クマも身長を“盛って”いた
1976年公開のアメリカ映画『グリズリー』のポスターでは、両前足(両腕)を大きく上に挙げて立ち上がった凶暴なグリズリー(ハイイログマ)の姿が強烈なインパクトを放っていたが、昨今のクマ被害の多発で映画の恐怖が現実のものとなっているとも言える。
クマが立ち上がるのは、自分を大きく見せて相手を威嚇したり、周囲の臭いを嗅いで状況を確かめるためであるといわれている。必ずしも感情が荒ぶっているときや警戒しているときだけでなく、単にただ周囲の様子を窺うために立つこともあるという。
なるべく身体を大きく見せることは、外敵やライバルのいる環境の中において基本的な生存戦略である。相手に向けてエリを広げるエリマキトカゲや、身体をパンパンに膨らませるフグをはじめ、我々人間でも、特に男性は筋トレで身体を大きくしたり、男女問わずヒールの高い靴で身長を“盛って”いたりもしている。
“盛って”いるということは、現状に手を加えているということであり、ある意味では見る者を欺く行為だ。
シークレットブーツを履いてそれが首尾よく周囲に気づかれなければ、特に罪はないものの人を欺いたことにはなるが、驚くべきことに一部の動物も周囲を欺くことができるようだ。新たな研究ではスペインの野生のクマが身長を“盛って”いる証拠が得られたことが報告されている。
地上3メートル地点の痕跡
スペイン国立研究評議会(CSIC)、野生動物保護基金(FAPAS)をはじめとする国際的な合同研究チームが今年7月に「Journal of Mammalogy」で発表した研究では、スペインの山々に生息するクマの一部は、より大きなライバルとの対決を避けるために、実際の体格を“盛って”いる可能性を示唆している。
ヒグマは自分の縄張りのエリアの木々の幹に、後ろ足で直立した状態で手が届く最高地点、多くの場合は地面から約2メートルの高さに匂いをつけたり、痕跡を残して迷い込んだ余所者に対して警告を発している。
研究者たちはペインのカンタブリア山脈のクマの生息地で、地上からでは到底届かない高さ、たとえば約3メートルの高さに痕跡を発見した。痕跡のすぐ下に折れた枝が見つかったことから、この動物は幹を登って痕跡を残したと考えられるのだ。
追跡された164頭のカンタブリアヒグマ(Cantabrian brown bear)の個体のうち、 7頭のオス(4.3%)は、木の幹に登ったりして、実際の体格ではありえないほど高い場所に痕跡を残した。まさに“偽装工作”であり、これらのうち57.1%が成獣、42.9%が亜成獣だった。
「これらの結果は、ヒグマがこれまで偽造不可能と考えられていた指標信号を操作できることを示唆しており、ヒグマのコミュニケーションシステムに複雑さを加えています」と研究チームは結論づけている。
クマでは初めて観察された欺瞞行動
クマの興味深い行動を調査するため、研究チームは2021年から2024年にかけて、カンタブリア山脈の14カ所のマーキング地点にカメラを設置し、合計11万7552時間の映像記録を行った。映像を分析した結果、この狡猾な7頭のオスは、実際の身長よりも高い位置に化学的な匂い、および視覚的な警告を残すために木に登っていたことが明らかになったのだ。
「優位性のないオスや若い個体にとって、この戦略は有利に働く可能性があります。体を大きく見せることで、より大きなライバルを威嚇し、直接対決の可能性を減らし、それに伴うコストを回避し、さらには繁殖の機会を増やすことができるからです。これはほかの哺乳類で見られる欺瞞行動を彷彿とさせる戦略ですが、クマではこれまで記録されたことがありませんでした」と研究チームは説明する。
哺乳類で見られる欺瞞行動とは、たとえばサルやチンパンジーなどの霊長類は、天敵がいないにもかかわらず警戒声を発し、驚いて逃げ出したほかの個体が残したエサを奪うという欺瞞的行動が見られる。
もっと素朴な例としては、グループの中で弱い個体が群れの優位な個体にエサを見つけられないよう、隠れて食べることもあるようだ。
“偽装工作”は弱さのあらわれ
研究チームによれば確認されたクマの“偽装工作”の痕跡は少なく、調査対象地域のごく限られた場所でしか見られないことから、クマを欺瞞的な種と断定することについては慎重である。
「私たちの研究は、クマの魅力的な行動能力を浮き彫りにしており、さらなる観察研究や実験研究を行う価値があることを示しています」(研究論文より)
裏を返せばクマのこの“偽装工作”は弱さのあらわれであり、体格が小さく弱い個体や発育途上の亜成獣が、付近にいる大きく屈強な成獣を欺くためであるということだ。映像の分析からも、すでに大きな成獣はこのような“偽装工作”は行っていないという。
スペインのカンタブリア山脈とピレネー山脈に生息する2つのヒグマの個体群は、 1970年代から1980年代にかけて絶滅寸前まで追い込まれたものの、現在では400頭以上にまで回復している。これらのヒグマは依然として絶滅危惧種ではあるものの、保護活動のおかげで絶滅寸前の危機的状況からは脱した。
クマの周囲を欺く能力が種の存続にプラスの影響を及ぼしているのであれば、大目に見てあげなければならないのかもしれない。
※研究論文
https://academic.oup.com/jmammal/advance-article-abstract/doi/10.1093/jmammal/gyag055/8725955
文/仲田しんじ
なぜ、クマの出没頻度が増加しているのか?現役のマタギに聞く「クマと人間との正しい付き合い方」
ここ数年、市街地でのクマ目撃件数が増加。人身被害のニュースも頻繁に目にするようになった。 これからの時期はツキノワグマの交尾期にあたり、特にオスの行動範囲が広が…




DIME MAGAZINE















