アメリカで急速に人気を拡大し、日本でもプレー人口が急上昇中の「ピックルボール」。テニスよりも小さなコートで、穴の開いたプラスチック製のボールを「パドル」と呼ばれるラケットで打ち合うスポーツだ。ルールを覚えやすく、ラケットスポーツ未経験者でも始めやすいことから、幅広い世代にプレイヤーが広がっている。
日本国内のプレー人口は約33万人と推計され、専用コートや大会も各地で増え始めている。その国内市場を開拓してきた代表的な企業のひとつが「ピックルボールワン」だ。日本のピックルボールはいま、どこまで広がっているのか。そして、この先どのようなスポーツになっていくのか。
ピックルボールワン代表の熊倉周作氏と、同社を支援する電通の中司雄基氏に、ピックルボールの現在地とその面白さ、これからの可能性を聞いた。
日本のプレー人口は約33万人。すでに「コートが足りない」?

――まず、日本ではどのような人がピックルボールを楽しんでいるのでしょうか。
熊倉氏: 本当に幅広いですね。私たちの施設では比較的若い方が多いのですが、50~60代の方もいれば、20~30代もいます。法人で利用されるケースもありますし、朝に経営者やビジネスパーソンが練習してから会社へ行くこともあります。
――アメリカではセレブの間で人気だというニュースもあることから、若い女性の間でトレンドのスポーツという印象もあります。
熊倉氏: 若い女性も多いですよ。写真を撮って楽しむような方や、芸能人の方に利用していただくこともあります。ただ、特定の層だけのスポーツというわけではありません。SNSやテレビで見て「ピックルボールをやってみよう」とトライする方も多い印象です。
――日本ではどのくらいの人がプレーしているのでしょう。
熊倉氏: ピックルボールワンの調査ではプレイヤーは約33万人と推計しています。そのうち10%くらいは、週1回など定期的にプレーしていると思います。
――つまり約3万人がかなり熱心にプレーしているわけですね。やはりテニス経験者が多いのでしょうか。
熊倉氏: 多いですね。ラケットスポーツ経験者は一定数いますし、特にテニス経験者は感覚をつかみやすい。ただ、未経験者でも比較的早く追いつけます。テニス経験者だけのスポーツというわけではまったくありません。
プレイヤーが増える一方、日本のピックルボールには大きな課題もある。それが「プレーする場所」だ。専用コートはまだ少なく、体育館のバドミントンコートなどを利用するケースも多いという。
――都内には専用コートがどのくらいあるのでしょうか。
熊倉氏: 今だと10か所くらいですね。ただ、専用コートでなければできないわけではありません。体育館でもできます。バドミントンコートとほぼ同じ大きさなので、バドミントンコートがあればプレーできます。
――専用コートができる以前は、体育館が中心だった?
熊倉氏: そうですね。今も地方では体育館でやっている人が多いです。ただ、専用コートとは体験がかなり違います。体育館だと床が滑ることもありますし、専用コートで一度やると「こっちでやりたい」となる。プレーできる場所は増えていますが、まだまだ需要のほうが大きい状況だと思います。
――ピックルボールワンも、最初からコートを運営していたわけではないんですよね。
熊倉氏: はい。創業した当時、インターネットでピックルボールを調べても、Wikipediaや業界団体のページくらいしか出てこないような状況でした。どこでできるのかもわからなかったので、まずはWebメディアやイベント運営から始めました。その後、市場をつくっていくためには絶対にコートが必要だと考え、コートの運営にも取り組んでいます。

電通が「完成していないスポーツ」に注目した理由

――2026年4月、電通は他社とともにピックルボールワンへ共同出資をしています。具体的にどのような取り組みをしているのでしょうか。
中司氏: 当初はピックルボールワンさんのEC事業の成長支援からスタートしました。ECの売上拡大に向けた施策などを共に考えていく中で、より経営に近いレイヤーでも関わっていこうという話になり、現在は事業全体の成長についてもご一緒しています。
私たちは「ピックルボールという市場をどう広げていくか」という視点を持っています。その中で、企業との接点や生活者インサイト、コミュニケーション設計など、電通が持っている強みを生かせる領域から支援しているイメージです。
――なぜ電通はピックルボールワンに注目したのでしょうか。
中司氏: ピックルボールワンさんは、競技を広げるだけではなく、業界そのもの、市場そのものをつくろうとチャレンジされています。私たちも新しいスポーツとしての挑戦を支えながら、産業の基盤を一緒につくっていきたいと考えています。
――すでに成熟したスポーツとは違う面白さがある?
中司氏: そうですね。サッカーや野球、バスケットボールなど、成熟したスポーツは産業構造がある程度出来上がっていますが、ピックルボールは自分たちでつくっていけるフェーズです。
もしかしたら成熟したスポーツとは違った産業の形をつくれるかもしれないし、新しいマーケティングの手法があるかもしれない。それを一緒につくっていけるところにビジネスとしての伸びしろがあります。
電通がスポーツビジネスで長年培ってきた強みのひとつが、スポンサーシップや放映権など、「みるスポーツ」に関するビジネスです。ピックルボールは自らプレーする「するスポーツ」として人気が拡大しています。そこにも電通にとっての新しい挑戦があります。
これまで「みるスポーツ」で培ってきた知見を、今度はプレイヤーの体験やコミュニティを起点にした市場形成にどう生かしていけるか。「するスポーツ」の側からアプローチすることで、新しいビジネスを生み出せる可能性もあるのではないかと思っています。また、プレーする人が増え、競技への理解が深まっていくことで、将来的には「みるスポーツ」としての価値を育むことにもつながると考えています。
みんな未経験。だから誘いやすいスポーツ
――今後、どのような人にピックルボールを広げていきたいですか。
熊倉氏: 私たちはコミュニティリーダーのような人にどんどんやってもらいたいと思っています。
――インフルエンサーのような人ということでしょうか。
熊倉氏: インフルエンサーでなくてもいいんです。フォロワーがゼロでもいい。
例えば大学時代の仲間に「ピックルボールをやろう」と声をかけて、次は社会人になってからの仲間を呼ぶ。そこで参加した人が「ピックルボールいいよ」と別のコミュニティへ広げていく。そうやって連鎖的に広がっていくといいなと思っています。

――メディアに出るような有名人だけではなく、自分の周りの人を誘える人ということですね。
熊倉氏: そうです。ピックルボールが好きな人たちが集まるコミュニティができて、その中の誰かが「地元でも広げたい」と地元の人を誘って始める。そんな形でリーダーを増やしていきたいです。
――社会人になると、学生時代にやっていたスポーツから離れてしまう人も多いですよね。
中司氏: そうですね。時間がないとか、体力的な理由とか、いろいろな理由でスポーツをやめてしまう人がいます。
でもピックルボールは短時間で手軽に楽しめるので、「一度スポーツをやめてしまったけれど、もう一度やってみよう」という人にも向いていると思います。またその先には、もともとスポーツに苦手意識があったり、「自分はスポーツをするタイプじゃない」と感じてきた人にとっても、新たな入口になれる可能性があるんじゃないでしょうか。

――電通としては、ピックルボールが今後どのようなスポーツになってほしいと考えていますか。
中司氏: 5年後、10年後には「新興スポーツのピックルボールです」と言わなくてよくなるといいなと思っています。
今は「ピックルボールって何ですか?」と聞かれて、それを説明するところから始まります。でもそうではなくて、普通に「今日ピックルボールやってきたよ」だったり、「今度、会社の人を誘ってみよう」と話されるようになる。
日常生活の中に溶け込んで、「新興スポーツ」というラベルをわざわざ付けなくてもいい状態まで行きたいですね。
――それにはかなり時間がかかりそうにも思えます。
中司氏:5年ぐらいで行けるんじゃないかというくらいの勢いで伸びている気はします。
またピックルボールって、懐が深いんですよ。競技として本気でやりたいから始めてもいいし、50代、60代の人が健康目的で始めてもいい。毎週同じ人と会って話すのが楽しいから続けてもいい。それだけ楽しみ方の幅が広いスポーツなんです。
――そう考えると、「誘いやすさ」も普及のポイントになりそうですね。
中司氏: そう思います。例えば「見るスポーツ」の場合、誰かに誘われてスタジアムへ行って、ファンになって、今度は自分が別の人を誘うという流れには、ある程度時間がかかります。
でも「するスポーツ」はもっと早い。誰かに誘われてピックルボールをやって、「楽しい」と思ったら、すぐに「次はあの人を誘おう」となる。
それにピックルボールは、多くの人にとってはじめて触れるスポーツです。みんな初めてだから、一緒に始めやすい。コミュニティが広がっていくうえでも、そこはすごく面白いところだと思っています。

――最後に、ピックルボールワンとしては、どのような未来を目指しているのでしょうか。
熊倉氏: 私たちは、ピックルボール産業の発展にとって中心となる存在を目指しています。そのためには、この産業にとってなくてはならない取り組みをどんどんしていく必要があります。
例えば今はコートが足りないので、コートを開拓し、ピックルボールとのタッチポイントを増やしていきたい。いろいろなコミュニティがそこで出会って、新しいつながりが生まれるといったサイクルが生まれれば嬉しいですね。そうやってピックルボールの良さを、どんどん広げていきたいと思っています。
取材・文/峯亮佑 撮影/干川修




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