第108回全国高等学校野球選手権大会が開幕した。出場した球児のあいだでは、自分の名前や背番号、座右の銘などを入れた「出場記念タオル」を作るのが定番になりつつあるという。ただし、応援グッズではない。甲子園球場には、個人名の入ったものを掲げてはいけない規定があるからだ。では、誰のために、なぜ作るのか。このタオルを手がける神野織物株式会社の担当者に聞いた。
甲子園では掲げられない。タオルは世話になった人に配るもの
同社によれば、今夏の注文は取材時点で出場49校のうち34校と実に70%近い高校から問合せがあるという。近年では、全国高等学校女子硬式野球選手権大会の出場校からもタオル作成の依頼が増えているそうだ。
では、このタオルはどこで使われるのか。
「出場記念タオルは、甲子園へ持っていくためのものではないんです。幼少時代から成長を見守ってくれた方や、それまでお世話になった方などへ、感謝のしるしに配るものですね。受け取った方は、飾ることもあれば、普段使いされることもあるようです」
配る品だから、球場では掲げられない個人名や背番号も入れられるのだ。
地方大会の決勝から甲子園の開幕までは2週間ほどしかないが、注文はそれからで間に合う。毎年7月下旬ごろから問い合わせが急増し、今年も注文窓口のLINEアカウントの友だち登録は600人ほどに達したという。
「甲子園に持っていくものではありませんから、開幕に間に合わせる必要はないんです。それでも、出場が決まった途端に問い合わせが増えるのは事実ですね。なかには決まる前からやり取りをしていて、そのまま地方大会で敗退してしまう子もいます。大会の期間中もこまめに連絡をくれる子には、いつ練習しているんだろうと心配になることもあります(笑)」
注文するのは親ではなく、球児本人
発注元は学校でも後援会でもなく、一件一件が個人だという。
「選手ご本人から来ることがほとんどです。いまプロで活躍している選手からも、甲子園に出た当時に直接ご連絡をいただいて、やり取りをしながら作ったことがありましたね」
決して安い買い物ではない。同社によると、価格は1枚1500~1600円で、もっとも多い100枚前後の注文なら総額16万円ほどになる。
「高校生にとっては、相当大きな金額ですよね。だから、親御さんに内緒で注文される方も結構いて(笑)。親御さんも驚かれますが、それでも『せっかくの機会だから』と、そのまま作ってくださる方がほとんどです」
「明鏡止水」から「なにくそ」へ。タオルに入る言葉が変わった
デザインの元になるのは、球児の手書きのメモだ。レイアウトの希望に、写真と入れたい言葉を添えて送ってくる。写真はそのまま印刷せず、イラストに描き直すのが同社の流儀で、この仕上がりに憧れて注文する球児も多いそうだ。
入れる言葉には、はっきりした変化があるという。
「以前は『明鏡止水』のような、昔ながらの四字熟語が多かったです。いま年間を通して多いのは、『スマイル』や『なにくそ』といった言葉ですね。誰かの名言というよりは、自分にすっと入ってくる言葉を選ぶ子が多くなっています」
取材中に見せてもらったタオルも、大半が「強気」のような短い言葉で、四字熟語は「勇往邁進」の一枚だけ。とはいえ、先人の言葉が選ばれなくなったわけではない。「為せば成る 為さねば成らぬ 何事も」を入れた球児もいる。
「特に思い出に残っているのは、言葉ではなく人の名前を選んだ球児です。小学校時代にチームメイトを川の事故で、その後もう一人の仲間も亡くされた子で、『二人の人生を、僕も一緒に背負っていきたい』と」
タオルは、配って終わりでもない。デザイン用に描き起こしたイラストを、そのままSNSやLINEのアイコンに使う球児も少なくないという。
敗れたあとに始まる「タオル交換」
甲子園の記念といえば、敗れたチームが持ち帰る土である。近年はそこに、この一枚が加わりつつある。しかも配り先は、身内や地元の関係者にとどまらない。
「最近では甲子園で戦った相手校の選手とも実は仲良くなっていて、LINEを交換している。それで後日、タオルを交換しようという話になるんですね。強豪校同士は普段から練習試合を組んでいて、試合を離れれば、同じ目標に向かってきた同志。親しくされているようです」
一方、高校野球の競技人口は縮んでいる。硬式部員は12万5381人(2025年度・日本高野連)で、11年連続の減少。それでも、担当者は市場の縮小を心配していない。
「子どもの数は確かに減っています。ただ、ベンチ入りできる人数は変わりませんし、毎年50校近くが出場するという枠組みも変わらないでしょう。むしろ懸念しているのは猛暑による開催時期の見直し論ですね。秋開催になれば、年間を通して使えるTシャツに替えようか、という話になるかもしれません。ただ、Tシャツはサイズが合わないと着てもらえませんが、タオルは年中誰でも使えます。感謝の気持ちを伝えるために大勢へ配るとなると、やはりタオル以外では難しいと思うんです」
今年も球児たちは100枚前後のタオルを注文し、カンパをくれた人へ、世話になった人へ、そして戦った相手校へと配っていく。
【取材協力】
神野織物株式会社
手ぬぐい・タオルの企画製造卸。甲子園出場記念タオルのほか、剣道の面手ぬぐい、企業・自治体向けタオルなどを手がける。甲子園出場記念タオルの製作実績は100校以上(同社発表)。
文/桜井カズキ
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