1995年から2002年まで「少女コミック」(現「Sho-Comi」)で連載された、篠原千絵さんの『天は赤い河のほとり』。コミックス全28巻で完結した人気少女マンガが、連載開始から30年以上の時を経た2026年7月、ついにテレビアニメ化。9月29日からは、第2クールが放送される。

物語の主人公は、ごく普通の15歳の少女・鈴木夕梨(ユーリ)。ある日突然、現代の日本から紀元前14世紀のヒッタイト帝国へとタイムスリップしてしまう。ユーリをこの時代へ呼び寄せたのは、ナキア皇后。自らの息子を王位に就けるため、ユーリを生贄にしようと企んでいた。
そんなユーリを救ったのが、皇位継承最有力候補であり、ナキア皇后とは血のつながりのない第三皇子・カイル。ユーリはカイルとともに、皇位をめぐる争いや周辺国との戦いに巻き込まれ、自らも剣を手に戦いながら、ヒッタイトの人々の信頼を得ていく。
連載開始から30年以上。その間に、物語の舞台となったヒッタイトをめぐる研究は進み、マンガやアニメを楽しむ環境も大きく変わった。
30年前の少女たちを魅了した物語は、令和の今、どんな面白さを見せてくれたのだろうか。ヒッタイトの歴史をひもときながら、『天は赤い河のほとり』の世界を改めて楽しんでみたい。
そもそもヒッタイトってどんな国?

『天は赤い河のほとり』の舞台となるヒッタイトは、紀元前17世紀ごろから現在のトルコにあたるアナトリアを中心に勢力を広げた古代国家だ。首都は、現在も遺跡が残るハットゥシャ。最盛期にはシリア方面にも進出し、エジプトなどと並ぶ古代オリエントの大国となった。

ユーリがタイムスリップした紀元前14世紀ごろ、その周辺にはエジプト、ミタンニ、アッシリア、バビロニアなどの大国があり、その間には小さな国や都市も数多く存在していた。大国同士は戦うだけでなく、手紙や贈り物を交わし、ときには婚姻関係を結ぶなど、活発な外交も行っていた。
『天は赤い河のほとり』に登場する国同士の同盟や戦いも、こうした古代オリエントの世界を背景にしている。
30年で変わった?「ヒッタイト」の常識
『天は赤い河のほとり』の連載が始まったのは1995年。それから30年以上が過ぎ、ヒッタイトをめぐる研究も進んだ。そのひとつが、「ヒッタイト=鉄の民」というイメージだ。
作中にも、ユーリが数ある武器の中から一本の剣を選び、戦いで相手の剣を折ってしまう場面がある。それが鉄剣だった。製鉄の技術が限られた人々によって守られていることも描かれている。
こうした描写の背景には、当時広く知られていた「ヒッタイトは高度な製鉄技術を持ち、鉄によって大国となった」という歴史像があった。
ところが現在では、このイメージは見直されている。ヒッタイトの遺跡から鉄製品は見つかっているものの数は少なく、武器や道具の中心はまだ青銅だったと考えられている。
歴史は研究が進むことで、それまでの「常識」が変わることがある。30年前に『天は赤い河のほとり』を読んだ人も、今改めてヒッタイトについて調べてみると、新しい発見があるかもしれない。
30年前の人気マンガが、なぜ今アニメ化?
連載開始から30年以上。その間に研究は進み、ヒッタイトについてわかっていることもアップデートされてきた。一方、30年を経ても変わらなかったものがある。『天は赤い河のほとり』という物語の人気だ。
2002年に完結した『天は赤い河のほとり』は、その後も読み継がれてきた。日本では文庫版が刊行され、2018年には宝塚歌劇団・宙組で舞台化。海外にも広がり、北米では『Red River』のタイトルで英語版全28巻が刊行された。
しかも北米では、2024年から3巻分を1冊にまとめた『Red River 3-in-1 Edition』の刊行がスタートしている。20年以上前に完結した作品が、アニメ化以前から新しい形で読者に届けられていたのだ。
つまり、『天は赤い河のほとり』は、30年前の人気マンガが2026年になって突然掘り起こされたわけではない。完結後も国内外で読み継がれ、形を変えながら新しい読者へと届けられてきた。
そして30年前と大きく変わったのが、アニメを取り巻く環境だ。動画配信サービスの普及によって、日本で放送されるアニメを海外から視聴できる機会も広がった。今回のアニメも、日本でのテレビ放送とともに、海外ではCrunchyrollを通じて幅広い地域に配信されている。
なぜ主人公は15歳の少女だったのか。
ちなみに、冒頭の通り主人公のユーリは15歳。篠原千絵さんは、2018年の宝塚歌劇団による舞台化の際のインタビューで、もともとは古代だけを舞台にした物語を考えていたと明かしている。
篠原さんはシルクロードに興味があり、トルコを訪れた際、ヒッタイトの都ハットゥシャの遺跡に魅了されたことから、この地を舞台にしたマンガを描こうと考えたという。
しかし、当時の『少女コミック』の読者は10代半ばの少女たち。読者が感情移入できるよう、同じ時代を生きる普通の日本人の少女を主人公にした。こうして15歳のユーリが古代ヒッタイトへタイムスリップする物語が生まれたのだ。
3000年以上前のヒッタイトをアニメで体感
では、30年以上の時を経てアニメになった『天は赤い河のほとり』では、古代ヒッタイトの世界はどのように描かれているのだろうか。
アニメーション制作を手がけるのは、『科学忍者隊ガッチャマン』や『タイムボカン』シリーズなどで知られるタツノコプロ。歴史考証には、中近東文化センター附属アナトリア考古学研究所の松村公仁氏、吉田大輔氏が参加している。
公式サイトには、各話のストーリーだけでなく、登場人物の相関図やMAP、ヒッタイトや作中に登場する都市などの解説も掲載されている。物語を楽しみながら、実在した古代オリエントの世界にも興味を広げられるつくりになっている。
令和だからこそ楽しめる「天河」の世界

『天は赤い河のほとり』の舞台は、ピラミッドで知られる古代エジプトや、映画やドラマにもたびたび登場する古代ローマではない。学校の授業でも大きく取り上げられることの少ない、古代ヒッタイトだ。だからこそ、この物語をきっかけに、初めてその名を知る人もいるだろう。
1995年なら、そこから先を知るには本を探したり、図書館へ足を運んだりする必要があった。でも今なら、「ヒッタイトって本当にあった国?」「ミタンニってどんな国?」と思ったその場でスマホから調べることができる。生成AIを使えば、エジプトとの関係や当時の暮らしなど、そこから生まれた新たな疑問をさらに掘り下げることもできる。
30年前と変わったのは、興味を持つことそのものではない。その小さな興味を、その先の歴史や文化へつなげるハードルが、ずっと低くなったことだ。本や図書館が身近にない少女にも、3000年以上前の世界を知るチャンスが広がっている。
『天は赤い河のほとり』が令和の少女たちに教えてくれるものがあるとすれば、それは、知らなかった世界に興味を持つことの面白さなのかもしれない。
ひとつの「これって何?」「なぜ?」から、それまで知らなかった歴史や文化へ。30年以上前に少女たちを古代ヒッタイトへ連れていった物語は、令和の今、さらに多くの少女たちを新しい世界へ連れていってくれるのではないだろうか。
文/内山郁恵
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