日本では数が減ってしまった夜行寝台列車。JR九州の「ななつ星 in 九州」を代表とする観光特化型の「クルーズトレイン」や期間限定の「夜行登山列車」はあるが、「毎日定期運航」している寝台列車は今や「サンライズ瀬戸·サンライズ出雲」のみになってしまった。
一方ヨーロッパでは実用的な「夜行寝台列車」が人気を取り戻している。その数は1日あたり60~70本と言われている(毎日運航だけでなく週3回などのルートもあるため)。
寝台列車「ナイトジェット」に実際に乗車

そんなヨーロッパの夜行列車だが1990年代~2000年代には数を減らしたという。格安航空会社の台頭や、フランスのTVGをはじめとする高速列車の登場による都市間の移動時間の短縮などが主な理由だ。
それがまた復活したのには様々な理由がある。現地での観光だけでなく着くまでの過程も楽しむ「スロートラベル」の潮流。オーバーツーリズムとなっている都市のホテル価格の高騰。さらに温室効果ガスを大量に排出する飛行機の利用を「フライトシェイム(飛び恥)」だとして避け、代わりに環境負荷の少ない鉄道を積極的に選ぼうという動き。
日本人旅行者にも利用価値は高い。円安かつコロナ後にヨーロッパへの航空券課題が高止まりしている今、渡航先での滞在費を抑えたい人も多いだろう。「海外で寝台列車」もなんとも粋だ。そしてなにより「列車に乗っての国境越え」という旅情をそそる体験は島国日本では絶対にできない!
そこで人気運行会社の一つであるオーストリア連邦鉄道の寝台列車「ナイトジェット」に実際に乗車してみた。オーストリアといえば人口は1000万人に満たないし、国土もフランスやドイツやスペインと比べるとずっと狭い。そんな国の寝台列車がなぜ人気なのか不思議に思われる読者もいるだろう。

でもヨーロッパの地図を思い浮かべてほしい。オーストリアはほぼ中央に位置している。つまり東西南北、国境を越えて長距離運行するのにこれほどの好立地はない。
筆者が乗ったのもドイツのベルリンを出発する便。客車は10両編成で前7両がオーストリアの首都ウィーンを経由して南部にある同国第2の都市まで向かうNJ457便。一方残りの3両はハンガリー国鉄の寝台列車「ユーロナイト」EN40457便で、途中チェコのブルジェツラフ駅で切り離され、ハンガリーのブダペストに向かう。

筆者が乗車したのはウィーンまで。ドイツ、チェコ、オーストリアの3カ国を結ぶ11時間ほどの旅だ。
いざ出発進行!
予約したのは3人部屋の寝台車。荷物を置いたり、個室やアメニティの写真を撮ったりしてからカーテンを開けると、なんと列車は動いていた。あまりに静かでまったく気づかなかった。

寝台車には各車両に車掌がいて、各コンパートメント(部屋)を一つずつ回って設備やらの説明をしてくれる。「特別待遇」感があるが、1人でやっているので来るまでにすごく時間がかかった。
同室になったのは20代中ごろくらいの男性1人。グループでコンパートメント全体を確保するのではなく個人利用の場合でも、同室者は同性になるようネット予約時に配慮される。
狭い密室で黙っているのも何なので挨拶をすると、幸い英語が通じた。ベルリンからウィーンに帰るというオーストリア人だ。その彼は頻繁にこの便を利用するらしいが「今回乗っているのは旧型の車両ですねえ」とのことだった。ちょっと残念。
その穴埋めというわけではないだろうが、部屋にシャワーとトイレと洗面台がセットになったブースが付いていて最初はトクした気分になった。だがシャワーブースは狭いし、トイレをしたあとに匂わないかと同乗者に気を使うしで、むしろ別室のほうがうれしい気がしないでもない。


旧型だからか wi-fi はなかった。USBもないがプラグがある。プラグは部屋の座席の下に1個と、トイレに1個 ついている。

食堂車なし。車内注文もできるが……
「食べ鉄」という言葉もある通り、列車の楽しみの一つに車内の食事がある。特に夜行列車だと車窓の外を眺めながら一杯は格別だ。
ドイツに日本のような「駅弁」はないので、ベルリン中央駅のReneというスーパーマーケットチェーンで出発前にあれこれ買い込んだ。ドイツのスーパーにしては珍しく日曜日も開いているが夜10時までしか営業していない。


ちなみに食堂車は接続されていないが、各コンパートメントにメニューが置いてあり、車掌にオーダーをすると持ってきてもらえる(ヨーロッパの寝台列車や長距離列車の中には食堂車があるものもある)。
ただし「できあいのサンドウィッチ」とドリンクで約1500円。コスパを考えたらスーパーマーケットなどで買い込んだほうがお得だ。

寝台は快適!朝ごはんも配られる
食事を終えてちびちびとワインを飲んでいると車掌がやってきた。座席をベッドにするという。
どんなふうに作業するのか撮影しようとスマホを動画に切り替えていたら……すでにベッドメイキングは終わっていた。どこをどういじったのか見逃したが、音からすると折り畳んだベビーカーを広げるくらいの容易さだと思う。
私たちのコンパートメントは車両の端でベッドメイクは最後のようだったので車掌さんにちょっと質問してみた。
「利用客はどんな人が多いんですか?」
「それはもういろいろですよ。年齢も様々ですし、個人もカップルも友だちのグループもファミリーもいます。でも夏休みなどにはやはり家族連れや大学生くらいのグループが増え、逆に時間の融通が利く引退後の夫婦などの割合は少し減りますね」

このとき22時45分。同室の若者と相談のうえ消灯した。すぐに夢の国へ。
朝4時ごろ目が覚めたのでカーテンを少し開けて車窓を見ると、駅に停まっていた。チェコにあるオーストリアとの国境に近いブルジェツラフ駅だ。

気づかぬうちにドイツとチェコの国境を越えていたことになる。島国日本では絶対に体験できないことだ。ちなみにヨーロッパの多くの国々は検査なしで国境を越えられるシェンゲン協定に加盟している。ドイツもチェコもオーストリアも加盟国なので、乗り込んできた国境警備兵だかに別に悪いことは一切していないがちょっとドキドキしながらパスポートを見せるという緊張の場面は訪れなかった。
もうひと寝入りしたら朝になっていて、朝食タイムだ。この朝食は寝台料金に含まれていて、乗車直後に「予約票」に記入して車掌に渡しておく。飲みもの8種類、パン、バター、ジャム、ヨーグルト、ハム、チーズなど15種類から合計6アイテムを選ぶシステム。日本語メニューはないが英語はある。
到着の1時間ぐらい前と言われていたけども、実際は45分前の6時15分だった。それなりにあわただしい。

この朝食、車掌さんから昨晩の時点で「To Go(つまりテイクアウト)もできますよ」と伝えられていたのだが、写真を撮りたいから普通に提供してもらった。

そうこうしているうちにウィーン駅に到着して、人生初の「ヨーロッパ寝台列車の旅」は終わりを告げた。
寝心地は本当に快適だった。筆者は現在住んでいるオーストラリア(南半球のほう)で「3泊4日のウン十万円」という超豪華寝台列車に何度か乗ったことがあるが、それに比べてもずっと快適だった。
他の移動手段と比べてみよう。ヨーロッパの大都市間を結ぶ「昼間」の列車も快適さでは劣っていない。だが今回のベルリンからウィーンの場合、どんなルートを通っても最低1回の乗り換えが必要なようで、少なくとも8時間以上かかる。つまり昼間が丸ごと移動でつぶれる。夜寝ている間に別の街に到着できるメリットは計り知れない。
同じ「夜行」のバスは料金では分があるが、快適さではフルフラットで寝られる寝台列車の圧勝。
ヨーロッパに多い「格安航空会社(LCC)」は時期によっては寝台列車よりも安いかもしれないが、手荷物料金を加えると同じような値段になることも。さらにベルリンからウィーンまでの飛行時間はたった1時間15分だが、空港への早めの到着が必要だし、その空港が街の中心からは少し離れていることがほとんどなのは日本と同じ。
もちろんどの交通手段にもプラス面ともマイナス面はあるが、「気持ちよく寝ている間に次の目的地に到着できて、出発日も到着日も丸一日観光などに使える」という利点を考えると、筆者は今後も寝台列車を使いたいと思った。
世界遺産「センメリング鉄道」の撮り鉄ハイクもオススメ!
さてこの記事を読んでくださった方々の中には鉄道ファンも多いだろうからちょっと「おまけ」を。じつは今回この「ナイトジェット」に乗ったのはウィーンとグラーツの間にある世界遺産「センメリング鉄道」に乗車したかったからである。ヨーロッパで初めて国際標準軌間を採用した山岳鉄道で、完成はなんと1854年! そう、まだ日本では江戸時代である。
山岳鉄道なのでトンネル区間もかなりあるが鉄橋も数多い。この「センメリング鉄道」を様々な角度から眺めながら歩く約3時間のトレッキングコースがあって、「ハイキング好き」にも「撮り鉄」にもオススメだ。


この「センメリング鉄道」、現在はオーストリア国内のウィーンとグラーツを結ぶ幹線というだけでなく、国外からの長距離特急や貨物列車も頻繁に走る「アルプス越え」の大動脈。観光局の人に聞いたところによるとその数1日約200本とのことで、何か所もある「撮り鉄スポット」でもちょっと待っていれば列車がやってくるのもうれしい。
ところが2027年以降、ウィーンとグラーツの間を長いトンネルで結ぶバイパスルートが完成して、国内外の特急や貨物列車はそちらを利用。センメリング鉄道を走るのは各駅停車だけになりそうなのだとか。
「撮り鉄三昧」を楽しみたい方はお早めに!
取材協力/
ドイツ観光局 https://www.germany.travel/en/campaign/german-local-culture-jp/home.html
Semmering-Hirschenkogel Bergbahnen GmbH (センメリングでのロープウェイやアクティビティ) https://www.semmering.com/en/
Sporthotel am Semmering (センメリングのホテル) https://sporthotel-semmering.at/en/
オーストリア観光公式サイト https://www.austria.info/ja/
文/柳沢有紀夫
世界約115ヵ国350名の会員を擁する現地在住日本人ライター集団「海外書き人クラブ」の創設者兼お世話係。『値段から世界が見える』(朝日新書)などのお堅い本から、『日本語でどづぞ』(中経の文庫)などのお笑いまで著書多数。オーストラリア在住




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