ご存知のように2026年10月に施行された改正労働施策総合推進法により、事業主にはカスタマーハラスメント対策が義務付けられた。雇用主には雇用者の身体の健康に加え、職場でのハラスメントなど精神面のリスクから働き手を守る明確な責任が生じている。
飲食店でのクレーマー「カレン」とは
カスタマーハラスメント、通称カスハラとは、顧客や取引先、施設利用者などからの著しい迷惑行為で、労働者の就業環境を害する行為を指す。
厚生労働省の指針ではカスハラに該当するのは、顧客や取引先等からの言動であること、社会通念上許容される範囲を超えていること、労働者の就業環境が害されていることの3つである。
特に近年、飲⾷店において利用客や取引先からのカスハラによる被害が顕在化していることから、農林水産庁は今年2月に「カスタマーハラスメント対策ガイドライン」を策定している。
飲食店でのクレーマー像としてイギリスを中心に広まっているネットスラングの「カレン(Karen)」は、レストランの店員に高圧的な態度を取り、理不尽な要求をし、すぐに不満をぶつける自己中心的な白人中年女性を指しており、英語圏の飲食店などでは迷惑なクレーマー客が来た際に店員たちの間で「またカレンが来た」というように使われることがあるともいわれている。
ステレオタイプのクレーマー像である“カレン”なのだが、新たな研究は「カレンのことは忘れてください」と忠告しているようだ。レストランで苦情を言う人物に関しては、年齢や性別はほとんど関係がないというのだ。
100軒のレストランで1000食の食事事情を調査
英エセックス大学の研究チームが今年9月に「International Journal of Hospitality Management」で発表した研究は、レストランでの顧客のクレーム行為を検証した興味深い内容である。
「固定観念は捨ててください」と、論文主筆であるエセックス大学エッジホテルスクールのエイドリアン・マーティン氏は同大学のプレスリリースで述べている。
「怒っている客は本当にさまざまなタイプがいて、私たちの調査ではソーシャルメディアで広まっている(カレンの)ようなステレオタイプを裏付ける証拠は見つかりませんでした」(マーティン氏)
“カレン”というステレオタイプは、一般的にきわめて自己主張の強い人物像を指し、多くの場合、女性、中流階級、中年層と関連付けられている。
それが現実世界でも当てはまるかどうかを検証するため、研究チームは100軒のレストランで約1000食の食事事情を追跡調査した。
分析の結果、誕生日、記念日、お祝い事など、特別な日に関連した食事の場合、人々は苦情を言う傾向が強いことが明らかになった。こうした状況では、客の期待値は一般的に高く、サービス上の不備は許容されにくい傾向にあったのだ。
また予約ミスなど、来店前に問題が発生した場合にも、顧客は苦情を申し立てる可能性が高かった。
来店時のフレンドリーな接客が好印象
一方で来店時のフレンドリーな歓迎は、クレームを言う客への最良の防御策の一つであることも浮き彫りとなった。スタッフが到着した瞬間から客を大切にしていると感じさせれば、客は不満を言う可能性が低くなるのだ。
性格タイプの影響について見てみると、苦情を申し立てる可能性が最も高いのは、不正や不公平を目にした際にそれを正さなければならないと感じる正義感の強いタイプの顧客だった。次いで多かったのは、権利意識と自己主張の強さを持つ顧客だった。
一方で共感的な人物は不満を感じる可能性が著しく低く、不満を感じた場合でも苦情を言う可能性が低いことがわかった。
苦情に関するデータからは、性別、年齢、収入による違いは見られなかった。男性の苦情件数は女性と比べて変わらず、高齢の客も若年客と比べて変わらず、高所得者も低所得者と比べて変わらなかった。
つまり“カレン”は根も葉もない誤ったイメージであったのだ。
研究では、レストラン側がミスが犯した際にどのように対処したかも測定された。
調査の結果、レストラン側が犯したミスの40%は客から指摘されることなく、客は沈黙を貫いていたことが判明した。
一方でミスの45%は顧客から指摘され、現場のスタッフがその場で適切に対処した。
残る15%のケースは、経営陣へのクレーム報告、あるいは正式な苦情申し立てへとエスカレートした。
カスハラ対策による“接客”の再定義
マーティン氏は、「今回の研究結果は、レストラン経営者にとってきわめて実際的な意味合いを持つ」と説明する。
「これらの事例は、最前線のスタッフの重要性を示しています。例えば、お客様をお迎えして席にご案内したり、到着時に特別な気分を味わっていただくといった、最初の段階でのお客様とのやり取りは、お客様を安心させるのにきわめて役立ちます」(マーティン氏)
こうした来店時のフレンドリーな接客は、問題に気づく可能性とクレームを言う可能性の両方を大幅に減少させた。
「お客様との繋がりを築き、共感を示すことは大きな違いを生み出します。また最前線のスタッフが自信と知識を持ち、問題が発生した際に迅速に解決することで、お客様に安心感を与えることができます」マーティン氏)
フレンドリーな接客の重要性が示されることになった今回の研究だが、さまざまなケースにおけるクレームとその対策への理解を深めていきたいものである。カスハラ対策によって“接客”の定義が変わり得るともいえるのだが、飲食店での飲食が“味気ない”ものになってしまえば足は遠のくばかりなのだろう。
※研究論文
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0278431926003646
※プレスリリース
https://www.essex.ac.uk/news/2026/09/25/forget-karen-sterotypes
文/仲田しんじ
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