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アートで〝ゾッとする〟瞬間!ホラーじゃないのに記憶にこびりつく静かな恐怖の正体を紐解く

2026.08.18

 こうも連日の猛暑が続く、涼が得られるものなら何でもよいから求めたくなる。今年はホラー映画のような直接的な刺激ではなく、アート作品から受ける静かな恐怖を味わってみてはどうだろうか。見慣れた風景の中に潜む、じっとりと肌に張り付くような違和感の正体を紐解いてみよう。

ジョルジョ・デ・キリコ:歪んだ遠近法と不自然に伸びる影

20世紀初頭に形而上絵画を提唱し、のちのシュルレアリスムに決定的な影響を与えたイタリアの画家、ジョルジョ・デ・キリコ(1888-1978)。彼は現実のルールや遠近法を意図的に狂わせた神秘的な空間描写で知られている。彼の代表作《通りの神秘と憂愁》は、白昼夢の時間が止まったような空間が舞台となっている。黄色く濁った不穏な光に包まれた無人の広場に、不自然に長い影を引いて走る小さな少女が描かれている。極端に強調された遠近法で描かれたアーケードが、観る者の視線を否応なしに奥へと引きずり込む。その先を遮るように、壁には彫刻のシルエットが不気味に投影されている。誰もいない街の静寂と、何も知らない少女に迫る得体の知れない運命というサスペンスが、私たちの心に言いようのない恐怖心を呼び起こすのである。見慣れた日常がふと異質なものに変貌する瞬間の、言い知れぬ不安感を巧みに描き出した名作である。

エドヴァルド・ムンク:群衆の中に伝染する顔のない不安

19世紀末から20世紀前半にかけて活動したノルウェーの巨匠エドヴァルド・ムンク(1863-1944)は、人間の内面に潜む深い孤独や死、精神的苦悩を感情豊かな色彩と線で表現し、表現主義の先駆となった。彼の作品《不安》では、血のように赤くうねるフィヨルドの空の下、こちらに向かって歩いてくる黒衣の市民たちが描かれている。

彼らの顔には生気がなく、目はうつろで、まるで目鼻立ちが溶け落ちてしまったかのようなのっぺりとした表情は、まるでゾンビの群れのようだ。ムンクは、集団の中にいながら互いに言葉を交わすことも感情を共有することもなく、ただ孤独に得体の知れない不安に憑りつかれた人々の姿を描き出した。鑑賞者に向かって歩いてくる無数の人間に明確な顔がなく、重苦しい不安感だけが感染していく状況は、集団的パニックの直前にある危うさを秘めた恐怖を突きつける。社会や他者からじわじわと心が侵食されていくような生理的な恐怖を視覚化した作品である。

ポール・デルヴォー:静止した幻想的な空間

20世紀のベルギーを代表するシュルレアリスム画家ポール・デルヴォー(1897-1994)は、古典的な建築や彫刻と近代の鉄道を同じ画面に同居させることで、夢幻的な独自の異世界を構築した。彼の代表作《夜汽車》の舞台は、薄暗い駅のホームだ。走り去っていく列車の後ろ姿の横には、この時間にひとりで何をしているのだろうか?それを見送っている少女の姿が描かれている。汽車が走り去っていくからには轟音を立てていてもおかしくないはずだが、そんな汽車がまるで無音で滑るように動いているような錯覚に陥る作品となっている。遠ざかる汽車の後ろ姿によって取り残されてしまう孤独感を感じさせると共に、取返しのつかない何かを取り逃してしまったかのような不安感を煽る作品だ。

ジェームズ・アンソール:仮面の裏側に潜む人間の欺瞞

19世紀末から20世紀前半のベルギーで活動したジェームズ・アンソール(1860-1949)は、仮面や骸骨を多用し、人間社会の偽善や群衆の狂気を風刺的かつグロテスクに描き出した。《仮面の中の自画像》では、画面を埋め尽くすほどの異常な密度で描かれた奇怪な仮面や歪んだ顔の群れの中に、赤い羽根飾りのついた帽子を被った画家自身がぽつんと配置されている。

周囲の仮面たちは笑っているのか泣いているのかも分からない空虚な表情で画家に迫り、アンソール自身の顔だけが冷ややかな静けさを保って見つめ返している。彼は日常の社交辞令という仮面を剥ぎ取った後に現れる他者の悪意や欺瞞、群衆の狂気を可視化した。笑顔の裏側に潜むドロドロとした心理を暴き出すその視線は、鑑賞者の深層心理をも鋭くえぐり出す。

巨匠たちが仕掛けた違和感の正体

これら4つの作品に共通しているのは、私たちが日常的に目にする風景や人々を題材にしながら、その質感や配置を狂わせることで違和感を生み出している点だ。また、ホラー映画のような直接的な暴力ではなく、音が消えたような時間が凍りついた徹底的な静寂の中でじわじわと忍び寄る恐怖を描写する静的なサスペンスの手法も共通している。

しかし恐怖の発生源については各作家で違いがある。キリコは歪んだ遠近法や不自然な影といった空間と構造によって舞台装置そのものの不条理を演出し、デルヴォーも同様だ。一方でムンクは顔のない群衆を通じて集団的なパニックや感情の伝染を描き、アンソールは顔を仮面として描くことで内面に潜む狂気や欺瞞を暴き出すなど人間が持つ恐さを表現している。

アートは異なるベクトルから私たちの深層心理にある違和感のスイッチを巧みに押してくる。何に恐怖や違和感を覚えるかは人によってさまざまだが、心惹かれる不気味な作品の傾向をたどっていくと、自分自身の深層心理の輪郭がうっすらと見えてくるはずだ。

文/コウチワタル
東京在住の美術ライター。2025年にアートナビゲーター(美術検定1級)の資格取得。中学生の時に美術の資料集で目にしたルネ・マグリットの作品に衝撃を受け、以来、世界の美術館や芸術祭を巡る。現在は、多忙な日々を送る現代人に向けて、日常をクリアに変える「視点の変換」としてのアートの楽しみ方を多角的に発信している。

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