ベトナム料理は日本でもポピュラーなものになった。鶏肉や牛肉の入った汁めん「フォー」に、バゲットのパンに具を挟んだ「バインミー」が有名だ。日本の即席めんのメーカーやコンビニチェーンがベトナム料理の商品を販売する時代だ。
食べログで「ベトナム料理」と検索すると、東京では300軒以上がヒットする。大阪では150軒を超える。私が東京に住んでいた四半世紀前にベトナム料理店など東京にさえ数えるほどしかなかった。当時からすれば、ベトナム料理がいかに日本に認知されているかがわかる。
つけ麺のようなブンチャーを好きな日本人は多い

私のベトナム人の友人が笑って教えてくれたことがある。彼は日本語が堪能で、日本人に会うたびに「お好きなベトナム料理はなんですか?」と訊ねた。そしてその回答の多くが「ブンチャー」だった、というのだ。
日本人はなぜそんなにブンチャーが好きなのですか?と逆に質問をされてしまったほどだ。
「ブンチャー」。ベトナム語でブンとは米粉からつくられた細麺、チャーとはつみれやさつま揚げ、ハンバーグと言った魚や肉などを細かく挽いたものを丸くまとめて調理したものを指す。
日本人にとってはざるそばやそうめんのように麺をつけて食べるつけ麺だと思えば良い。

ブンチャーは米粉の茹で麺をベトナムの魚醤ヌクマムをベースにビネガーや砂糖を加え、甘辛く、酸っぱい汁につけて食べる。汁の中にはすでに豚肉のつみれと豚バラを炭火で焼いたものが泳がせてある。汁の薬味にはニンニクと生唐辛子を細かく刻んだものをお好みで加える。
ベトナム人はこれにシソ、ナギナタコウジュ(キンゾイ)、レタスなどの葉物類を生のままちぎって汁に加え、焼肉とブンと共に食べる。
ハノイに何日か滞在する日本人のお客様にはブンチャーを昼食にご案内することが多い。おおよそ多くのお客様にブンチャーは評判が良いので、滞在中一度はその専門店にご案内している。
ブンチャーは、なぜ日本人に好まれるのか?
それは、日本料理の中にある「つけ麺」という料理文化と似通ったところがあるからではないだろうか?
それでいて、ミートボールを泳がせた汁に唐辛子とニンニクを効かせ、コメできたやわらかい細麺、ブンをつけて食べる、といった相違点がまた日本とベトナムの文化の違いに想いを馳せることにもなって面白い。
まだ筆者が若い頃にベトナム北部出身の家族の家にホームステイしたことがある。週末ともなるとお父さんが庭で網に挟んだミートボールと豚バラ肉を七輪の炭火で焼きはじめる。お母さんは台所でつけ汁と薬味に使用する葉物類を用意する。ブンは朝市場から買い求めたものだ。それほど手間はかからない。
出来上がると、居間に料理の皿を並べ、まだ就学前のひとり娘も加わって一緒につけ麺を食べた。今思えば、あれは私が初めて食べたブンチャーだった。週末のお昼どき、家族みんなでつくり、食べる料理、それがブンチャーなのだ。

オバマ大統領も食した「ブンチャー」、世界に知られたベトナム料理に

ブンチャーはハノイやベトナム北部ではポピュラーな料理であっても、フォーやバインミーのように広く全国の人々が食べるような国民食ではなかった。それが一挙にその地位にのぼり詰め、世界的にも知られるようになる出来事があった。
それは今から10年前の2016年に起きた。バラク・オバマ米国大統領がベトナムを公式に訪問、その際にカリスマシェフのアンソニー・ボーディンの旅番組「アンソニー・世界を駆ける」の中でオバマ大統領とともにハノイの屋台店でブンチャーを食べるシーンが収録され、放映されたのだ。
このことはベトナムでも広く報じられた。おかげでベトナム一般庶民、中でもハノイの住民たちからは、驚きとともに感激の声が街に溢れた。
「米国大統領が我々一般庶民の食べる、ハノイ民のソウルフード・ブンチャーを食べた」。このことで彼の人気と好感度は爆上がりしたのだ。
番組のホスト、ボーディンは4回もハノイを訪れ、8回もの番組を作るほどベトナムとハノイの食と旅に魅せられていた。
大統領を迎えて食事をする場所は高級レストランではない屋台店で、「国民食ではなかった」ブンチャーを食べることを提案した。
オバマ氏はベトナムの一般庶民との交流を望んでいたこともあり、シークレットサービスは警備上の不安から難色を示したが、実現した。
かつては互いに敵として闘い、空爆によって北部ベトナムを脅かしていた米国。その大統領がハノイを訪れ、ビール瓶を傾け、ブンチャーを食べる姿を映像で公開した。そのことはベトナムとアメリカとが、戦争ではなく平和と友好関係にあることを内外に示すことにもなった。それは共同声明や演説といった言葉によるよりも印象的な外交的成功をもたらした。

番組の中で、オバマ大統領はこう語っている。
「平和は友人と築くのではない、平和は自らの敵と築くものだ。そして、自分は娘の父親として、5年後も10年後もここへ来てブンチャーを食べることができるんだよ、世の中はまっすぐに進むことはない、ただすべてはうまくいくだろう、そう娘に伝えたい」と。
この時の様子は今もYouTubeで観ることができる。興味のある方はご覧になって欲しい。
オバマ大統領が訪れた店「ブンチャー・フンリエン」は今も店はお客でいっぱいだ。彼が食べたブンチャーとビールのセットは13万ドン(780円)で食べられる。セット料理の名称もブンチャー・オバマだ。

ソウルフードだけあって、ハノイに住む人々はそれぞれにハノイで一番美味しい店と思う店があって、普段はそれぞれの店にブンチャーを食べにいく。中にはミシュランガイドブックに選ばれた店もある。
ブンチャー・オバマをはじめ、私が通う店を以下に紹介するので、ハノイを旅するのなら、ぜひ一食はブンチャーを試して欲しい。そしてフォー、バインミーの次にブンチャーが日本で広く知られる料理になるかどうかを見極めていただきたい。
文・写真/新妻東一
ベトナム在住22年。貿易、旅行、メディアコーディネータを経て、現在はUFO、UMA、超能力といったオカルトから宗教、社会、芸能まで、幅広くベトナムを紹介する記事を各種メディアに寄稿。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」会員(https://www.kaigaikakibito.com/)




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