社会人が職場の要請から、どうしても英語を学ばねばならないとき、一番厳しいハードルは発音であろう。日本人が正しい発音を身につけようして障害になるのは、英文の各単語が、それぞれ独立したものとして考えてしまうことだと思う。例えば「Say it again.」と言うとき、大方の日本人学習者は「セイ・イット・アゲイン」と1単語ずつ区切って発音する。しかし、これではネイティブスピーカーは、何を言っているのか理解できない。実はこのフレーズ、「セイラ ゲイン」が、発音としては正解に近い。「I was able to ~~」は、「アイ・ワズ・エイブル・トゥー ~~」でなく、「アイウォズエイボラ ~~」となる。要するに、英文というのは、ある単語とある単語が組み合わさると、まったく別の流れるようなリズムの発音に変わってしまうのである。さらに、「弱形」と言って、「to」、「of」、「and」など、ほとんど聞き取れない程度に弱く発音するか、直前・直後の言葉に「溶け込んでしまう」単語もある(例えば「have to」は「ハフタ」と聞こえる)。
「そんなの学校で習っていない」と言われるかもしれないが、中・高校レベルでは授業時間の制約や教師のキャパの問題から、正しい英文発音のカリキュラムがスルーされているというのが実情。そのため、文法知識などをバッチリ頭に叩き込んで、留学・海外出張に出かけた初日に、自分の英語がまるで通じず、ネイティブスピーカーが何をしゃべっているか聞き取れないことを知るという悲劇が起こる。
江戸時代後期に生きたジョン万次郎という人物がいる。彼が14歳のときに、乗っていた漁船が漂流して、無人島に漂着。アメリカの捕鯨船に救助され、米国人の船乗りと生活をともにしながら、ハワイやマサチューセッツで生活したという数奇な青年時代を送った。当然、コミュニケーションの手段として英語を学ばざるをえないのだが、英語の文法的な知識は皆無。そこで、ネイティブスピーカーがしゃべっていることを、聞いたとおりに発音することから始まった。「It is bad weather.」は「イタ イジ ヘーリ ワザ」、「Does it rain?」は「ドーシ イータ ルイン」、「What time is it now?」に至っては「ホッタ イモ イジルナ」(掘った芋いじるな)である。そして、現代の英語学習者にはハチャメチャに思えるこういった発音の方が、ちゃんとネイティブスピーカーに伝わるから面白い。ここに、英文発音の上達のヒントが隠されている―そう、ネイティブスピーカーのしゃべくりを聞いたままに、自分も発音するように心がければよいのである。