『ゾンビの生態学』など斜め上を行く企画物も含め、400点以上が刊行される売れ筋ジャンルとなっている。
処女作である『ゾンビ・サバイバルガイド』の数年後、M・ブルックスが満を持して上梓したのが『World War Z』である。これはゾンビの世界的なパンデミックが鎮静してから10年後、国連職員が生き残った人々へのインタビューを書きとった「オーラルヒストリー」という形式の小説である。「あまり売れない」と予想した担当編集者の読みははずれ、世界的なメガヒットを記録し、のちに映画にもなった。『World War Z』は、「ゾンビ文学」という文芸界の新たな分野を生み出し、例によって多くの作家がゾンビ小説を世に送り出しはじめた。
米国のこうしたトレンドを受けて、日本の出版界がゾンビ小説を出し始めたのは、ここ数年のことである。現状、本格的なゾンビ小説はまだまだ少ないが、芥川賞・直木賞作家も参入するなど、大きなうねりとなりつつある。今回は、日本人作家によるゾンビ小説の中から5本をピックアップし、おすすめとして紹介したい。
●『アイアムアヒーロー THE NOVEL』(朝井リョウ、中山七里、藤野可織、下村敦史、葉真中顕、佐藤友哉、島本理生/小学館)
ゾンビもののコミックとして最も成功した『アイアムアヒーロー』の映画版公開に合わせて刊行されたアンソロジー。気鋭の作家7人が参加して、原作のスピンオフ的な内容の短編小説が収録されている。原作の主人公である鈴木英雄ほか、主要登場人物が出てくる作品もあれば、まったく異なるキャラと舞台設定のもと、「ZQN」(原作でのゾンビの呼称)に支配されようとしている世界を描いた作品もある。基本的に原作コミックを読んで背景知識を持っていることが前提だが、そうでなくともそれなりに楽しめる。スプラッター表現は抑制されているが、独特の文体とストーリーラインに引き込まれることうけあい。