円安は日本経済にとってプラスなのか、マイナスなのか。答えは立場によってまるで違ってきます。2026年は7月に1ドル=162円台後半と約39年半ぶりの円安水準をつけ、政府・日銀は過去最大規模の円買い介入に動きました。それでも10月中旬の相場は158円台。自動車やゲームの輸出企業、百貨店や航空会社、外食や100円ショップ、外貨建て資産を持つ個人、そして家計。1ドルが10円動いたときの損得を各社の決算や公表データ、試算で並べると、立ち位置ごとの差がはっきり見えてきます。
業態で分かれた円安の明暗
■円安が追い風になった側
・トヨタ自動車(自動車):想定レートを10円円安方向に見直し、為替で4800億円の増益要因
・コマツ(建設機械):円安などを背景に4〜6月期の売上高が14.7%増
・任天堂(ゲーム機):4〜6月期の純利益が前年同期比53.5%増
■明暗が分かれた側
・ファーストリテイリング(アパレル):純利益が過去最高を更新する一方、秋冬商品の一部値上げに言及
・髙島屋(百貨店):8月の免税売上高が前年同月比6.6%増
・ANAホールディングス(航空):4〜6月期の売上高は同期として過去最高、燃油費などで営業利益は43.5%減
■仕入れコストの上昇に向き合う側
・カルビー(菓子):スナック菓子など75品目を3〜15%程度値上げ
・ニトリホールディングス(家具・インテリア):円安による仕入れコストの上昇が逆風
・サイゼリヤ(外食):食材・エネルギー高のなかで増収増益
・セリア(100円ショップ):売上原価率が下がり、4〜6月期の営業利益が48.7%増
・ジュピターコーヒー(コーヒー、非上場):1月に民事再生法の適用を申請
2026年の円安はどこまで進んだのか
1ドル=162円台後半。7月1日の東京外国為替市場でついたこの水準は、1986年12月以来、およそ39年半ぶりの円安でした。7月下旬には一時164円に迫る場面もあり、政府・日銀は7月30日に単独で、さらに米東部時間の7月31日には米国と協調して円買い介入に踏み切っています。
財務省の発表によれば、7月30日から8月26日までの介入額は15兆3993億円と、月次ベースで過去最大。4月末から5月上旬の介入とあわせると、2026年の円買い介入は合計27兆1342億円にのぼり、年間でも最大を更新しました。
介入の直後には155円台まで円高に振れたものの、その後は再び円安方向へ。10月中旬の時点でも158円台での推移が続いており、中東情勢の不透明感や日米の金利差が円安圧力として残っているとされます。円安がこれだけ長引けば、得をする側と損をする側の差も積み上がっていくはずです。
得した側(1) 輸出で稼ぐ大企業
恩恵がもっとも分かりやすく表れるのは、海外で稼いだ外貨を円に換える輸出企業でしょう。代表例がトヨタ自動車。同社は、対ドルで1円の円安が進むと年間の営業利益が500億円程度増えると説明してきました。
そのトヨタは8月4日、2027年3月期の想定為替レートを5月時点の1ドル=150円から160円へ、ちょうど10円円安方向に見直しています。為替だけで4800億円の増益要因となり、ほかの要因と合わせて通期の営業利益見通しは4000億円増の3兆4000億円に引き上げられました。
恩恵は自動車にとどまりません。建設機械のコマツは4〜6月期の売上高が1兆431億円と前年同期比14.7%増え、通期の業績予想も上方修正しました。北米での建設機械の販売が大きく伸び、同社は増収増益の要因に円安を挙げているとされます。ゲーム機の任天堂も、4〜6月期の純利益が1474億円と53.5%増加。「ニンテンドースイッチ2」の販売台数は前年同期を下回ったものの、円安基調や米国の関税還付が利益を押し上げました。
海外で稼ぎつつ国内でも商品を売る企業にとって、円安は両刃の剣です。ユニクロを展開するファーストリテイリングが10月8日に発表した2026年8月期決算は、純利益が5425億円と前期比25.3%増え、過去最高を更新しました。ユニクロは国内外のすべての地域で増収増益だったとされます。その一方で同社は7月の時点で、円安を受けて秋冬商品の一部は値上げせざるを得ないとの考えも示していました。海外事業には追い風、国内の仕入れには向かい風という円安の二面性が、1社の中に表れた形です。
とはいえ、円安を歓迎している企業は少数派です。東京商工リサーチが2025年12月に実施した調査では、1ドル=156円前後の為替水準を経営に「プラス」と答えた企業は4.4%にとどまり、「マイナス」は41.3%にのぼりました。「プラス」の割合は大企業が7.1%、中小企業が4.1%。円安の恩恵は、海外売上の大きい一部の企業に偏っているのが実態です。
https://www.shutterstock.com/ja/image-photo/yorkville-ny-feb-1-2026-toyota-2737285369?trackingId=446c56ed-cc54-416a-8264-df258375d989&listId=searchResults
得した側(2) 外貨建て資産を持つ個人
個人で円安の恩恵を受けやすいのは、米国株や全世界株の投資信託、外貨預金などを持っている人です。資産そのものの値動きがゼロでも、円に換算した評価額は為替だけで動きます。
たとえば1万ドル分の外貨建て資産なら、1ドル=148円で148万円、158円で158万円。10円の円安で、評価額は約10万円、率にして約6.8%増える計算です。
日本銀行の資金循環統計を見ると、2026年6月末の家計の金融資産は2519兆円で過去最大。なかでも投資信託は193兆円と、1年前から36.8%増えました。一方、現金・預金は1132兆円で、金融資産全体のおよそ45%を占めています。NISAの普及で投資への資金流入が続いているとされ、海外株式に投資する投資信託を持つ人は、円安の追い風を受けてきた層といえそうです。
ただし、この「得」は円に換えるまで確定しない含み益にすぎません。円高に振れれば、同じ仕組みで評価額は目減りします。為替による増減と株価そのものの値上がりを分けて見ると、資産の実態はつかみやすくなります。
観光業は「円安なら必ず得」とは限らない
円安が進むと、海外から見た日本の旅行代金は割安になります。観光庁によると、2025年の訪日外国人旅行消費額は9兆4549億円と過去最高。訪日客数も4268万人と記録を塗り替えました。宿泊、飲食、小売など、インバウンド需要を取り込めた事業者にとっては大きな追い風の1年だったわけです。
ところが2026年は様子が違います。日本政府観光局(JNTO)の推計では、1〜8月の訪日客数は2762万6000人で、前年同期比2.7%減。中国からの訪日客の大幅な減少が響きました。4〜6月期の旅行消費額は2兆5125億円と前年同期比0.3%増にとどまり、国・地域別では中国が48.0%減となる一方、米国が首位に立っています。1人あたりの旅行支出は24万4000円(1次速報)と高い水準を保っており、客数の伸び悩みを単価が支えている格好です。
百貨店では、訪日客の購買単価の伸びが目立ちます。日本百貨店協会によると、7月の免税売上高は約506億円と前年同月比25.5%増で、5カ月連続のプラス。1人あたりの購買単価は約10万3000円と21.8%伸び、中国からの購買客数が約26%減るなかでも、中国客の売上高は約5%増えました。8月も髙島屋の免税売上高が前年同月比6.6%増となった一方、免税売上が前年を下回った大手百貨店もあり、立地や客層によって差が出ています。
航空会社も単純には語れません。ANAホールディングスの4〜6月期は、国際線旅客の伸びなどで売上高が6727億円と第1四半期として過去最高に。一方で燃油費などの増加により、営業利益は43.5%減の207億円にとどまりました。燃料は輸入に頼るため、円安は売上だけでなく費用も押し上げる要因になります。
損した側(1) 輸入品の値上がりに直面する家計
円安の負担は、輸入される食料やエネルギー、原材料の価格を通じて家計に回ってきます。
2026年8月の全国消費者物価指数は、生鮮食品を除く総合で前年同月比1.7%の上昇。数字だけなら落ち着いて見えますが、政府による電気・ガス料金の支援やガソリン価格の補助が上昇率を抑えている面があります。7月分ではガソリンが前年同月比1.8%下がった一方、原材料高を背景にポテトチップスが13.3%、外食のハンバーガーが13.2%上がるなど、身近な品目の値上げは続いています。補助金で抑えている分、円安のコストを家計に代わって財政が引き受けている、という見方もできるでしょう。
メーカーの値上げも止まっていません。帝国データバンクによると、10月に値上げされた飲食料品は3153品目。2026年の累計は判明分だけで2万187品目と、2年連続で2万品目を超えました。原油を原料とする包装資材の値上がりに加え、円安が輸入価格を押し上げて値上げに拍車をかけたとされます。カルビーも原材料やエネルギー価格の上昇を理由に、スナック菓子など75品目を10〜11月の納品分から、店頭想定で3〜15%程度値上げすると発表しています。
では、10円の円安は家計にどれほどの負担になるのか。野村総合研究所のエコノミストが内閣府のマクロ計量モデルをもとに示した試算では、1ドル=160円から170円への円安で、4人世帯の年間の負担は7551円増えるとされます。月にすると600円あまり。2022年初めの115円程度から160円程度までの円安による負担増は、年4万7241円と見積もられています。
トヨタ1社で4800億円という企業側の数字と比べると、1世帯あたりの額は小さく映るかもしれません。ただ、この試算は物価全体への平均的な影響を数年かけて見たもの。食費の割合が高い世帯や、車での移動が欠かせない地域の世帯では、実感はより重くなりやすいと考えられます。試算の前提や手法によって金額が変わる点にも注意が必要です。
一方で、家計にとって円安が負担一色というわけでもありません。輸出企業の業績が伸びれば、賃上げや賞与を通じて働く人に還元される経路もあります。勤め先がどちらの側にあるかで、同じ円安でも家計の収支は変わってくるわけです。
損した側(2) 輸入コストを抱える企業
企業の側で打撃が集中しやすいのは、海外から商品や原材料を仕入れて国内で販売する中小企業です。
東京商工リサーチによると、仕入れコストの上昇などで経営が行き詰まった「円安」倒産は、2026年1〜8月で56件と前年同期比30.2%増。年間で過去最多だった2024年の83件を上回る可能性が出てきました。上半期(1〜6月)の45件を業種別に見ると、卸売業が23件と半数を占めています。1月には、負債59億300万円を抱えたジュピターコーヒー(非上場)が民事再生法の適用を申請し、東京商工リサーチの集計で「円安」倒産に数えられました。円安に限らず、仕入れ価格の上昇を価格に転嫁できずに倒産した「物価高」倒産も、2026年度上半期(4〜9月)は436件と、2022年度からの円安局面で最多となりました。
東京商工リサーチの2026年6月の調査では、卸売業の52.6%が当時の為替水準を経営に「マイナス」と回答。小売業では53.1%が1ドル=135円未満の水準を望んでいるとされ、実勢とは20円以上の開きがあります。
輸入品を国内で売るビジネスは、規模が大きくても円安と無縁ではありません。家具・インテリアのニトリホールディングスは2026年3月期に4期ぶりの最終増益を確保したものの、円安による仕入れコストの上昇が逆風になっていると報じられています。中国本土の不採算店の閉鎖など、為替以外の手を打って利益を守っている形です。
外食も同じ構図にあります。イタリアンレストランチェーンのサイゼリヤは、円安による食材価格やエネルギー価格の上昇が国内事業の重荷になっていると説明しています。それでも2025年9月〜26年5月期は売上高が17.5%増、営業利益が25.6%増。メニュー施策やデジタル化の推進などで、既存店の客数と客単価をともに伸ばしたと説明しています。
100円ショップも、海外から調達する商品が多く、価格を上げにくいことから円安の影響を受けやすい業態とされます。ただ、セリアは円安や原油高による粗利率の低下が懸念されていたものの、4〜6月期は売上原価率がむしろ下がり、営業利益が48.7%増えたとされます。
大企業は為替予約や海外生産で為替リスクをならしやすい一方、価格交渉力の弱い中小企業ほど、仕入れ値の上昇を販売価格に転嫁しきれず利益を削られやすい。円安が「大企業には追い風、中小企業には向かい風」と言われる背景には、この構図があります。
自分はどちら側か。3つの物差しで確かめる
円安の損得は、勤め先の業種や持っている資産によって大きく入れ替わります。目安になるのは次の3点です。
1つ目は勤務先の稼ぎ方。売上に占める海外の比率が高い企業なら、円安は業績や賞与の追い風になりやすく、輸入した商品や原材料を国内で売る企業なら逆風になりやすい傾向があります。
2つ目は資産の通貨。外貨建ての資産を一定程度持っていれば、円安による物価上昇の一部を評価額の増加で相殺できます。資産のほとんどが円預金という場合は、物価が上がった分だけ実質的な価値が目減りしていく形です。
3つ目は支出の中身。食料品やガソリン、輸入品、海外旅行など、輸入や外貨に結びついた支出の割合が高いほど、円安の影響を受けやすくなります。
たとえば、輸出比率の高いメーカーに勤め、NISAで海外株式の投資信託を積み立てている人なら、3つの物差しの多くで円安が追い風になります。反対に、輸入商材を扱う卸売会社に勤め、資産は円預金が中心、通勤や買い物に車が欠かせないという人なら、円安の負担を重ねて受ける立場です。
3つすべてが「得」に当てはまる人もいれば、すべてが「損」に当てはまる人もいるはず。為替の先行きを読むのは難しく、2026年のように介入で短期間に10円近く動く場面もあります。自分の立ち位置がどちらかに偏りすぎていないか。10円という物差しは、それを点検するひとつの材料になりそうです。
※本記事は2026年10月中旬時点の公表データに基づく情報提供を目的としたもので、特定の金融商品の売買や投資判断を推奨するものではありません。記事中の企業名は例示です。
鈴木林太郎 経済ライター テックと経済の”交差点”を主戦場にやさしく解説。企業・自治体の取材とデータ検証を重ね、現場の課題を言語化する記事づくりが得意。難解な制度や技術を、比喩と事例で”今日使える知識”に翻訳します。
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