■Introduction
自分の設計したスピーカーをプロに製作してもらうのはオーディオマニアの夢の1つだが、さらに素晴らしいのは専門家が設計したスピーカーを家具職人が手作りすること。海外のスピーカーにはこれに近いものが存在するが、国産オーディオメーカーには皆無だった。それを今回、音楽之友社が実現した。月刊オーディオ誌「Stereo」の記事で紹介されたスピーカーを製品化して、受注生産するというのだ。設計者は石田善之氏。アウトドアでの生録から、スタジオでの録音、スピーカーの設計、製作、塗装までプロ並みに仕上げるオールマイティなオーディオ評論家の重鎮である。
もともと石田氏が製作したスピーカーはカシミールウォールナットと呼ばれる幻の無垢板で作られたため、同じ素材で製品化することは不可能だった。そこで音楽之友社は地元でのコラボを検討して家具工房「ACROGE FURNITURE」の代表 岸邦明氏に白羽の矢を立てた。オーダーメードの家具専門店で、木にこだわり、設計にこだわり、製法にこだわり、塗装にもこだわる店である。ここで試作を重ねて生まれたのが『Ishida model』なのだ。フロントとリアバッフルにブラックウォールナットの無垢材を使い、何十年使っても木が歪まないような工夫がされ、経年変化が楽しめる塗装で仕上げられている。
■Design
フォステクス初のアルミを使ったメタルコーン8cmフルレンジユニット『M800』のために生まれたエンクロージャーが『Ishida model』である。まあ、通常8cmフルレンジのエンクロージャーキットは、バックロードホーンでもペア2万円ぐらいだ。それを厚さ3cmの無垢板を使ってペア10万円で作るという贅沢な設計。厚さ3cmもあればほとんど共振しないのだが、響きのいい無垢板にこだわる。さらにユニットのフレームの厚みを削って取り付けた時にツライチになる。ここまでやると他のユニットに交換しにくいのだが、もう専用設計なのでお構いなしに突き進む。リアバッフルのスピーカー端子は無垢板にそのまま付けてもいいのだが、ここも出っ張らない設計になっている。音質的には無関係かもしれないが、こだわっている。
側板はMDFではなくラワン合板を採用。石田氏によればMDFはウッドチップを接着剤で固めたモノなので、接着剤の音がするという。表面には天然革が張られイタリア製スピーカーを思わせる。この革は底面に貼られている。フロントバッフルに使ったブラックウォールナットは手に入る板材の中で最も響きがいいという。これを無垢の1枚板の中心部からペアになるように2枚切り出している。残りはどうするのか知らないが非常に贅沢な木の使い方である。塗装にもこだわりがあり、オンライショップのオントモヴィレッジの写真を見るとかなり濃い色に見えるかもしれないが、実際はかなり薄い色である。色を付けているというよりは木の表面を保護するために水をはじく塗装がされ、木目の美しさを出すため、透明に近いイメージ。触ってみると木の感触そのままである。ほとんどのスピーカーはMDFの表面に、木の表面を薄くスライスした突き板を貼って、木目を再現している。そして突き板を使っても、使わなくても、表面を保護するためツルツル、ピカピカでカチカチになる2液ウレタン塗装が多く用いられる。硬度が高く耐久性にも優れ、汚れも落ちやすいのだが、触った感じは木というよりはガラスのようだ。いくら耐久性があると言っても、ひび割れたり、表面がザラザラになったりするが、『Ishida model』の塗装はそもそも被膜を作らないため、木の経年変化をそのままに伝えてくれそうだ。