現代人は新たな「癒し」を求めている。マッサージ界隈では「デトックス」や「リフレクソロジー」、旅行業界では「ワーケーション」や「ウェルネス旅」や「デジタルデトックス」などが近年の流行として挙げられる。
そんな中、オーストラリアでは温泉スタイルの「日本風温浴施設」が各地に現れ、人気を呼んでいる。その理由を探ってみた。

日本の温浴施設と同じところ・異なるところ
近年オーストラリア各地に日本「風」とうたわれている温浴施設が誕生している。日本「風」と強調したのは、日本の温浴施設と異なる点も多少あるからだ。
まず日本の温浴施設とほぼ同じ点を挙げてみよう。
・大きな浴槽があり、大勢で入れる
・大自然の中にあり、露天風呂が備わっていることが多い
逆に日本とは異なる点は以下だ。
・椅子に腰かけて体を洗ういわゆる「洗い場」がない。立ってシャワーを浴びる
・着衣で男女混浴

「街の銭湯」型から「地方の温泉」型へ
オーストラリアにおける日本風温浴施設は25年ほど前にもいくつか見られた。その多くは大都市の街中にあり、シャワーだけでなく「洗い場」もきちんと備えられていた。
とはいえ大都会の中にあるので露天風呂はなく、また必ずしも温泉ではなく水道水を利用した施設も多かった。つまりこれらは「日本風」どころか、ほぼ完全に「日本の街の銭湯を再現したもの」であった。
だが現在では大都市から1時間以上、場合によって3~4時間も離れた大自然の中で、「露天風呂」を中心とした施設が主流になっている。こちらは日本の「地方の温泉」を再現したものと言えるだろう。

ではなぜ「街の銭湯」から「地方の温泉」へと、オーストラリアの「日本風温浴施設」の主流は変わったのだろう?
訪日で温泉に目覚めた豪州人オーナーたち
一つの理由は「作り手」が変化したことだ。
25年前に私が訪れた「日本風温浴施設」のオーナーは「日本人」だった。「日本の素晴らしい銭湯文化をオーストラリアにも正確に伝えたい」という思いから、「街の銭湯」を「極力そのまま再現」しようとしたのだ。
一方近年は「日本への旅行で温泉の素晴らしさに目覚めたオーストラリア人」がオーナーである。その一人がオーストラリア第2の都市メルボルンから300キロメートルほど離れたところにある「ミータング温泉」温泉など複数の日本風温浴施設のオーナーであり、「オーストラリア温浴協会」の運営委員を務めるチャールズ・デイヴィドソン氏だ。
「私の妻は日本人なのですが、彼女と日本に里帰り旅行した際、草津温泉に行ったんです。それでワオッ、これは素晴らしいと感じて、オーストラリアでも同じようなものをつくりたいと思ったんです」
日本の温浴施設の素晴らしさをオーストラリアに伝えたい。その気持ちは四半世紀前の日本人オーナーも近年のオーストラリア人オーナーも同じだ。だが和食でも同じことが言えるが、一般的に日本人オーナーは「日本の伝統文化に忠実」であろうとするのに対して、外国人オーナーは「現地の人に受け入れられること」もしっかり念頭に置く。つまりマーケティングも重視する。結果として現地で人気を呼ぶのは……やはり後者である。
そしてオーストラリア人たちがより喜ぶのは当然生活の一部の「街の銭湯」よりも情緒あふれる「地方の温泉」である。大自然の中の露天風呂である。
これがオーストラリアの日本風温浴施設が「街の銭湯」型から「地方の温泉」型へと変遷した大きな理由だ。

同性でも「全裸で風呂」に抵抗があるオーストラリア人
ただし「地方の温泉」型にも大きな問題があった。じつはオーストラリア人の多くは「たとえ同性でも」友人や見知らぬ人とともに全裸で風呂に入ることに抵抗があるのだ。
だから訪日時に露天風呂や大浴場がある温泉旅館を訪れても「部屋の小さなバスタブで済ませた」という人も多い。「露天風呂付客室」が人気なのもそうした理由からである。
市営プールなどの更衣室ではシャワーブースのような「個室」に入るのではなく、たくさん並ぶロッカーの前でスッポンポンになって着替えているオーストラリア人も多いというのに、この感覚は日本人にとっては何とも不思議である。だがこれは日本人が「温水プールは水着で入るのだが、温泉では着衣だとなんとなく違和感がある」というのと同じで、理屈ではなく感覚的に受け入れにくいものなのだろう。
その「同性でも全裸入浴には抵抗がある」という声を日本風温浴施設にも反映させたのがオーストラリア人のオーナーたちである。日本での常識をとりあえず無視して「着衣で入浴」というルールにしたのだ。
こうして「大自然の中、露天風呂中心に着衣で入る温泉」という「現在オーストラリアの日本風温浴施設」のパターンが確立した。
「着衣」ゆえに手に入れた「自由」
そして「着衣」ゆえに「混浴」が可能になった。スイミングプールでもその脇にある気泡風呂でも「男女いっしょ」であることの延長線上という認識だろう。
逆に「プールは男女いっしょだが風呂は別」が基本で育った我々日本人のほうが、着衣とはいえ「混浴」であることに戸惑う。
私もオーストラリアで初めてこの「着衣混浴」の日本風温浴施設に入る際はかなり違和感があった。場所は前出の「ミータング温泉」である。ここには「大浴槽」「壺湯」「寝湯」「足湯」など湯の温度も様々な浴槽が大小10種類ほどあるが、そのすべてが「露天風呂」だ。
水着姿の女性たち(バスローブを羽織っている人もいる)が特に気にするでもなく浴槽から浴槽へと渡り歩いているのを見て、こちらの方が気後れする。いざ浴槽に入っても肌と湯の間にボードショーツがあることがなんだか居心地が悪い。どことなく不自由な感じがする。
だがしばらくするとやわらかな湯の心地よさに、いつしか着衣であることを忘れていた。
そこで「男性2人と女性1人」という20代の3人組に出会ったので話を聞いてみることにした。聞けば職場の仲間だという。土日が休みづらい職場で平日遊ぶ相手がいないので、休みの日が同じ者同士であちこち日帰り旅行に出かけていて、その日はたまたま「日本風の風呂」に来てみたのだという。
「日本の温泉では全裸で入るんですよ」という話をすると女性がこう答えた。
「そうなんですか。でも全裸になるスタイルじゃなくて良かったです。それだったら彼らとこうしてお風呂に入ってのんびりとおしゃべりするという経験はできなかったですから」
筆者も最初「着衣入浴は不自由」と不満だったが、彼らが言うように「異性といっしょに入る自由」を得られると思いなおしていた。

豪州で全裸混浴が増えるのか日本で着衣混浴が増えるのか
ゴールドコーストの内陸部、タンボリンマウンテンという高原の中にある「ソルエレメンツ」も日本風温浴施設も「貸切風呂」以外は「着衣混浴」だ。
そこで出会ったオーストラリア人夫婦は日本へ何度も旅行しているという。温泉旅館の畳敷きや布団で寝ることも大好きだというが、「大浴場はやっぱり勇気が出なくて……」ともっぱら「露天風呂付客室」とか「貸切露天風呂」がある旅館を選んでいる。「でも大浴槽ほど広くはなくて……。ここならやっぱり足を伸ばして入れるので最高ですね」

さてこれから先、オーストラリアの日本風温浴施設が「全裸混浴」になる可能性はおそらく低い。いや、「全裸で男女別々」になることもないだろう。そもそも「風呂で他人といっしょに全裸になること」への心理的バリアがあり、かつ「全裸になることのメリット」をあまり感じていないからだ。リゾートホテルのスイミングプール脇の気泡風呂に水着で入ることが常識の彼らには、「着衣で入浴することの違和感」はない。

取材を通じて私はむしろ日本の温浴施設の中でも「着衣で混浴」のところがもっと増えればいいと思い始めている。すべてがそうなってほしいわけではなく、伝統の「スッポンポンスタイル」のところも残ってほしいのだが。
なぜなら「いっしょに風呂に入りながらのんびりとおしゃべりしたいなあ」と思う異性の友だちも数多くいるからだ。居酒屋でバカ話もできる異性の友だちもいる。カラオケでバカ騒ぎもできる女性たちもいる。でも現状では彼女たちと湯につかりながら静かに語り合うスタイルの「裸のつきあい」はできない。それがちと寂しい。
なんたって世の中の半分は異性だ。
取材協力/
ミータング温泉 https://www.metunghotsprings.com/
ソルエレメンツ https://www.solelements.com.au/
ゴールドコースト観光局 https://experiencegoldcoast.com/
オーストラリア政府観光局 https://www.australia.com/ja-jp
ビクトリア州政府観光局 https://jp.visitmelbourne.com/
文/柳沢有紀夫
世界約115ヵ国350名の会員を擁する現地在住日本人ライター集団「海外書き人クラブ」の創設者兼お世話係。『値段から世界が見える』(朝日新書)などのお堅い本から、『日本語でどづぞ』(中経の文庫)などのお笑いまで著書多数。オーストラリア在住




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