2003年に発売された『NIKE AIR MAXⅠSAFARI』は、そのインパクトのあるビジュアルが話題になり、発売後に即完売。このモデルはある意味で、「atmos」のターニングポイントになったと言えるそうだ。
佐藤さん:その頃、僕は「atmos」のショップスタッフで、発売日に行列ができたのを覚えています。行列ができて完売したから、というわけではなく『NIKE AIR MAXⅠSAFARI』のリリースによって、スニーカーファンの方たちからの「atmos」は面白いことをやるショップだというイメージを持ってもらえたかなと思っているんです。当時は、ナイキで言うとコートシューズが全盛の時代でした。覚えている方もいるかもしれませんが『AIR FORCEⅠ(エア フォースⅠ)』、『DUNK(ダンク)』、『DUNK SB(ダンク SB)』といったモデルが人気だったんです。そんなタイミングでのリリースだったので「何でエア マックスなの?」っていう声もあって。リリース後、即完売になったのも嬉しいことだったのですが、その後コートシューズブームが落ち着いて『AIR MAXⅠ(エア マックスⅠ)』や『AIR MAX90(エア マックス90)』などのランニング系モデルが盛り上がったときに「atmosは早かったね」という評価を頂けたんです。今から思えばあれが1つの転機だったのかもしれないなと。
『NIKE AIR MAXⅠSAFARI』が登場した頃、「atmos」のショップ内は今とは異なるスタイルだった。
佐藤さん:現在のショップに足を運んで下さっている方は、白を基調とした店舗の壁面にズラリとスニーカーが並んでいるというイメージを持たれているかもしれません。2003年頃は、店舗も小さくて55フェイスしかなかったんです。種類と在庫量で勝負するのがスタンダードだった時代に、提案型っていうかなり特殊な形態で。そういう中で『NIKE AIR MAXⅠSAFARI』が出たことで、「atmos」の提案力みたいなものが認められたような感じがあったんです。
大人の人たちに近年のスニーカーブームとは違う熱狂を懐かしみながら『NIKE AIR MAX I PREMIUM』を履いてほしいとのこと。
佐藤さん:人気モデルのオリジナルカラーの復刻っていうのは定期的にあったりするものですが、こういった提案カラーの復活というのは滅多にないことだと思います。様々な要素がタイミングよく合致しないとできないことだったりもします。いわゆるストリートカルチャーが全盛で、インターネットがそれほど発達していなかったからこそ、今とは違うスニーカーの盛り上がり方があったと思うので、それを懐かしんでもらえたらなと思います。当時タイミングが合わずに買えなかった、まだ学生でお金がなくて買えなかったという人にもぜひ履いてほしいですね。
■問い合わせ先
atmos(アトモス)
電話:03-6427-6366
http://www.atmos-tokyo.com/
取材・文・神津文人
※記事内の情報は取材時のものです。