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「新潟はJ1に定着していなければいけないクラブです」2026年から経営を担うレジェンド、野澤洋輔社長の偽らざる思い

2026.09.12

「サッカーを超えて愛と歓びを」をメインテーマに今季の新潟は突き進む!

 2004年のJ1初昇格から計17年間最高峰リーグで戦い続けてきたアルビレックス新潟。2025年度の売上高・45億1400万円という数字はトップ15に入るレベルだ。もちろん100億越えの浦和レッズや川崎フロンターレには及ばないものの、新潟がJリーグを代表するクラブの1つだというのは、紛れもない事実だ。

 しかしながら、2025年J1で20チーム中最下位に沈んだ彼らは今季、2022年以来のJ2で戦っている。「クラブ発足30周年の2026年は必ずJ1に返り咲かなければいけない」とチーム関係者やサポーターの士気は高まる一方。2026年頭からレジェンドの船越優蔵監督を招聘した現場の方も今、悪くない滑り出しを見せているところだ。

 前向きな機運が生まれる中、新潟は26-27シーズン開幕前の7月、「MVVP(使命・未来像・価値観・存在意義」を策定。「サッカーを超えて愛と歓びを」をメインテーマに据え、2026年2月に就任したレジェンド社長・野澤洋輔氏の下、一丸となって突き進んでいる真っ最中である。

今季開幕前の新体制発表会で今季目標を語る野澤洋輔社長(写真提供=アルビレックス新潟)

「僕は長くサッカーをやってきて、チームワークや一体感の大切さを肌で感じてきました。今、会社には約50人のフロントスタッフがいて、月1回の全体ミーティングを開いているんですが、みんな言いたいことを言いやすい環境を作れるように心がけています。

 いい意味で『緩い雰囲気』と言うのかな(笑)。それが僕のキャラクターでもあるので。自分が社長だからって1人で何でもできるわけではないですし、みんなの頑張りで組織が成り立っているので、それぞれの力を存分に発揮できるように尽力したいと考えて、今の仕事に向き合っています」と新進気鋭の野澤社長は笑顔を見せる。

つねにサポーターと気さくに向き合うレジェンド社長の人気は上々(写真提供=アルビレックス新潟)

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2004年の新潟J1初昇格のレジェンドGKは湘南、松本山雅、シンガポールでプレー

 彼は1979年生まれの46歳。サッカーどころ・静岡県出身で、清水エスパルスのアカデミーでポテンシャルの高いGKとして育った。清水でトップ昇格し、プロ人生をスタートさせたのは1998年。そこでは出番を得られず、2000年には当時J2の新潟へ赴く。これが人生の大きな転機となり、3年目の2003年にはJ2制覇・J1初昇格を達成。彼自身、ようやく最高峰リーグの主力の座をつかみ取ることになったのだ。

 新潟には2008年まで在籍。その後、湘南ベルマーレ、松本山雅FCでもプレーし、新潟時代の恩師・反町康治監督(現清水GM)に長く師事した。そして2015年にはアルビレックス新潟シンガポール(現FCジュロン)へ。海外でもキャリアを積み重ねた。

 再び新潟に戻ってきたのは2019年。現役ラストイヤーを思い出深いクラブで過ごした野澤社長は同年末に引退を決断。2020年から新潟の社員となり、営業スタッフとして新たな人生を踏み出した。そこで5年間働き、サッカークラブ運営にさまざまな形で関わったことが、今の社長業に生きているようだ。

「引退した時、スクールコーチなど現場に関わる話もありましたけど、僕はそちらに行くつもりがなかったので、営業部に入れてもらうことになりました。

 ところが、社員になった途端、コロナ禍に突入した。自分が営業担当として何かアクションを起こす前に物事がストップしてしまったので、最初は戸惑いました。そこで有難かったのは、協賛企業の協力ですね。当時は試合が止まって看板広告も出せない状況で、撤退するところが出てもおかしくなかったのに、そういう動きはほぼなかった。Jクラブがどれだけ地域の人々に支えられているかを再認識させられました。

 その後は新規スポンサー獲得にも乗り出しましたが、結果が出た時の達成感はピッチで試合に勝った時に似たところがあった。本当にやりがいを感じましたし、自分も仕事を通して自信を深めていきました」と彼は第2の人生序盤を振り返る。

現役時代は闘志あふれるプレーで見る者を魅了した(写真提供=アルビレックス新潟)

胸を熱くした2024年YBCルヴァンカップ決勝から2年、新潟は必ず這い上がる!

 2020年代序盤はチームも右肩上がりの軌跡を辿っていた。2018年~2022年にかけてJ2での戦いを強いられていた新潟は2022年J2で優勝。2023年にはJ1に復帰し、2024年にはYBCルヴァンカップ決勝に勝ち進むという目覚ましい躍進を遂げた。2024年11月2日に東京・国立競技場(現MUFGスタジアム)で行われた名古屋グランパスとのファイナルは壮絶なゲームとなり、最後はPK戦で名古屋が勝利したものの、新潟の奮闘は多くの人々の脳裏に焼き付いたはずだ。

「30年のアルビの歴史の中では初タイトルを賭けた大一番でしたし、それに向けて協賛企業の方々も一緒に応援してくれました。最終的には優勝できなかったんですけど、長年スポンサードしてくださった方々とあの瞬間を共有できたのは感慨深かった。クラブにとっては大きな1ページでしたし、『もう1回、こういう舞台に来られるようにみんなで頑張っていきましょう』と一致団結するいい機会になったと思っています」と野澤社長はレジェンドの1人としてしみじみ語る。

 そこから2年。新潟は再びJ2から這い上がらなければいけない立場にいる。前回の降格時は5年もJ2で戦うことになったが、今回はそこまで時間をかけている余裕はない。いち早く”エレベーター状態”から抜け出すことは、関係者はもちろん、野澤社長の悲願でもある。

「J1で20位だった2025年を振り返ると、売上高自体は真ん中くらいだったんですけど、強化費は下から2~3番目。そこは大きな課題だと捉えています。

 クラブの収入3本柱はスポンサー、入場料、グッズなんですが、僕が選手だった頃のアルビはスポンサー収入が5割弱でした。が、今は全てが同じくらいの比率になっている。観客とグッズはコストがかかりますし、スポンサー収入比率が高い方が強化費に割ける部分も多くなる。収入構造を変えていくことも、チーム強化の一助になると感じています。

 新潟は他地域同様、人口減や少子化といった問題に直面してはいますが、まだまだスポンサー企業にご支援いただけるポテンシャルはあります。大きな企業にパートナーになってもらうのも今後の課題。同じJ2を見ると、レッドブルグループの傘下に入ったRB大宮アルディージャを筆頭に、大企業に支援されているチームが複数あります。そういうところと伍していくためにも、基盤強化は進めていかなければいけないですね」と彼は神妙な面持ちで語る。

2019年末の引退から7年半。クラブ経営者として着々と前進中(写真提供=アルビレックス新潟)

「つねに4万人が集まる熱狂的なスタジアム」を夢見て、社長自ら集客策を展開!

 J2在籍が長くなると、観客動員も減ってしまいがちだ。野澤社長らがJ1初昇格した2003~2004年の新潟は2002日韓ワールドカップ(W杯)の頃の熱気が色濃く残っていて、約4万人収容のデンカビッグスワンスタジアムが毎試合超満員に膨れ上がっていた。けれども、今季はホーム開幕戦だった8月15日の北海道コンサドーレ札幌戦が2万8949人。この試合はまずまずの集客だったが、翌週の22日の藤枝MYFC戦は1万8382人。2年前にYBCルヴァンカップ決勝という異次元の熱狂を体感したサポーターからしてみれば、J2が少し物足りなく感じられるのも事実だろう。

「自分が最初に新潟に来た20数年前は、ビッグスワンという素晴らしいスタジアムでアルビのサッカーに魅了され、応援することがいつしか日常となっていく人が数多くいました。本当に凄まじい雰囲気だったなと僕自身も懐かしく感じます。

 ただ、いつまでも当時と比べているわけにもいかない。会社としてはいろんな戦略を立てて集客増を目指しています。

 今は再来場と新規の獲得の2つに重点を置いていて、ファミリー層には特に力を入れています。家族で来ていただければ、子供たちが将来的なアルビサポになってくれる。それを育てていきたいというのが僕らの願いです。

『アクティブアラサー』と呼ばれる独身の30代を呼び込むことも、近い将来の家族層の取り込みにつながります。いろんなデータを取りながらイベントを開催したり、集客策を実施しているのが現状です。

 開幕の札幌戦は4万人には到達しなかったものの、3万人弱の方々にペンライトでのイルミネーションの演出をしていただきましたし、その試合で勝利できた。『ぜひまた来たい』と思えるような場を作れたと思います。

『つねに4万人が集まるような熱狂的なスタジアムを作りたい』というのが僕の夢。それに向けて、全力で取り組んでいきます」と野澤社長は目を輝かせた。

 ご存じの通り、Jリーグは今季からシーズン移行に踏み切り、8月開幕・6月閉幕のカレンダーになった。もともと降雪地で12~3月までは本拠地や練習場を使えない新潟にとっては困難も少なくなさそうだ。それを乗り越えていくことも重要なテーマになってくると見ていいだろう。

「シーズン移行によって、我々は冬のキャンプに加え、夏のキャンプも必要になりました。その分、数千万円のコストアップになります。J2降格で26-27シーズンの売上高が40億円を切ると想定しているだけに、負担増は重いですが、現場がベストなパフォーマンスを出せるようなサポート体制強化は必須だと考えています。

 2~3月はビッグスワンで試合ができないので、中断明けの入りも難しくなります。前半戦にある程度リードをして後半戦に突入したいところですが、どうなるか分かりません。このサイクルはどのチームも初めてなので、本当に未知数な部分が多いですけど、どういうマネジメントがベストなのかという最適解をクラブとして見つけていく必要があると思います」と彼は言う。

茶目っ気たっぷりの人柄で周囲を惹きつけている(写真提供=アルビレックス新潟)

 1年通して温暖で晴天率の高い静岡生まれの野澤社長が降雪地・新潟の社長として奔走することになったのは、本当に不思議な縁だ。「僕が来てから新潟も天気がよくなったかもしれないですね」と本人は冗談交じりに笑ったが、彼にとって新潟は『第2の故郷』。そこで熱心なサポーターとクラブ作りを進めていけるのは大きなやりがいに他ならない。

「魅力的なチームをとにかく早くJ1に戻したい。今はその一心です。新潟はつねにJ1に定着し、タイトルを争えるようにならなければいけないクラブ。そう仕向けていくのが僕の責務。粘り強く戦っていきます」

 こう、語気を強めるレジェンド社長は、アルビレックス新潟の発展に身を投じる覚悟だ。彼のアクションと今季のチームの動向を我々は興味深く見守りたいものである。

取材・文/元川悦子
長野県松本深志高等学校、千葉大学法経学部卒業後、日本海事新聞を経て1994年からフリー・ライターとなる。日本代表に関しては特に精力的な取材を行っており、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは1994年アメリカ大会から2014年ブラジル大会まで6大会連続で現地へ赴いている。著作は『U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日』(小学館)、『蹴音』(主婦の友)『僕らがサッカーボーイズだった頃2 プロサッカー選手のジュニア時代」(カンゼン)『勝利の街に響け凱歌 松本山雅という奇跡のクラブ』(汐文社)ほか多数。

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