元テレビ朝日アナウンサー・松井康真さんが、自身の半生の記録とタミヤへの愛を詰め込んだ『私とプラモデルの半世紀 大事なことはタミヤが教えてくれた』を上梓。コレクター、プラモデラーとしての顔を持ち、今ではタミヤの模型史研究顧問も務める松井さんが、いかに趣味を仕事へと結びつけていったのか。「第二の人生を歩み始めた人に読んで欲しい」と話す、その言葉に込めた想いもあわせてうかがった。
出合った瞬間に引き込まれた、田宮俊作のイズムが詰まったタミヤの世界
──松井さんは小学3年生の時にタミヤのプラモデルと出合い、衝撃を受けたそうですね。
松井:ええ。私は富山県の田舎で生まれ育ったものですから、プラモデル自体を見たのも初めてでした。親戚のおじさんが「好きなのを選んでいい」というので、1/100ミニジェット機シリーズの『ダッソーミラージュⅢC』と『イリューシンIL-28ビーグル』を買ってもらったんです。そのお店にはいろんな種類のプラモデルがありましたが、自分にはタミヤの製品だけ、ほかにはない強いこだわりが感じられたんです。
──それは何が違ったのでしょう?
松井:なんといっても精密さですね。あとからわかったことですが、ちょうど『1/35 ドイツ88mm砲(オートバイ付)』というキットが発売された年(1972年)でもあり、この製品こそが〝世界のタミヤ〟と呼ばれるようになったきっかけでもあるんです。もし今発売されても遜色ないぐらいのクオリティですし、当時からのタミヤ製品の妥協のないこだわりが詰まっています。

『1/35 ドイツ88mm砲(オートバイ付)』
3080円
──今ではタミヤと聞くとミニ四駆を連想する方が多いと思いますが、それ以前は戦車やジェット機、それにF1マシンなどの精巧なプラモデルがいつも話題になっていた印象が強いです。
松井:そうですね。実物を見て実寸を測り、正確な縮尺でプラモデルにしたのはタミヤが日本で初めてだったと思います。それまでの国内メーカーは、たとえば戦車だと、正面や斜め前から見た写真だけを頼りに、わからない部分は想像してプラモデルの形にしていくことが多かったんですね。でも、タミヤはわざわざ海外にまで足を運んで本物を見に行くぐらい、正確さを大切にしていました。だから、世界中が驚いたんです。また、そうした緻密さを可能にしたのは、タミヤのポリシーを作り上げ、徹底させた前社長の田宮俊作さんの熱意があったからこそだと思います。
──なるほど。歴史を知ると、より興味が湧いてきます。松井さんは1998年にタミヤの歴史を紹介する個人サイト「田宮模型歴史研究室」を立ち上げ、やがて『田宮模型全仕事』を始めとする公式本の監修を任されるほどになりました。今回の著書『私とプラモデルの半世紀』の中でも「タミヤの歴史に残る本には一切の妥協はしたくない」という言葉を残されていますが、そこまで歴史にこだわるのはなぜでしょう?
松井:最初は、子どもの頃からタミヤを愛していただけに、ちゃんとしたファクトを残したいという思いが強くありました。というのも、タミヤの歴史をまとめた雑誌の特集やカタログなどはそれなりにあったものの、数ページにとどまったり、情報が間違っていたりすることもいくつかあったんですね。ですから、〝それなら自分が正しいものをしっかりと作ろう〟と思ったんです。誰に頼まれたわけでもないのに、日本模型新聞の本社や国会図書館に行って資料を探したり、時には俊作さんと食事をさせていただく席でさり気なく過去のお話しを聞いたりして、整合性をとっていくといったことを、時間をかけてやっていました。『田宮模型全仕事』(文藝春秋)の編集や、『タミヤの動く戦車プラモデル大全』(大日本絵画)を出版する際も、たった一行の文言でも、その裏付けを取ることを怠らないようにして。そうした徹底ぶりやこだわりは、私がテレビ朝日時代にアナウンサーや報道の仕事をしていたからというのもあるかもしれないですね。

著/松井康真 大日本絵画 4290円

編/タミヤ 文藝春秋 3575円
中:『田宮模型全仕事 (増補版) 2 カー・モーターサイクルモデルズ』
編/タミヤ 文藝春秋 3575円
右:『田宮模型全仕事 (増補版) 3 シップ・エアクラフトモデルズほか』
編/タミヤ 文藝春秋 3575円
〝ないなら、自分で作ればいい〟の精神で万景峰号をフルスクラッチ
──今、テレビ朝日時代のお話しが出ましたが、アナウンサーをされていた頃、ニュース番組でわかりやすく解説するために、ご自身で手作りの模型を作っていたということにも驚きました。
松井:既存のプラモデルにアレンジを加えて代用することもありましたが、〝どこにもないなら、自分で作ればいいんだ!〟と思って、初めてフルスクラッチに挑戦したんですよね(笑)。ただ、当然ながら作り方を教えてくれる本なんてありませんから、全部自分で考えなければいけない。そこが大変であり、楽しいところでした。たとえば、北朝鮮の万景峰(まんぎょんぼん)号はトータルで25日間、合計120時間かけて作り上げたんです。特にこだわったのは窓の部分で、配列が1mmずれるだけでも安っぽく見えてしまうため、エクセルを使って自分でシートを作ったり、あとは船の左上から太陽の光が当たっているかのように、すべての窓に影のグラデーションを入れたりして立体感を出しているんです。また、救命艇や船全体の大きさがわかるように救命用の浮き輪を置くなど、さまざまな工夫を施しました。
──プラモデルとは違い、ゼロから作るフルスクラッチの魅力はどんなところですか?
松井:ほかの誰もが作っていないということは、未知の世界なわけです。そこに挑む楽しさは計り知れないです。それに、自分が納得できるまで、とことん追求できる。完成した模型を見てくれた人に、「こんな細部まで自分で作ったの!? バカだね~!」って楽しそうに言われるのは最高の褒め言葉ですから(笑)。
──たしかに、どこまでこだわるかは自分次第なところがありますし、その意味では、ゴールがなく、尽きることのない最高の趣味だと言えます。
松井:プラモデルはステキな趣味なんです。例えばスポーツなどの体を動かす趣味は常に加齢との闘いですが、プラモデルはやればやるほど上手くなるんです。私ごときですが、63歳の今が自分の人生の中で一番プラモデル作りが上手だと思います。15年ほど前に石坂浩二さんのお声がけで発足した「ろうがんず」というプラモデルサークルがあるのですが、そこでもみんな技術力を問わず、いかに楽しく作るかを大事にしているんですね。むしろ、細かく作り過ぎちゃうと、石坂さんに、「松井くん、そんなに巧すぎるのは失格だよ」って怒られたりします(笑)。
──素敵です(笑)。「ろうがんず」ではプラモデルのファン層を広げるためのイベントも積極的に行っていますね。
松井:はい、「動く模型愛好会」として同時開催でやっている、モーター動力の戦車模型を走らせる「タンクジオラマレース」は、どの会場でも親子や子どもたちに大盛況です。最初の頃は、プラモデルに少しでも興味を持ってもらいたくて、戦車にアニメのフィギュアを載せたり、ちょっとカッコいいミサイルを付けたりしていたんです。でも、子どもたちはそんな見た目よりも、たとえ地味でもきっちりと最後まで力強く走るものに惹かれる。つまり、余計な演出は必要なくて、プラモデル本来の魅力を自然と感じ取ってくれるんですね。そういったことを、逆に我々が教わったりしますね。
──プラモデルは世代を超えてみんなで楽しめて、なおかつ、いくつになっても新しい発見や挑戦がある。今の松井さんのお話しを聞いて、本書の最後に書かれていた「この本は第二の人生を歩み始めた人に向けたものでもある」という言葉が甦ってきました。
松井:よく、いろんな方から「松井さんは好きなことを仕事にできて羨ましいです」と言われます。でもそれは、ずっと自分が行動してきた結果だと思うんですね。だって、富山の田舎で生まれた私が、「将来、プラモデルを作るプロとして食べていくぞ!」なんて夢にも思わないですよね。でも、アナウンサーになりたいがためにわざと大学を留年したり、タミヤに手紙を送ったことがきっかけで、それがのちに仕事につながっていったりと、どれも自分が積極的に行動してきたからこそ、今があると言える。それに、行動を起こすことに年齢なんて関係ないんです。私自身、テレビ朝日を退職してから新しく始めたことがたくさんあります。ですから、もし今、仕事をリタイアされて、何をしていいのかわからないと思っていらっしゃる方がいれば、私のように自分が好きな世界にまずは飛び込んでみることをおすすめします。その一歩が、新たな人生を切り開くきっかけにつながるかもしれませんよ。

著/松井康真 中央公論新社 1056円
タミヤのプラモデルと運命的な出合いをはたした幼少期、アナウンサーになるために留年した大学時代など自身の半生に影響を与えた出来事の数々。夢や趣味を仕事につなげていった著者の厚く濃い記録が一冊に。
取材・文/倉田モトキ 撮影/江藤大作 編集/寺田剛治
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