展示会とは、単に「会場に来て楽しむ」だけのものではない。それを催したことで、どこかに必ず新テクノロジーの目が息吹くのだ。
したがって、展示会の効果を見極めるのには通常数ヶ月、時には年単位の時間がかかってしまう。筆者は7月23~25日に静岡県静岡市で開催された『Tech Beat Shizuoka 2026』を取材したが、その結果作品である記事の執筆には相応の時間を要する必要があった。
この展示会が首都圏ではない地方都市で開催された意義、そして展示会をきっかけとした国の動きを見極めなければならず、言い換えればそうした視点での観察がなければ『Tech Beat Shizuoka 2026』の位置づけというものはなかなか見えてこない。しかし、2026年10月を迎えた今、この展示会のテーマでもあった「フィジカルAI」は永田町の住人にも、そして我々一般市民にもその意義が共有されるようになっている。
これは我々の国にとって、非常に大きな変化と言ってもいいはずだ。
テーマは「フィジカルAI」
静岡市のJR東静岡駅の脇にあるコンベンションセンター、グランシップ。
ここは静岡市内の2大コンベンションセンターの一つである。もう一つは毎年5月の静岡ホビーショーの舞台となるツインメッセ静岡。そして、これ以外の大型施設は静岡市には存在しない。
最近の歴史学では「桶狭間の戦い直前の織田信長と今川義元は国力の面ではほぼ同じだった」という研究もあるようだが、それは今川領は平野が少なく、収穫できる米の量が多くなかったというのが理由である。現代の静岡市も、平野の少なさに頭を悩ませている。開発の余地が少なく、それ故に大型施設の建設も容易ではないのだ。
そんな地域を舞台に開催された『Tech Beat Shizuoka 2026』は、「フィジカルAI」という明確なテーマを掲げていた。
フィジカルAI、つまりロボットやモビリティ等に組み込むAIは、個人が利用する生成AIプラットフォームよりも賛否両論が少ない最先端テクノロジーである。
生成AIプラットフォームを使い、たとえばイラストを生成してそれをSNSに投稿する。この程度なら趣味の範囲内であるが、では実在のイラストレーターの名を偽ってイラストを販売した場合は?
つまり、現状の生成AIプラットフォームは何かと波紋を呼びやすく、アメリカでは生成AIから著作権を保護する運動が活発になっている。しかし、AIも使い道次第で極めて有益な道具になる。人手不足に対応する産業ロボットや自動運転タクシー、そして危険地帯を行く地上ドローンなどにAIを組み込めば、それまで我々人類にのしかかっていた問題を簡単に解決してしまうのではないか?
タミヤも製品を出展
静岡市を代表する世界的模型メーカーのタミヤは、半導体商社のマクニカと共同のブースを設けた。取り扱うのはカメラ搭載の車輪走行AIロボットで、これは法人向けワークショップのために用意されたものでもある。
フィジカルAIとは何か? AIをロボットに組み込むことで、どのような動作が可能になるのか? そうしたことは、企業のエンジニアのみならず営業職等の非エンジニアも肌感覚として身に着ける必要がある。そうした用途の教育用ロボットが、ブースに展示されていたのだ。
JR東海、ホンダ、ロート製薬などの名だたる企業が、このロボットを使ったワークショップを実施している。この取り組みは、企業内の「AI? 自分の仕事には関係ない」と解釈してしまう社員を教化する効果をもたらすのではないか。筆者としては、このワークショップを全国の各自治体の職員向けにできないかと感じている。
害虫を検知するエッジAI製品
「AIが既存産業にどのようなインパクトを与えるのか?」については、完全に見通しが立っているわけではない。
中には、「こんな活用の仕方もあるのか!?」と思わずにはいられないものもある。その一例として、FutuRocket株式会社のブースが出展していた『Pex AI』というものをここで取り上げたい。
人類は有史以来、食料を害虫や害獣から守るために様々な創意工夫をめぐらせてきた。高床式倉庫や植物を加工することによる忌避剤の開発、化学薬品の製造。そして21世紀、FutuRocketが世に送り出すのは赤外線センサーとAIを組み合わせてネズミやゴキブリを感知し、出没時間や頻度等をデータ化する仕組みである。
害虫・害獣を単に除去するだけでは、これらがどこを通って出没するのか分からない。が、AIと連動したデータ収集により、より複合的な害虫・害獣対策を可能にすることをコンセプトに組み入れているという。
さらにこのFutuRocket、7月には奥多摩地域で『熊検知AIデバイス』の実証実験を開始している。この取り組みの詳細は、PR TIMESのプレスリリースに記載されている。
本実証では、実際の森林環境において熊検知AIデバイスの検知性能や耐候性、長期間運用時の安定性などを検証し、山林における野生動物対策への実用化を目指します。
本システムは、エッジAIによる熊検知を中心に、鹿など大型野生動物への対応も進めており、撮影した画像をクラウドへ自動保存・整理することで、遠隔から現場の状況を確認できることが特長です。従来のトレイルカメラやクラウドカメラで課題となっていた映像確認の負担を軽減します。
(AIが熊をリアルタイム検知、現場画像をクラウドへ自動整理 FutuRocket、「熊検知AIデバイス」の実証を奥多摩で開始 FutuRocket株式会社 PR TIMES)
こうした方向性の技術開発を行っている企業が静岡市にやって来た、ということ自体に大きな意義が含まれている。
AIテクノロジーは「都市部のハイカラな流行」ではなく、「地方都市だからこそ導入が求められる革新的技術」という印象を市民に広くアピールできるからだ。
価値創出に向けた「1本の杭」
10月1日、首相官邸で第8回日本成長戦略会議が開催された。この会議で高市早苗首相は高性能AIの重要性に触れ、AIを活用した産業構造の転換を促す『日本成長戦略実行計画』の年内策定を行う方針を示した。
これが1年前であれば、政府が「産業におけるAIの有用性」に言及することは大きなリスクがあった。去年頃までの国民の大半にとって、「AI」とは何かと議論を呼ぶ生成プラットフォームを指したからだ。が、フィジカルAIやエッジAIの概念がこの1年で急速に浸透するようになり、AI技術そのものが我々人類の未来を明るくしてくれる可能性が大きいと一般市民からも認識されたのだ。
その上で、『Tech Beat Shizuoka 2026』の1ヶ月後に中国・北京で開催された『世界ロボット・人工知能大会』が多くの日本人の意識を刺激したという点も言及しなければならない。20年前、ロボット技術といえば日本の十八番だった。それがいつの間にか中国に追い抜かれている。人間と同じ条件の陸上競技に臨むロボットが、人間以上の記録を達成している場面を動画で目の当たりにした日本人は大いに驚愕し、同時に危機感を持った。
が、この出来事は1ヶ月前に静岡市で開催されていたテクノロジーイベントの価値に重みを与えるものでもあった。
TECH BEAT Shizuoka実行委員会(事務局:静岡県、静岡銀行)は、2026年7月23日(木)~25日(土)の3日間、静岡県コンベンションアーツセンター「グランシップ」にて、「TECH BEAT Shizuoka 2026」を開催しました。
(中略)
2026年は過去最多となる14,684人が来場し、国内外205社のスタートアップが出展しました。また、会期中に実施された事前予約の個別面談は216件と、前年の72件から約3倍に伸長。地域企業とスタートアップ双方の協業意欲の高まりを背景に、より具体的な商談や事業連携に向けた対話が数多く生まれました。
TECH BEAT Shizuokaが目指すのは、イベント当日の出会いで完結することではありません。地域企業・静岡県が抱える経営課題や事業変革ニーズとスタートアップの先端技術を結び付け、新たな事業や価値創出につなげていくことです。
(「TECH BEAT Shizuoka 2026」閉幕。過去最大規模、205社のスタートアップが静岡に集結 静岡県 PR TIMES 太字は筆者)
首都圏と中京圏の間にある地方都市の、決して大きいとは言えない施設で開催されたテクノロジーイベントは、確かに時代の進歩を決定づける「1本の杭」としての役割を果たしたのだ。
参考
TECH BEAT Shizuoka 2026
TECH BEAT Shizuoka 2026」閉幕。過去最大規模、205社のスタートアップが静岡に集結 静岡県 PR TIMES
FutuRocket株式会社
AIが熊をリアルタイム検知、現場画像をクラウドへ自動整理 FutuRocket、「熊検知AIデバイス」の実証を奥多摩で開始 FutuRocket株式会社 PR TIMES
日本成長戦略会議(第8回) 内閣官房
文/澤田真一
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