長年、冠婚葬祭用の黒靴を保管してきた。突然の通夜に参列するため、靴を取り出し、歩いていたところ、しばらくして気づいた。かかとが加水分解して、靴が崩壊していたのである。マンションのエントランスに、転々と落ちている黒い残骸。呪いの様に我が家の玄関に繋がっていた。掃除のため、参列には遅刻した。どうして靴のゴムは崩壊してしまうのだろう。
履かなかった靴が崩壊する理由「加水分解」
大切にしていた靴が崩壊してしまうのはなぜだろう。実は靴の底でゴムだと思っていた部分には、ポリウレタンという化学素材が使われていた。これが空気中の水分と結合することで、変質して分解されてしまうのである。この現象は靴だけでなく、合成皮革のバックがベタベタになる現象も「加水分解」のひとつ。小学館のBE-PALでは加水分解したキャンプ用品のケアについて、写真入りで詳しく紹介されている。
「加水分解ならば、しっかり湿気を防いで、もっと大切に靴を保管しておけば良いのでは?」と思う人もいるはず。私もそうだったが、実は履かないこと自体が劣化を早める最大の原因だと、黒靴を急遽、購入した靴店の店員は言っていた。「どんなに防湿しても、ほとんどの人が靴を置く靴箱は、湿気が多くて靴にとっては劣悪な環境だから、防水は普通の家では無理でしょうね」と教えてくれた。
ではなぜ、履いている靴の方が加水分解しにくいのか。靴は履くことでポリウレタンが加重して中の水分が空気と一緒に抜けていく。履かないでいると、湿った空気が中に溜まってしまい、加水分解を促す結果となる。私の靴は保管して5年ぐらいだったが、冠婚葬祭で年に1,2回程度しか履いていなかった。
たくさん履くと加水分解が防げる
また靴に使用されているポリウレタンの寿命は、製品にもよるが、5年程度で劣化してくるらしい。そうなると、履かずに普通に保管するだけで、5年で靴は壊れてしまう計算になる。履いていたら多少は長持ちするが、履かないとたった5年で靴は崩壊するのだ。
今回は仕方なく途中で買ったが、靴の店員さんは冠婚葬祭用ではなく、普段履きの黒靴をすすめてくれた。「靴はできるだけたくさん履くことです。難しいけれど、湿気には気を付けて」とアドバイスしてくれた。実際、参列者の靴を見たら、ほとんどが普段の黒いビジネスシューズで、黒のスニーカーの人もいた。通夜が無宗教方式だったせいか、黒ジャケットの参列者もいた。告別式のマナーは変わっていたのである。
正式には「黒の牛革、内羽根式、ストレート」と知っておく
今回の加水分解で飛び込んだ靴店は、商店街の中にある個人経営の店で、冠婚葬祭用の靴についても詳しく教えてくれた。「知らないでいるのと、知っていてやらないのでは大きな差があるから」と言うのである。本来、葬儀用の黒靴は「牛革で、内羽根式で、ストレートチップが最高」と教えてくれた。
内羽根式とは、靴紐を通す部分が、甲の革と一体化しているもので、ビジネスシューズはほとんどが外羽根式となっている。さらに、靴のデザインはストレートチップという、つま先に横一線の切り替えが入ったデザインが最もフォーマルな形なのだとか。素材は牛革のスムースレザーというよく見る一般的な牛革で良く、エナメルや起毛タイプは適さない。ただし、色は黒以外はNGだとか。
外羽根式
プロシアの陸軍元帥が編み出し、「ワーテルローの戦い」で使われて世界中に広まった。着脱が容易で履き心地の調節がしやすい。
内羽根式
英国の王室が発祥。ヴィクトリア女王の夫、アルバート公によって内羽根式のミドルブーツが編み出されたと伝えられている。
「それなりに格式のある場所であれば、牛革・内羽根・ストレートチップだけれど、最近の通夜やお別れ式ならば、外羽根でも気にならないことが多いし、ストレートっぽい形だったら、普段の黒い靴でも失礼ではないことも多いですよ。無理に正式な靴を買って保管してダメにするよりも、普段から黒の牛革でストレートっぽいタイプを履いた方が、いざという時でも使えるし、何より足になじんで疲れないでしょう」と黒革靴を勧めてくれた。
確かに、普段の靴に黒色を取り入れておけば、長持ちする上、足になじみやすい。冠婚葬祭用の黒靴を保管しているあなたへ忠告。あなたの靴はいつか崩壊する。崩壊しないためには「履く」そして「防湿」をお勧めしたい。
文/柿川鮎子
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