2026年9月9日から東京・六本木の国立新美術館にて、今年最大の注目展覧会が開幕する。「ルーヴル美術館展 ルネサンス」である。言わずと知れたフランスが世界に誇るルーヴル美術館のコレクションから、15世紀から16世紀にかけてヨーロッパ全土で巻き起こった知的・芸術的革命であるルネサンスの名品約50点が来日する。
本展は「旅」、「技法の革新と洗練」、「古代へのまなざし」、そして「肖像芸術の隆盛」という4つの柱で構成されており、人類が近代へと踏み出すプロセスそのものを体験できる仕掛けになっている。ところで、今回来日する作品の中でもひときわ注目を集めているのがレオナルド・ダ・ヴィンチの傑作《女性の肖像》、通称《美しきフェロニエール》の日本初公開である。ルーヴル美術館が所蔵する、世界にわずか15点ほどしか現存しないとされるレオナルドの真筆絵画が来日するのは、1974年のあの《モナ・リザ》来日以来、実に52年ぶりのことである。今回は、この《美しきフェロニエール》をはじめ、今年最大の注目展である本展で絶対に見逃せない作品たちを紹介していく。
絶対必見の1枚を選ぶならやはり《美しきフェロニエール》
本展の目玉となっており、やはり見逃せないのがレオナルド・ダ・ヴィンチによる《女性の肖像》、通称《美しきフェロニエール》である。
まず、この不思議な作品名のについて触れておくと、実は《この美しきフェロニエール》という通称は、後世の誤解により誤って付けられてしまった作品名である。実際、ルーブル美術館においても作品名は《Portrait de femme, dit à tort La Belle Ferronnière》となっており、日本語では《女性の肖像(誤って「ラ・ベル・フェロニエール」と呼ばれる)》などと訳される。本来、“フェロニエール”とは、16世紀のフランス国王フランソワ1世の愛妾であった金物商フェロンの妻を指す通称であったが、18世紀末頃にフランス王室の目録を整理する際に本作が彼女の肖像画と混同されて記録されてしまった。さらに1830年台にダ・ヴィンチの作品がフランスやイギリスで流行した際、モデルの女性が額に巻いている細い額飾りも流行し、その中でこうした額飾りそのものを“フェロニエール”と呼ぶようになり、それに伴い本作の通称も定着していった経緯がある。
結局のところ、モデルの正体については、当時のミラノ公ルドヴィーコ・スフォルツァの愛妾ルクレツィア・クリヴェッリとする説が極めて有力であるものの、確定的な証拠は存在せず、今も謎に包まれている。その点は本作の後に描かれた《モナ・リザ》とも類似する。
ところで、本作はこの《モナ・リザ》と比べながら鑑賞すると理解しやすいのでお勧めだ。まず二作の類似点は、当時のイタリア肖像画で一般的だった横顔のポーズを排し、体を斜めに向けつつ顔を鑑賞者側へ旋回させる3/4正面像を採用した点にある。これにより、平面的な肖像は一気に彫刻的な立体感と、人間の内面性を獲得した。さらに、絵の下部に手すりを配することで、鑑賞者とモデルの間に物理的・視覚的な奥行きを生み出す構図や、極薄の絵の具を何層も重ねて輪郭をぼかすスフマート技法も共通している。
一方で、異なる点としては《モナ・リザ》が広大な自然を背景にし、優しい微笑みを浮かべ、解剖学的に完璧に描かれた両手を美しく組んでいるのに対し、本作は漆黒の暗闇を背景にして手すりの下で手は隠されており、何よりその表情にはむしろ張り詰めた緊張感と鋭い警戒感が漂っている。《美しきフェロニエール》にこのような特徴があるのはおそらくモデルを取り巻く状況が関係したと考えられている。当時、権謀術数が渦巻くミラノ宮廷において、肖像画は血統や品位を示す重要な意味を持つメディアであった。レオナルドは、見る者に消費される従属的な女性像ではなく、他者の視線を意識し、それをはね返すような一人の自立した、知性と威厳を持つ人間として彼女を描いたのだろう。
こちらも見逃せない!ルネサンス期の転換点を象徴する2作品
《美しきフェロニエール》の他にもぜひ足を止めてもらいたい作品がある。1つ目はドイツ・ルネサンスの圧倒的な先駆者であり、版画というメディアを通じて視覚情報のイノベーションを起こしたのアルブレヒト・デューラー(1471-1528)の《サイ》という作品だ。
この作品、西洋美術史、ひいては博物学史上最も有名な単色木版画なのだが、驚くのは彼自身が本物のサイを一度も見ずにこの作品を描いたということである。ポルトガルのリスボンにインドから運ばれてサイに関する噂とスケッチだけを頼りに、デューラーは自身の脳内でこの未知の巨大生物を構想し、版木に刻んだのである。その後、18世紀にいたるまで、ヨーロッパの人々にとってこのデューラーの版画の“サイ”こそがサイの標準的なイメージであり続けた点で、歴史的にも影響の大きい作品となっている
もう1作品は《春》、《ヴィーナスの誕生》で知られる初期フィレンツェ・ルネサンスの画家サンドロ・ボッティチェリ(1445-1510)の《5人の天使に囲まれる聖母子》である。
中世までの宗教画において、聖母マリアや幼子キリストは、人間とは距離を置いた、硬質で抽象的なシンボルとして描かれるのが常であった。しかし、ボッティチェリはここに徹底的な人間味を吹き込んだ。流れるように美しく、繊細極まりない輪郭線によって描かれた聖母マリアが浮かべる物憂げで内省的な表情はどこか親しみを感じさせる。腕に抱える幼子キリストの将来の受難を予見したような哀しみと慈愛が入り混じった表情は一人の母親としての極めて人間的な感情を伝えてくる。中世の神中心の価値観から、ルネサンスが掲げた人間中心主義への転換を示す作品となっている。
おわりに
ダ・ヴィンチの《女性の肖像(美しきフェロニエール)》の初来日もちろんのこと、ヨーロッパ各地で同時多発的に花開いたルネサンスという時代の巨大なエネルギーを一度に体験できる本展。私たちが持っているで個のあり方や視覚表現にどのようにアップデートされていったのか、そうした近代の原点をルーヴルの至高のコレクションを通してぜひ目撃してもらいたい。
【展覧会情報】
企画展「ルーヴル美術館展 ルネサンス」
会期:2026年9月9日(水)~ 2026年12月13日(日)
会場:国立新美術館 企画展示室1E(東京都港区六本木7-22-2)
開館時間:10:00~18:00(金・土曜日は20:00まで、入場は閉館30分前まで)
休館日:火曜日(※9月22日、11月3日、12月8日は開館、11月4日は休館)
観覧料(当日券):一般 2,400円、大学生 1,400円、高校生 1,000円、中学生以下無料
公式サイト:https://www.ntv.co.jp/louvre2026/
コウチ ワタル
東京在住の美術ライター。2025年にアートナビゲーター(美術検定1級)の資格取得。中学生の時に美術の資料集で目にしたルネ・マグリットの作品に衝撃を受け、以来、世界の美術館や芸術祭を巡る。現在は、多忙な日々を送る現代人に向けて、日常をクリアに変える「視点の変換」としてのアートの楽しみ方を多角的に発信している。
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