福岡のご当地ラーメンと言えば「豚骨ラーメン」である。博多ラーメンや長浜ラーメン、久留米ラーメンなど、白濁した豚骨スープにストレート麺を合わせた豚骨ラーメンは、福岡の人にとってソウルフードならぬ、ソウルラーメンと呼ぶべき存在であり、観光客にとっても欠かすことのできない福岡のご当地グルメの一つだろう。
なぜ「臭い」ラーメンと「臭くない」ラーメンが存在するのか?
そんな豚骨ラーメンについて、よく耳にするのが「豚骨臭い」という感想だ。豚骨臭さがなければ豚骨を食べた気にならないという人もいれば、豚骨独特の臭いが苦手という人もいる。しかし実際には豚骨ラーメンには「臭い」豚骨と「臭くない」豚骨が存在することをご存じだろうか。
全国に店舗を展開する『一風堂』や『一蘭』のラーメンは「臭くない」豚骨ラーメンの代表格だが、その一方で、今都内を中心に注目を集めているのが「熟成豚骨」と呼ばれる「臭い」豚骨ラーメンだ。店の外にまで強烈な豚骨の臭いが漂い、ラーメンからも豚骨臭がほとばしるようなラーメンが、都内ではじわじわとブームになっているのだ。
しかし、同じ豚骨ラーメンなのに、なぜ臭い豚骨と臭くない豚骨があるのだろうか。それは豚骨ラーメンの「製法」に依るところが大きい。豚骨ラーメンのスープは豚骨と水でできている。店によってはそこに鶏や野菜などが入ることもあるが、豚骨などの材料を炊いて出汁をとったものが豚骨スープとなる。
「切り取り」と「呼び出し」、製法の違いとは?
一般的な豚骨ラーメン店の場合、寸胴なり釜の中で豚骨を炊き出してスープを完成させる。一日の営業が終わったらその寸胴を空っぽにして、翌日また新たな骨と水を入れて新しいスープを炊いていく。これが「取り切り」と呼ばれる製法で、このスープは基本的には豚骨臭くない。
それに対して「取り切り」製法のように寸胴を空にはせず、残った古いスープをもとに別の寸胴で取った新たなスープや骨などを合わせて、翌日の営業で使うスープを完成させる、いわば「継ぎ足し」によってスープを炊き続けていく作り方もある。これが「呼び戻し」と呼ばれる製法だ。
このスープを継ぎ足していく過程において、条件が整えば豚骨スープは熟成されていき、旨味や豚骨ならではの香りなども強くなっていく。熟成によってより力強く豚骨らしい、ある意味でクセのある豚骨臭いスープに仕上がっていく。久留米ラーメンはそんな呼び戻し製法の代表格だ。
「取り切り」と「継ぎ足し」は、それぞれの店の営業スタイルや目指すラーメンによって使い分けられている。つまり豚骨臭いラーメンを出している店は、意図して敢えてその臭いを出しているということだ。
豚骨の臭いはスープを熟成発酵していく過程で生まれるものであり、不十分な下処理であるとか失敗によるものではない。火加減や温度などを考えながら菌を育てて、ベストの状態で発酵熟成させることで、はじめて豚骨ラーメン独特の香りが出る。熟成豚骨ラーメンの豚骨臭さは職人の経験と技術によって意図的に出されているものなのだ。
豚骨ラーメンの独特な臭いの主な正体は、スープの中で繁殖する微生物が豚骨のタンパク質やアミノ酸を分解する過程で生み出す有機酸であり、その発生メカニズムは納豆やくさやといった伝統的な発酵食品と本質的に同じだ。通常、一般的な細菌は100℃で煮沸すると死滅してしまうが、毎日グラグラと何時間も煮えたぎる超過酷なスープ環境の中では、熱に強い「芽胞」を持つ枯草菌や、超好熱性の特殊な古細菌だけが生き残る。
近年の九州産業大学の研究では、呼び戻し製法の豚骨スープを遺伝子解析し、風味形成に関与すると考えられる古細菌が確認された。スープを継ぎ足し火を入れ続ける呼び戻し製法が、細菌を絶やさずに育てる高度な培養プロセスであると考えられ、職人の経験と勘で作られてきた伝統的な豚骨ラーメンは、科学的に「発酵食品」の一種に近い状態であることが解明されたのだ。
東京で味わえる「臭い豚骨ラーメン」の存在
東京にも九州の豚骨ラーメンがやってきたのは戦後の高度成長期だが、当初は豚骨ラーメンそのものが珍しいものであり、白いスープというだけで異質の存在だった。よって独特な臭いを持ったタイプの豚骨ラーメンは受け入れられず、臭いのない豚骨ラーメンが人気となった。
しかし、今の時代はラーメンも多様化しており、豚骨ラーメンの表現方法も多彩であることが豚骨ラーメンの魅力ともなっている。臭いのない豚骨ラーメンがある一方で、臭いの強い豚骨ラーメンもある。九州などでは当たり前の現象が、ようやく都内などでも認知されてきたと言えるだろう。
博多長浜ラーメン 田中商店
東京で熟成豚骨ラーメンの先駆けと言えば、2000年に創業した『博多長浜ラーメン 田中商店』(東京都足立区花畑1-16-11)だろう。大きな寸胴を並べて呼び戻し製法によって作られる熟成豚骨ラーメンは、創業から四半世紀経った今も行列ができる人気となっている。
でぶちゃんRAMEN
『でぶちゃんRAMEN』(東京都新宿区高田馬場2-13-6)は、独自の手法で熟成豚骨ラーメンと向き合っている業界屈指の理論派ラーメン店。自店の豚骨スープを専門機関で検査して臭いの元となる菌の存在に辿り着くなど、これまで職人の勘や経験頼りだったスープ作りを科学的なアプローチによって再現性を高めた。
博多くまちゃんらぁめん とんこつ研究所
今年10月にオープンした『博多くまちゃんらぁめん とんこつ研究所 中野店』(東京都中野区中野5-49-7)は、豚の頭骨、大腿骨、背骨を炊き出すタイミングを変えながら、羽釜を使って強火で長時間炊き上げ、呼び戻し製法によって熟成を重ねた一杯で早くも注目を集めている。
他にも『御天』(下井草)『ラーメン健太』(高円寺)『博多ラーメン 和』(赤坂)『博多ラーメン 琉』(祐天寺)『熟成豚骨 箕輪家』(中野)『豚骨ラーメン 開王』(八王子)など、都内では数多くの熟成豚骨ラーメン店が人気を集めている。
スープの製法を知ることの面白さ
豚骨ラーメンファンとしては、豚骨臭い熟成豚骨ラーメンを出す店が今後も増えてほしいと願うばかりだが、どうしてもスープを炊く上で発する「臭い」の問題は避けて通れない。これは本場の福岡でも同様だが、近隣の店舗や住宅からのクレームなども起こり得るため、なかなか出店場所が見つからないケースが増えているのだ。
しかしながら、スープを熟成させてこそ感じられる旨味と香りは、何物にも代え難い魅力がある。ぜひ今度豚骨ラーメンを食べる時には、そのスープが「取り切り」なのか「継ぎ足し」なのかを探りながら食べてみて欲しい。豚骨ラーメンがより美味しく楽しく感じられるだろう。
文/山路力也
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