20代から70代の77.4%が疲れている。日本リカバリー協会が2026年5月に実施した、全国10万人調査の結果である(※1)。
もっとも、この数字自体に目新しさはない。調査が始まった2017年から、疲れていると答える人は8割前後で高止まりしている状況だ。
動いたのは、回復の側だった。休養や抗疲労に関わるリカバリー市場は2025年に7兆6,638億円へ拡大している(※2)。疲れている人が増えないまま、回復にお金を払う人だけが増えている。
この変化について、協会の主席研究員である春木完堂氏に聞いた。
コロナ禍が変えたのは疲れの量ではなく中身
疲れていると答えた人のうち、高頻度で疲れを感じる人は全体の39.9%にあたる。つまり、たまに疲れる程度ではなく、疲れが常態になっている人が4割近くを占める。
それでいて、この割合は年ごとに大きくは動かない。2026年は元気だと答えた人が22.6%とわずかに増えたものの、調査が始まった2017年から傾向そのものは変わっていない。

割合は動かなくても、疲れの中身は変わってきた。きっかけはコロナ禍である。最新のメカニズムでは、疲労の要因はストレスとされる。当時は先行きの見えない不安と感染への恐れが広がり、そのうえ人と会って話す機会まで失われた。
「コロナ禍で疲れている方がかなり増えたというのが、まず一つあります。そして昨今は、スマホやチャットツール、SNSで脳が常時接続の状態になっている。土日も関係なくやりとりをされる方が多く、休みとの境界線がなくなったことで、高頻度で疲れている方が多い状態が続いていると思います」
感染が落ち着いた後も、割合は元に戻らなかった。この間にオンラインで人とつながる環境が一気に整い、働き方もやりとりの仕方も広がったが、その裏側で脳が休まらない時間が延びていったことが大きく関係している。
体の疲れから、脳の疲れへ。総量はそのままに、中身だけが入れ替わった形だ。
役割を降ろせない人ほど、疲れは抜けない
疲れていると答えた人は女性が79.1%、男性が75.7%。年代別では、20代の54.1%が高頻度で疲れを感じている。
男女差は毎年同じ方向に出ている。その背景を、春木氏はこう説明する。
「男女で見ると女性のほうが疲れているというのは、データとしてずっと同じ傾向です。家事や育児など複数の役割を同時に担っている方が多く、私たちの調査では、役割があるから休めないと答えた方が男性は2割程度なのに対して、女性は4割以上にのぼります。さらにお子さんがいる女性に限ると、それが6割以上になります」
休めないと感じさせているのは疲れの強さだけではなく、自分が抜けたら回らないという状況である。
自分の判断で動けないという点では、若い世代が疲れている理由においても共通している。
「ストレスを感じる場面は、仕事が最も多くなります。職業別に見ても、自分の裁量がある働き方をしている方とそうでない方とで疲労度は変わりますし、20代、30代は時間もタスクも自分で決められないことがまだまだ多い。そこが大きいと思います」
疲れやすい人がいるのではなく、疲れが抜けにくい状況に置かれた人がいる。データが示しているのは、その差である。
疲労対策への投資が3年で1.35倍になった理由
疲れが抜けない状況は続いている。それでも、人の行動のほうは変わり始めた。疲労対策に自分のお金を使っている人は、2026年の調査で32.6%にのぼる。2023年は24.2%だったので、3年で1.35倍になる。市場も、2024年の6.0兆円から1.27倍に伸びた。

支出が伸びた理由を、春木氏はこう読み解く。
「市場規模が伸びたイコール疲れている人数が増えた、とは考えていません。メディアや広告で疲労対策やリカバリーという言葉が身近になり、その前にはスポーツ選手を中心にコンディショニングという考え方も浸透してきたことで、対策に投資するという意識が少しずつ広がってきた結果だと分析しています」
意識が広がる下地は、以前からあった。睡眠関連の市場はすでに伸びていた。また、よく寝る、栄養のあるものを食べるという疲労対策は、それよりも古くから定着している。そこへコロナ禍を経た健康意識の高まりが重なり、食品を成分や機能で選ぶ人が増えた。
支出は、思わぬ方向にも広がっている。
「以前は、バリバリ働くビジネスパーソンがジムに行って疲労回復のために何かをする、というイメージでした。今は自分自身の疲労回復のためだけではなく、子供や親のためにと購入する人が増えています。実際、リカバリー商品はギフトとしてもかなり買われていて、いたわりを送るという形で市場が広がっている部分はあると思います」
自分の疲れは我慢しても、子どもや親の疲れには手当てをする。個人の支出を押し上げているのは、そうした誰かのための出費でもある。
一人あたり22.7万円。企業が疲労対策にお金を使い始めた
協会は2025年9月、疲労による経済損失を年間15兆円規模とする分析を発表した(※3)。従業員一人あたりに直すと、年間22.7万円になる。

15兆円のうち、およそ3分の2にあたる10.3兆円は、すでに疲れていると自覚している人の損失である。残りは、将来的なリスクと、疲労と同じメカニズムで起きる症状の分が占める。
この数字が公表された後、協会に届いたのは企業からの反応だった。
「人事や総務の方から、このデータを社内で使わせてほしいという反応がかなりありました。健康対策や疲労対策に投資すべきだと、社内を説得するための材料にされています。さらに健康経営に関わるビジネスをされている企業からも、このデータをベースに事業を広げたいというお問い合わせが来ています」
投資の対象は、研修や制度にとどまらない。福岡地所は、2026年8月に開業した「天神ビジネスセンターⅡ」に、ワーカー専用の共用スペース「Reboot!」を設けた。三菱地所も2025年4月から、シェア休養室「とまり木」を本格展開している。
人材の確保が難しい時代に、従業員の疲労回復までサポートできる企業は強い。春木氏はそう見ている。疲労は個人が我慢する問題から、企業が投資する対象へと位置づけを変えつつある。
怪しい商品からギフトへ、リカバリーウェアの5年

リカバリーウェアは、着ているあいだに血行を促し、疲れの回復を助けることを目的とした衣類である。
この分野の市場は2019年から3.12倍に伸びた。同じ期間のリカバリー市場全体は1.91倍にとどまり、伸び方の差は大きい。ただし、最初から受け入れられていたわけではない。
「私自身、疲労の研究をずっと続けてきましたが、リカバリーウェアというものを初めて聞いたときには、正直すぐに手を出せませんでした。5年前は、ほとんどの方が怪しい商品だと思っていたはずです。その心理的なハードルが一番大きかったと思います」
その壁を低くしたのが、厚生労働省が定める一般医療機器としての届出だった。家庭用遠赤外線血行促進用衣という区分で届け出た製品が増え、購入者には判断の手がかりができた。企業にとっても、根拠を示して投資を判断できる環境が整った。
疑わしいものから、贈り物にできるものへ。この5年で、リカバリーウェアの立ち位置は大きく変わった。
自分に合った製品を見分ける3つの目印
もっとも、届出の有無だけで判断することはできない。リカバリーを目的とした製品が増えるほど、選ぶ側の判断は難しくなる。基準として、春木氏は3つを挙げた。
「医療機器の届出をしているところは、エビデンスがあるという前提がありますので、一定程度は安心していいと考えています。その先をどう選ぶかというと、一つは第三者の研究機関と一緒に論文にしているかどうかです。自社調べは、いくらでも言えてしまいますから」
二つ目は、着心地など自分との相性である。走るという点では軽自動車もベンツも変わらないが、乗り心地は違う。協会の代表がよく口にする例えだという。
三つ目は、自分の疲れの種類に合っているかどうかである。
「遠赤外線で血行を促すウェアは、どちらかというと体の疲労に向けた商品だと思います。昨今は脳の疲労がテーマになってきていますので、そこだけで考えるのではなく、リラックスできるものや自律神経を整える要素を、ウェア以外のものと組み合わせていくことも必要になってきます」
体の疲れなのか、脳の疲れなのか。製品を選ぶのは、それを見極めてからになる。
回復の手段は家事のなかにもある
見分けたところで、必ず買わなければならないわけでもない。春木氏がいま最大の課題に挙げる脳の疲労には、お金をかけずに手を打つ方法もある。
デジタルデトックスができれば理想だが難しい、と前置きしたうえで挙げたのは、日常の習慣だった。
「一番大事なのは、ストレスから切り離す時間を作ることです。何かに没頭して楽しむ時間を作れれば、ストレスから切り離されたり、場合によっては脳が休んでいる状態になります。実は掃除機をかける、お皿を洗う、洗濯物を畳むといった家事も、頭を使わない5分、10分になります。体が勝手に動くようなルーティンを日常にうまく取り入れることも、対策の一つだと思います」
協会が体系化した休養学では、休み方を7つのタイプに分けている。横になって休むことだけが休養ではなく、人と会うことや、何かに没頭することも回復の手段に数えられる。お金をかけない回復は、思っているより身近にある。
目指すのは市場の拡大ではなく、元気な人を増やすこと
それでも、市場は今後も伸びると見込まれている。協会の推計では、2030年に約14.3兆円、2035年には21.1兆円に達する。

ただし、増やしたいのは市場そのものではない。
「人数は減ってほしいというのが前提です。ただ、個人の消費が丸ごと増えるとは思っていません。これまで喫煙やアルコール、メタボ対策に向いていた健康対策のお金がリカバリーに移り、対策の質と、投資する人のほうが変わってくると捉えています」
疲れている人の割合は、この10年ほとんど動かなかった。これまでのデータの推移を踏まえると、協会では、直近でこの割合が大きく変化する可能性は低いとみている。
動くのは、誰が誰のためにお金を出すかである。自分の疲れは我慢してきた人が子どもや親に回復を贈り、企業が従業員の休養に予算を組む。7兆6,638億円という数字が表しているのは、疲れの量ではなく、その扱われ方の変化である。
※1 日本リカバリー協会『日本の疲労状況2026』(調査名「ココロの体力測定2026」)より
※2 日本リカバリー協会『リカバリー(休養・抗疲労)白書2025』より
※3 日本リカバリー協会『疲労による経済損失、年間15兆円規模に』(2025年9月10日発表)より
取材・文/宮﨑駿
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