線路内への立ち入りや私有地への無断侵入など、一部の撮り鉄によるマナー違反がたびたびニュースになっている。ベストショットを求めるあまりの行動だが、生成AIがあればもうそんな無理は不要。もし邪魔な人やモノが写り込んでしまっても、AIで“なかったこと”にできるからだ。アドビとえちごトキめき鉄道が共同で開催したのは、まさにそんな撮影体験ができるイベント。2026年10月12日に新潟県上越市で開催された「楽しく撮り鉄!生成AIで鉄道写真がもっと簡単に!」を取材した。
「写り込んだら生成AIで消せばいい」――アドビが提案する楽しい撮り鉄
せっかくいいアングルで撮れていたのに、余計な人やモノが写り込んでいる。誰しも一度や二度は、そんな残念な思いをしたことがあるはず。多くの人が利用する、しかも動く鉄道を被写体とする「撮り鉄」なら、なおさらだろう。アドビ広報の吉原淳氏はイベントの開会にあたって、「いろんなものが写ってしまっても生成AIで消せばいいというご提案をさせていただきたい」と、企画の趣旨を説明した。
あとから消せるなら、邪魔なものを排除するために線路に近づいたり、他の撮影者と場所を争ったりする必要はない。安全な場所からマナーを守って撮影し、不要なものは後からAIで取り除く。その「撮る」から「仕上げる」までを一連の楽しみとして体験してもらおうというのが、本イベントでのアドビの提案だ。
イベントを共同開催したえちごトキめき鉄道も、撮り鉄のマナー問題には頭を悩ませてきた。代表取締役社長の平井隆志氏によれば、同社が鉄道ファン向けのイベントを実施すると、ほとんどの参加者はマナーを守って撮影しているものの、時には線路内に入ってくる人もいるという。そのたびに注意喚起を行い、ホームページでも周知してきた。「ほんの一部の人のマナー違反によって、撮り鉄全体のイメージが悪くなるのは本望ではありません」と平井社長。こうした取り組みがアドビの目に留まり、今回のイベントにつながったという。
国鉄形車両「TOKIトレイン」を貸し切り
えちごトキめき鉄道は、新潟県上越市に本社を置く鉄道会社だ。北陸新幹線が開業した2015年3月に、並行在来線として営業運転を開始。現在は直江津駅と市振駅を結ぶ「日本海ひすいライン」と、直江津駅と妙高高原駅を結ぶ「妙高はねうまライン」の2路線を運行している。
この日参加者が乗車したのは、日本海沿いを走る日本海ひすいラインの観光列車「TOKIトレイン」。413・455系電車を使ったレトロな国鉄形車両で、2026年3月に「新北陸色」への塗装変更に合わせ、愛称が「国鉄形観光急行」から「TOKIトレイン」へリニューアルされた。平井社長によれば、昭和の時代につくられた交直両用の車両で、455系が現役で走っているのは、日本でも同社だけだという。本イベントではそのTOKIトレインの3号車を貸し切り、直江津~市振の往復区間で様々な撮影機会が設けられた。
日本海沿いを走り、途中駅や市振駅で撮影
イベントの参加者は20名。親子で参加した8歳から上は86歳と年齢層も幅広く、地元・上越市や首都圏をはじめ、遠くは滋賀県から駆けつけた鉄道ファンもいた。
直江津駅で集合写真を撮影した後、11時31分にTOKIトレインが出発。車窓に日本海の風景を眺めながら、市振駅との間を往復する約3時間の旅だ。走行中の撮影はもちろん、途中、名立駅や糸魚川駅などでは長めの停車時間が設けられ、参加者はホームに降りて車両や風景の撮影を楽しんだ。市振駅ではヘッドマークを交換しての撮影会など特別な演出も行われ、めったにない機会に参加者だけでなく、現場に居合わせた鉄道ファンも一緒にシャッターを切っていた。
車内では途中停車駅である能生名物の駅弁「かに釜めし」が振る舞われたほか、「TOKIトレイン」のヘッドマークをベースに、生成AIアプリの「Adobe Firefly」を使って、オリジナルのヘッドマークを生成する体験会も開かれた。さらに復路には、えちごトキめき鉄道の担当者から「TOKIトレイン」の歴史や沿線の見どころなどを教えてもらったり、質問に答えてもらったりする交流会も実施され、大いに盛り上がっていた。
生成AIを活用するワークショップを開催
直江津駅に戻った参加者たちを出迎えてくれたのは、えちごトキめき鉄道の平井社長。自ら駅のホームにある「0キロポスト」のモニュメントを案内してくれた。続いて直江津学びの交流館では、撮った写真を生成AIで編集するワークショップが開かれた。
ワークショップの講師は、アドビでCreative Cloudコミュニティ&プロダクト マーケティングマネージャーを務める岩本崇氏。自身も鉄道好きで、「どちらかというと乗り鉄」だという。ゲスト講師には、『もじ鉄 書体で読み解く日本全国鉄道の駅名標』(三才ブックス)の著者で、「もじ鉄アーティスト」の石川祐基氏を迎えた。駅名標の書体やデザインを求めて全国を巡ってきた石川氏によれば、えちごトキめき鉄道の駅名標は、妙高はねうまラインが山、日本海ひすいラインが海というように、沿線の景色をイメージしたイラスト風のデザインになっているという。
ワークショップで使用されたのは、PC、Web、スマホなどのデバイスで利用できる、写真編集・管理ツールの「Adobe Lightroom」。生成AI機能を搭載しており、消したい部分を指定すると、取り除いた後の空白をAIが自動で生成して自然に埋めてくれるほか、空の色合いなども簡単に変更できる。
まず石川氏が、撮影した写真を使ったデモを披露。「削除」ツールで人物をざっくり囲むと、その部分が赤く表示され、実行すると消える。駅名標の上にはみ出した別の看板や、糸魚川駅で撮った写真の真ん中に立つ柱も、なぞるだけで簡単に取り除かれた。柱を消した後の上下のつながりもAIが調整しており、まるで最初からなかったかのような仕上がりに、参加者からは驚きの声があがっていた。
石川氏は、駅名標の文字を消して「お誕生日おめでとう」などのメッセージを入れる遊び方も提案。電車好きの子どもや孫へのメッセージプレートにもなるという。さらに、写真をモノクロにして粒子を加えると昭和の写真のような風合いに。曇って白っぽくなった空の色合いを変えて、フィルム写真のように仕上げることもできると紹介していた。
参加者はアドビスタッフのサポートも受けながら、それぞれに撮影した写真を使って、生成AIを用いた編集に挑戦。イベントの最後には岩本氏、石川氏による作品の講評も行われた。糸魚川駅の貨物列車の写真から写り込んだ他の撮影者たちを消したもの、曇った市振駅の写真の空や時間帯の雰囲気を変えたものなど、様々に編集された写真のビフォー・アフターが紹介された。不要なものを消したうえで、AIで女性の姿を描き加えた凝った作品もあり、会場を驚かせていた。
特別賞の2作品はTOKIトレインの中吊りに掲載
参加者の作品は後日、平井社長が審査し、上越市在住のほりうちさんと、長野市在住の金子益巳さんの作品が特別賞に選ばれた。受賞作品は今後、えちごトキめき鉄道のホームページや、TOKIトレインの車内の中吊りに掲載される予定だ。
特別賞を受賞した金子さんの作品。ホームに1人だけを残し、ほかの人はきれいに消えている。
イベントの結びに、「AIを使えばいらないものは消せる。こういうものを活用していけば、鉄道好きの優しい世界というか、みんなでもっと楽しく電車を撮っていけるのではないか」と語った石川氏。危険な場所に立ち入ったり、他の撮影者と場所を争ったりしなくても、生成AIがあれば狙い通りの一枚を仕上げられる。もしTOKIトレインに乗る機会があれば、車内に飾られる受賞作をぜひチェックしてみてほしい。
取材・文/太田百合子
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