作家の東野圭吾氏が大腸がんで亡くなられた。近年、大腸がんについては、腸内細菌が産生する毒素との関係を示す研究が報じられている。一方、がんが生じる仕組みの解明には、猫の腫瘍やウイルスの研究も大きく貢献してきた。猫は単にヒトに癒しを与えてくれるだけではなく、医学の進歩にも役立っていたのである。猫が救ってくれた医学的事例を簡単に紹介しよう。
がんとウイルスの関係を解明してくれた猫のウイルス
一般社団法人 京都生命科学研究所代表理事で獣医ウイルス学を専門とする宮沢孝幸氏は、新刊書『猫が世界を救う 人を魅了する不思議な力から、医学への貢献まで』(PHP新書)で、医学の発展に猫のウイルス研究が深く関係したと紹介している。
ウイルスの中には、がんを引き起こすモノがある。正常な細胞がなぜがん化するのか、その仕組みの解明には猫の肉腫ウイルス研究の存在が大きかった。
ネコ肉腫ウイルスは悪性腫瘍、すなわちがんを引き起こすウイルスである。猫の体内では別のウイルス(ネコ白血病ウイルス)の助けを借りながら増殖していく。こうした単独で増殖できないウイルスは欠損ウイルスと呼ばれている。
欠損ウイルスであるネコ肉腫ウイルスの遺伝子を研究すると、ネコ白血病ウイルスが猫の細胞に感染して複製する過程で、猫の正常細胞由来の遺伝子を取り込んで生じたウイルスであることがわかった。
こうして生じたネコ肉腫ウイルスは、がんを引き起こす遺伝子をもつようになる。その後、さまざまなネコ肉腫ウイルスの研究から、がんを引き起こす遺伝子、すなわち「がん遺伝子」が次々と明らかになっていった。猫の肉腫の研究が、がん化の仕組みを解き明かす大きな手がかりになったのである。
新型コロナウイルス感染症の治療薬開発にもつながった猫のウイルス研究
もうひとつ、新型コロナウイルス感染症の治療薬開発を考える上で注目されたのが、猫のコロナウイルス研究である。新型コロナウイルスで、私たちは感染症の恐ろしさを体験した。このウイルスとたたかう薬の開発に先行していたのが、猫伝染性腹膜炎(FIP: Feline Infectious Peritonitis)の研究である。
猫を飼育している人なら、FIPについて聞いたことがあるはず。FIPは、発症すると治療しない場合の致死率が極めて高く、発熱は腹水などを伴い、短期間に死に至ることもある、とても怖い病気である。特に若い猫で発症が多く、有効なワクチンは国内では存在しない。
この病気の怖いところは、ネココロナウイルス(FCoV: feline coronavirus)に感染した猫のすべてが発症するのではなく、その一部で体内のウイルスが変異し、FIPを引き起こすようになる点である。変異したウイルスは免疫細胞などで増殖し、重篤な症状を引き起こす。
だったら、「ウイルスの増殖を抑える薬を開発すればよい」と考える人は多いはず。しかし、ウイルスは細胞の中に入り込み、猫の細胞が元々持っている仕組みを使って増えるため、ウイルスだけに作用させる薬を作るのは容易ではない。その上、FCoVの感染でできた抗体が、条件によってはFIPウイルスの感染を増強するという、やっかいな特性も知られている。
多くの研究者の努力の末、ある化合物(GS-441524)がFIPに対して有効であるという研究結果が出た。この物質は細胞内でコロナウイルスのRNA合成を阻害し、ウイルスの増殖を抑える。人間がパンデミックの最中に抗ウイルス薬を必要とするより一足早く、猫の獣医療ではコロナウイルスに対する抗ウイルス薬の道筋が見え始めていたのである。
最近では、猫の腎臓病を対象にAIMを利用した治療法の研究も進められている。このように、猫の病気の研究が人の医学に先行した例はいくつもある。猫が私たちの未来を救ってくれる。宮沢先生の新刊『猫が世界を救う 人を魅了する不思議な力から、医学値の貢献まで』では、他のもたくさんの医学的事例が紹介されているので、興味のあるひとはぜひ読んでみて。著者の飼い猫・塩八(しおはち)のつぶやきがとても魅力的で、養老孟司先生も「猫がますます好きになってしまった。どうしよう」と新刊書の帯で悩んでいる。
文/柿川鮎子
秋が近づくと、猫と触れ合う機会が増える一方で、気をつけたい病気がある。その名も「猫ひっかき病」。名前の通り、ネコに引っかかれたり咬まれたりすることで感染する病気…




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