2026年6月12日、国土交通省が「トイレの便器数に係る基準と適用のあり方に関するガイドライン」を公表した。
背景にあるのが、近年課題となっている公共施設の女性用トイレの行列問題だ。政府は「経済財政運営と改革の基本方針2025(骨太の方針)」に女性用トイレの利用環境改善を盛り込み、鉄道・空港・商業施設などの施設管理者、建築設計者、メーカー、学識経験者らによる協議会を設置した。
その座長を務めたのが、日本トイレ協会名誉会長の小林純子氏。そこで今回は、小林氏に、女性トイレの行列問題の背景と、これからの公共トイレが目指す未来像について話を聞いた。
駅のトイレは、この40年で大きく変わった
「以前、駅のトイレといえば、〝4K〟と言われていました」
小林さんが振り返る〝4K〟とは、「汚い」「臭い」「怖い」「暗い」のこと。かつて駅のトイレは、できれば使いたくない場所だった。
「1980年代になると、家事の電力化による省力化が進み、1985年に男女雇用機会均等法が施行され、女性が外に出ていく機会が増えました。それなのに、40年前は、その変化に駅や公共施設のトイレが全然追いついていなかったんです」

1985年ころ以降、まず進められたのが、「トイレの快適化」だった。
「女性が使いやすいトイレを設置すると、施設そのものの印象もよくなります。そのため、まずは商業施設を中心に、女子トイレの快適化が進んでいきました」。
当時は、トイレの内装を明るくしたり、色彩計画に配慮したり、「入りやすい雰囲気」をつくる工夫が重視されたという。
「駅のトイレもはじめは商業施設と同じ視点で始まりました。面積にゆとりがある場合は、便器数を増やしましたが、そうしたケースはまれで、商業施設と同じような駅トイレの実現はほとんど難しかった印象です」と小林さんは当時のことを話す。
それまでの駅トイレは、「できれば早く出たい場所」だった。だからこそ当時の「快適化」は、単にきれいにするだけではなく、女性が一人でも安心して利用できる空間に変えていくことでもあった。
その後、テーマになったのが「メンテナンス」だ。せっかくきれいなトイレをつくっても、その状態を保てなければ意味がない。
そこで、床との間に隙間ができる壁掛け式便器を採用し、床を掃除しやすくしたり、カラフルで水や汚れに強いメラミン化粧板といった素材を取り入れたりと、「きれいを維持する」ための工夫が重視されるようになった。

公共トイレをどう清潔に保つのか、さまざまな試行錯誤が続けられていたのである。
また、2000年代以降は、多機能トイレやバリアフリーといった〝ユニバーサルデザイン〟の考え方も広がった。同時に、日本人の生活スタイルが変化したこともあり、駅や公共施設でも洋式化が徐々に進んでいった。

そして今、駅トイレが向き合っているのが、「女性用トイレの行列」と「多様な利用者への対応」なのである。
女性用トイレに「役割」が増えている
では、なぜ駅の女性用トイレは、ここまで混み合うようになったのだろうか。
「第一は先ほどお話した便器の数の少なさですが、そのほかにもあります。男女のトイレの構造的な違いだけでなく、女性用トイレに求められる役割が変化してきたことです。男性は小便器がありますけど、女性は全員が個室を使います。そこがまず大きく違うんです」と小林さんは説明する。
さらに小林さんによると、女性のトイレ占有時間は、かつて平均90秒ほどだったが、現在は120秒程度になっているという。
「こうした話をすると、『だから女性トイレは混むんだ』『もっと早く出るべきではないか』といった意見が出ることもあります。そんな時、頭をよぎるのは『その30秒で、そんなに目くじら立てなきゃいけないのかな』ということです」
もちろん、単純に〝長く使っている〟という話ではない。
「女性は生理もありますし、荷物も多い。化粧直しをする人もいます。高齢で着替えや介助が必要なケースも増えています」
さらに小林さんは、「疲れていたら、少しくらい休憩したっていいじゃないですか」と続ける。
現在の女性用トイレは、単に「用を足してすぐ出る場所」ではなくなっている。女性が社会の中で働き、移動し、活動していくための空間としての役割も求められるようになった。
「例えば、鏡や身だしなみを整えるスペースを削って、便器だけを増やせばいい、という考え方もあります。でも、それでは本当の解決にはならないんです」
「みんなが100点」は難しい。時間はかかるが、それでも前に進む
では、女性用トイレのスペースを増やせば、それですべて解決するのだろうか。
小林さんは、「実際には、そんなに単純な話ではないんです」と話す。
「女子トイレを増やしてほしいという声がある一方で、『男子トイレが減りすぎると困る』という意見もあります。なにより改修では、トイレの面積は現状維持の場合がほとんどです。さらに近年は、多様な性への配慮や、多機能トイレの使い方など、公共トイレをめぐる課題はますます複雑になっています。みんなが100点満点になる解決策って、なかなかないんですよね」
だからこそ今回、国土交通省のガイドラインでは、〝こうすれば絶対に正解〟という一つの答えを示したわけではない。利用者数だけでなく、男女比や混雑する時間帯、高齢者や子ども連れの利用なども踏まえながら、施設計画の目安となる数字を示した内容になっている。
「議論を始めないと前には進めません。まずは現状を知って、『じゃあ、どうする?』を考えることが大事だと思います」
さまざまな立場や利用者を踏まえながら、これからの駅トイレや公共空間をどう考えていくべきか。その方向性を示したものだと言えそうだ。
〝みんなが100点満点〟になる答えは、簡単には見つからないのかもしれない。それでも、まずは議論を始めること。小林さんが話していたように、その積み重ねが、これからの公共空間を少しずつ変えていくのだろう。今回は国レベルでトイレについて考える機会を持っていることに大きな意味がある。
「快適なトイレ」は30年かけて作られてきた
今回、あえて「30年後のトイレ」というテーマを掲げたのには理由がある。
駅や公共施設は、およそ30年単位で大規模改修が行われることが多い。つまり、今つくられるトイレは、この先30年使われる可能性があるということだ。
そしてもう一つ、実は私自身、30年ほど前にも、小林さんのアドバイスをもとに、建築系の雑誌で公共トイレについて取材した経験がある。
当時は、ちょうど〝安心して使える公共トイレ〟という考え方が広がり始めた時代だった。明るい公共トイレや快適な駅トイレがニュースなどで注目され、それをきっかけに、各地で新しいタイプの公共トイレが次々と作られ始めていた頃でもある。
その頃、私は小林さんが提案する新しい公共トイレのアイデアについて、「その方法では快適にならないのではないか」といった意見を耳にすることもあった。
それでも小林さんは、実際にやってみて、問題があれば修正し、また改善する。そうした試行錯誤を重ねながら、〝快適な公共トイレ〟のノウハウを少しずつ蓄積していった。
30年後の駅トイレは、もっと安心できる場所になる
かつて、駅のトイレは「用を足したらすぐに出る場所」だった。しかし、この30年で、その空間のあり方は大きく変わった。
もちろん、積極的に並びたいわけではない。それでも今は、「ここなら使ってもいいかな」と思える場所にはなった。
正直、30年後のトイレがどんな形になっているのかを、具体的に想像するのは難しい。けれど、一つだけ確実に言えることがある。
それは、小林さんが目指してきた「快適なトイレ」が、これからも進化し続けるということだ。
ここでいう「快適」とは、単にきれいな空間ということではない。利用者一人ひとりが、その時々の状況や必要に応じて、心地よく過ごせるように、空間や情報まで含めて工夫された公共空間をつくることでもある。
実際、駅や商業施設では、混雑状況やフロアごとの空き状況を表示する案内板の導入に加え、利用者の流れを考えた動線計画など、便器数だけに頼らない改善も少しずつ始まっている。

「改修と新築では考え方は異なります。新築はトイレのこれからの骨格をつくる時期。ぜひ、ガイドラインの方向性に従ってほしいですし、改修は可能な限りあらゆる方法で改善してほしいと思います」という小林さんのメッセージは心に残った。
30年後の駅トイレは、きっと今よりも、もっと一人ひとりに寄り添い、もっと安心して使える公共空間になっているはずだ。
取材・文/内山郁恵
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