バブル崩壊後の景気低迷や就職氷河期──。ため息ばかりだった日本へ、1997年、ひとりの刑事が希望と興奮をもたらした。出世より現場。慣例より行動。根回しより正義感。当時、多くの共感を集めた青島俊作の姿は、今見ても驚くほど新しい。そして2026年、あの青島が帰ってくる!創刊40周年、彼と同じ時代を生きてきたDIMEでは、世代を超えて愛される『踊る大捜査線』シリーズの軌跡を総力取材。令和のビジネスパーソンに再び熱をもたらすヒーローの姿とは? 踊る旋風を見逃すな!
『踊る大捜査線』シリーズでは、テレビドラマの放送時や映画の公開時に話題になったヒットアイテムやトピックスなどが描かれている。平成レトロ研究家・山下メロさんの話を交えつつ、それらについて振り返ってみたい。
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解説するのは
平成レトロ研究家 山下メロさん
平成レトロの提唱者。昭和や大正のものが好きだからこそ、体験できなかった文化に対する執着や渇望があり、自身が触れた平成時代を伝えるべく活動中。著書は『平成レトロの世界 山下メロ・コレクション』(東京キララ社)など。

単なる刑事ドラマではなく時代の資料としても楽しめる
テレビドラマの『踊る大捜査線』が始まったのは1997年。全11話を見返してみると、当時の空気を端的に映しているのが、通信機器の変化だ。例えば第2話の終盤では青島の〝ポケベル〟に湾岸署から「シヨニカエレ」(〝署に帰れ〟の意味)のメッセージが入る。
「1997年は、ポケベルの加入数がピークになった直後だと思います。ポケベルはもともと外回りの営業マンに連絡を取るための道具でした。それをコミュニケーション手段へと変化させたのが、当時の若者たち。電話でわざわざ伝えるほどのことでない『おはよう』や『好き』、ハートマークのような感情を短い文字列にし、電波に乗せるようになりました」
当時は女子高生の影響力が強く、ポケベルの〝ハートマーク事件〟が起きたのはそのためだ。
「NTTドコモでは自社のポケベルにおいて、漢字まで表示できるように進化する過程でハートマーク表示を非対応にすることがありました。その結果、依然としてハートマーク表示に対応する東京テレメッセージにユーザーが流出したと言われています。LINEでスタンプや絵文字を送る文化は、ポケベルから始まったのです」
プリクラやルーズソックスも、提供する側にとって想定外の使われ方を若者が生み出した好例だ。
「プリクラは本来、撮影を楽しむ機械だけど、女子高生たちは〝プリ帳〟を持ち歩き、友達同士で写真を交換する文化を作りました。ルーズソックスも、ただ履くだけでなく〝たるみ方〟を工夫し、自分たちのスタイルを生み出していったのです。企業もそのことに気づき、放課後の女子高生を集めて新商品の感想を聞くようになるなど、まさに女子高生がトレンドをリードしていた時代でした」
その後、通信機器の主役はポケベルからPHSや携帯電話へと変わる。テレビドラマの第5話で真下がノートPCの『ThinkPad』に携帯電話をつないでインターネットへ接続するシーンは、当時としては時代の先端をいく演出だった。
「携帯電話の所有者が多くなったのは1998〜1999年頃。当時の携帯電話は、色、開き方、ボタン配置などに個性がありました。次々に発売される携帯電話に目移りして、若者のお金の主な使い道が携帯電話代へ移ったのが、その時代からだったと思います」
一方、社会全体はバブル崩壊後の不景気が強まり『踊る大捜査線』ではリストラされた社員が事件を起こすエピソードも出てくる。
「お財布に厳しい時代を物語るかのように、消費者金融の自動契約機が街に増え、印象に残るポップなCMが大量に流れました。2000年代前半になると不景気にさらに拍車がかかって〝家飲み〟の傾向も強まっていきます。2002年にバンダイから発売された『お酌パラダイス 釈お酌』は、缶ビールをセットすると人形が傾いてグラスにビールを注いでくれるというユニークな玩具。CMソングには『リストラ』をポップに想起させる『リス・トラ・イヌ・ネコ』というフレーズがありました。今なら炎上していたかもしれません。ただ当時はSNSがまだ存在せず、ネット上の拡散力は今と比べればほとんどなかったので、テレビや商品が社会問題を軽くいじることができた時代でしたね」
1998年公開の『踊る大捜査線 THE MOVIE』には、犯罪マニアが集い、仮想殺人をして遊ぶという物騒なホームページが描かれる。現実の世界では1999年に「2ちゃんねる」が登場し、掲示板をはじめとするネット上でコミュニケーションを図る傾向が、2000年代に向けて強まっていった。
「ポケベル、プリクラ、ルーズソックス、携帯電話、消費者金融のCM、掲示板文化など、いわゆる『This is 平成』と言いたくなるような事象って、実は平成の前半、特に1990〜2000年代までに多く集まっています。その後はメディアが多様化し、個人の価値観も細分化され、国民的ブームが起きにくくなりました。2010年公開の『踊る大捜査線 THE MOVIE 3』以降になると、当時を強く象徴するカルチャーは、あまり見て取れなくなっていく。つまり、1997年から続く『踊る大捜査線』シリーズを見返すことで、通信機器、若者文化、不景気、ネットのあり方が少しずつ変わっていく平成の空気を感じ取ることができるわけです。単なる刑事ドラマとしてだけでなく、時代の変化を保存した資料としても楽しめる作品だと思います」
テレビドラマ第6話では篠原ともえさんが登場!シノラーファッションが当時話題に

タレント・篠原ともえさんの装いは〝シノラーファッション〟と呼ばれ、若者から注目されることに。頬にシールを貼り、原色や蛍光色などカラフルで奇抜な服や目立つアクセサリーを身に着ける人も現われた。
1997年テレビドラマ放送当時と2026年現在における装いの変化

1997年の女子高生の間では、髪を茶髪に染め、日焼けをし、短くした制服のスカートにルーズソックスを履くという派手なテイストのコギャルファッションが人気だった。一方、現在は韓国風の素肌感を生かしながら、光と陰影で立体感を出すメイクが主流に。靴下はあくまでもシンプルなデザインで、黒や白の短め丈にスニーカーを履く姿が多くなっている。

1997年のビジネスマンというと、トレンチコートにブリーフケースを持ち、髪の毛はジェルやムースで前髪を上げて固めるという人が多かった。一方、現代ではスーツスタイルにリュック姿をよく見かけるようになっている。足元は革靴一択ではなくスニーカーを選ぶ人も。自分の好みに合わせて、おでこを隠すようなヘアスタイルの人も増えた。
取材・文/田村菜津季 イラスト/天野綾乃(asterisk-agency) 編集/田尻健二郎
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