10月20日、鹿児島県の種子島宇宙センターから、火星圏へ探査機が旅立つ。
その名は、JAXAの火星衛星探査計画「MMX」。長い年月をかけて準備されてきた探査機が、いよいよ打ち上げられる。
最近はアメリカや中国の月への有人飛行計画のニュースを耳にすることもよくある。そんな中、日本はなぜ今、無人の探査機を火星圏へ送るのだろう。
今回は、JAXAのMMX公式サイトや宇宙科学研究所(ISAS)、宇宙教育センターなどが公開している資料をもとに、MMXの5年間に及ぶ壮大な旅を読み解いていく。宇宙初心者にもわかる言葉で、MMXの「何がスゴイのか」を探ってみたい。
「MMX」って何?
まずは、JAXAが公開している資料をもとに、MMXがどんな計画なのかを確認してみよう。
「MMX」とは、「Martian Moons eXploration」の略。日本語では、そのものずばり「火星衛星探査計画」と呼ばれている。
MMXが目指すのは、火星と、その周りを回る2つの衛星「フォボス」「ダイモス」がある火星圏だ。
約1年かけて火星圏へ到着した後、火星や2つの衛星を観測する。そして、この探査の大きなミッションのひとつが、フォボスへ着陸して、 表面の砂や岩石などを採取し、それを持って地球へ帰ってくること。帰還は2031年度の予定だ。
では、その舞台となる火星とは、そもそもどんな天体なのだろう。
なぜ火星を調べるの?
火星探査の歴史は長い。1965年にアメリカの探査機「マリナー4号」が火星への接近観測に成功して以来、現在も火星の地表では探査車が活動し、上空からは複数の探査機が観測を続けている。
では、なぜ人類は60年以上にわたって火星を調べ続けているのだろう。
JAXAや宇宙科学研究所(ISAS)の資料を読んでいくと、大きな理由のひとつは、火星が昔から現在のような姿ではなかったことにあるようだ。
現在の火星は乾燥して平均気温が低く、大気はとても薄い。ところが、かつての火星には地表に液体の水が存在し、海や湖などがあったと考えられている。実際、表面には、水が流れたとみられる谷や川の跡なども残されている。
では、なぜ火星は現在のような寒く乾燥した星になったのか。水が存在していた時代には、何らかの生き物が存在できる環境もあったのだろうか。
また、この調査によって、地球を含む太陽系の惑星はどのように生まれ、どのように変化していくのか。そして、生命が存在できる環境はどのようにして生まれるのか。
火星には、そんな大きな疑問を考える手がかりが残されているようなのだ。
なぜ火星に着陸しないの?
火星そのものを調べることがそれほど重要なら、なぜMMXは火星ではなく、その衛星フォボスに着陸をして、その石を持ち帰るのだろう。
JAXA宇宙教育センターのQ&Aを見てみると、まさに「なぜ火星ではなく、フォボスを目指すのですか?」という質問があった。
「一番大きい理由は火星の重力です。火星の重力にあらがって、火星から離脱するのは、かなり困難です。」
なるほど、MMXは、サンプルを地球へ持ち帰らなくてはいけない。火星に着陸すれば、帰りには火星の重力に逆らって、再び宇宙へ飛び立たなければならない。これは大変そうだ。
一方、MMXが着陸するフォボスは直径20kmほど。ざっくりいえば、打ち上げ地となる種子島と比べられるくらいの大きさだ。
日本は「はやぶさ」「はやぶさ2」による小惑星探査で、重力の小さな天体からサンプルを採取し、地球へ持ち帰る技術と経験を積み重ねてきた。MMXでは、その技術をさらに発展させて、フォボスからのサンプルリターンに挑む。そう考えると、フォボスを目指す理由もちょっと納得できる。
ただし、フォボスは単に「火星そのものからサンプルを持ち帰るより容易だから」選ばれたわけではないらしい。
フォボスの表面には、火星に隕石が衝突したときに飛び散った、火星由来の物質が降り積もっていると考えられている。つまり、フォボスから持ち帰ったサンプルの中には、火星から飛んできた物質が含まれている可能性がある。
つまり、火星そのものに着陸しなくても、フォボスの“石”を持ち帰って調べることで、火星について、わかることがあるのだ。
しかも、これが成功すれば世界初となる。
これまで人類は火星へ数多くの探査機を送り込んできたが、火星とその衛星を含む「火星圏」からサンプルを地球へ持ち帰った例はまだない。MMXがフォボスへの着陸とサンプル採取、地球への帰還に成功すれば、世界初の「火星圏からのサンプルリターン」となる。
そして、持ち帰って終わりではない。東京大学大学院理学系研究科の橘省吾教授は、「サンプルリターン探査には、探査機が対象天体への往還を終えてから、始まる科学がある」と記している。
地球へ持ち帰ったサンプルは、長い時間保管されつつ、さまざまな方法で分析され、将来、新しい技術で再び調べることもできる。
遠く離れたフォボスに、どうやって着陸する?
フォボスからサンプルを持ち帰るためには、まず、その表面に探査機を着陸させなくてはならない。
ところが、地球と火星はあまりにも遠いため、通信には片道で数分から20分ほどかかる。そのため、フォボスへの着陸時に、地球からリアルタイムで「もう少し右」「ここで減速」といった指示を出すことはできない。そこで使われるのが、「自律画像航法」と呼ばれる技術だ。
MMXはフォボスをカメラで撮影し、写っているクレーターなどを、あらかじめ探査機に入れておいた地図と照らし合わせて現在地を割り出す。そして、目標地点までのずれを自分で計算し、動きを修正しながら降りていく。
たとえば、GPSの使えない知らない町で、上から見た地図を頼りに歩くようなものだ。目の前に見える建物や交差点を地図と照らし合わせれば、「自分はいま、町のここにいる」と現在地がわかる。そして、目的地までどちらへ進めばいいのかも判断できる。
この技術には、2024年に日本初の月面着陸に成功したJAXAの小型月着陸実証機「SLIM」で培われた技術や知見も生かされている。
宇宙を目指すのは「宇宙の専門家」だけじゃない
もちろん、フォボスへの着陸に必要なのは、先ほど紹介した「自律画像航法」だけではない。
探査機をどのように降下させるのか。着陸した瞬間、機体にはどんな力が加わるのか。着陸装置をどのような構造にするのか。それぞれに異なる技術が必要で、専門家がいる。そして、それらを組み合わせて、一つの着陸システムとして成立させなければならない。
「フォボスに着陸する」。たった一言で書けることの裏側にも、これだけ違う専門分野がある。
さらにMMX全体を見れば、火星圏までの軌道、機体の構造や材料、電力、通信、観測機器、サンプル採取、ソフトウェア、地上での運用と、必要な専門分野はさらに広がる。
宇宙を目指す探査機は、こうしたさまざまな分野の専門家によってつくられている。それぞれの分野を突き詰めてきた人たちが、アイデアを出し、計算し、試験を繰り返し、互いに調整しながら、一機の探査機をつくり上げてきた。
2026年8月にMMX探査機が公開されたとき、プロジェクトマネージャーの川勝康弘さんは、メーカーや海外の関係者まで広く含めると、これまでMMXに関わってきた人は「大体1万人」と話している。
私たちが目にするMMX探査機は一機でも、その後ろには、それぞれの場所で長い時間をかけて仕事を積み重ねてきた、大勢の人たちがいる。
MMXが火星圏へ向かうとき、そこには、そんな人たちが積み重ねてきた時間と知恵も一緒に乗っているのだ。
5年後、「帰ってきた!」と喜ぶために
MMXが予定通り地球へ帰ってくるのは2031年度。
5年という時間は長い。その間には、わたしたちにだって、きっと楽しいこともあれば、うまくいかないこともある。その中で、夜空を見上げることがあったら、MMXのことを思い出してみてほしい。
たくさんの人たちの思いを抱えながら、この空のずっと向こうで、MMXも未知への長い旅を続けている。
そして5年後、「帰ってきた!」と一緒に喜びたい。
今回、参考にした資料
・JAXA「火星衛星探査計画 MMX」公式サイト
・JAXA宇宙科学研究所(ISAS)「世界初の火星衛星サンプルリターン計画 MMXはフォボスを目指す!」
・JAXA宇宙教育センター「火星の衛星フォボスを目指すMMX Q&A」
・ISAS「小惑星探査機『はやぶさ』」
・ISAS 橘省吾「リュウグウの石からわかってきたこと」
・JAXA宇宙教育センター「きみが宇宙探偵 火星の月とMMXを調査せよ!」
・MMX×H3ロケット10号機 特設サイト
・「MMXの航法誘導制御系 ISC(GNC)の挑戦:フォボスへの自律降下技術」
文/内山郁恵 協力/永吉理恵




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