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幻のシンセサイザーが堂々凱旋!ヤマハ「GS1」修復記念イベントでかつしかトリオの向谷実さんが胸熱トーク

2026.08.03

ヤマハのシンセを象徴するFM音源を初搭載したステージキーボード「GS1」と最新のシンセサイザー「MONTAGE M」のサウンドを比較するイベント『向谷実 meets GS1』が開催された。

「おかえり、GS1!」。修復プロジェクトはこうして始まった

今回お披露目された「GS1」は、もともとヤマハがアメリカのスタンフォード大学へデジタル音源技術における歴史的な協業の証として寄贈した個体そのものだ。長年、同大学のCCRMA(Center for Computer Research in Music and Acoustics)のエントランスホールに象徴的なモニュメントとして展示されていたが、約2年前、ヤマハの「シンセサイザー製造50周年」の記念活動の中で、FM音源の生みの親であるジョン・チョーニング博士が来日。その際、ヤマハ社内には「GS1」が実質的に1台しか残されておらず、それも企業ミュージアム「イノベーションロード」の永久展示コーナーの壁面にほぼ埋め込まれる形で固定されていたため、実際に演奏したり、外部に持ち出して活用できる状態ではない状況を知ったチョーニング博士は、「それは歴史的な宝の持ち腐れであり、絶対にいけない。この個体はスタンフォード大学のロビーにただ置いておくのではなく、開発の故郷であるヤマハに戻し、実際に音楽を奏でられる生きた楽器として使ってほしい」と強く提案。これにより、40年以上の時を経て日本へと正式に返還されることとなったのだ。

しかし、返還された「GS1」のコンディションは最悪であった。木製外装は激しく劣化し、電源を入れても音が出ない状態であった。ここから、ヤマハの技術の粋を集めた1年がかりの修復プロジェクトが始動する。

電気回路の修理という極めて専門的な領域は、ヤマハOBであり当時「GS1」をはじめとする初期FM音源の開発に携わった山田秀夫氏と修理のエキスパートである益本義久氏のコンビが担当した。当時の図面やアナログとデジタルが混在する複雑な基板を前に、当時の部屋(開発室)の熱気を知る職人たちがタッグを組み、1つ1つの電子部品を検証・交換していった。

一方で、高級家具のような美しい佇まいを持つ外装の修復は、ヤマハのピアノ修理を専門に手がける「ヤマハピアノサービス」の熟練職人である安松氏に託された。アコースティックピアノの修復で培われた技術を用い、木製の外板やパーツの1つ1つを手作業で丁寧に磨き上げ、当時の高貴な輝きを完全に蘇らせた。

こうして2026年4月、奇跡的に現役当時の完璧なサウンドと気品ある外観を取り戻した「GS1」が甦った。

ヤマハはこの貴重な楽器をショールームに飾るだけでなく、当時ステージやレコーディングで限界まで酷使し、そのポテンシャルを世界に知らしめたキーボーディストであり、同時に現代の最新ヤマハシンセサイザー「MONTAGE」シリーズにおける「GS1」音色移植プロジェクトの監修も務める、元・カシオペアの向谷実氏の協力を得るべきと判断。こうして向谷氏を迎えたトーク&実演の歴史的イベントの幕が切って落とされたのだ。

元・カシオペアで現・かつしかトリオのキーボーディスト、向谷実氏。オリジナル「GS1」を「戦友」として弾き尽くしたスペシャリストだ。

向谷実氏が語るFM音源の衝撃と「GS1」という「時代の音」

満雷の拍手の中で登壇した向谷氏は、持ち前のウィットに富んだ軽快なトークで会場を一気に包み込みながら、自身と「GS1」の出会いを振り返った。向谷氏が「GS1」を導入したのは1981年から1982年にかけてのカシオペア全盛期であり、アルバムの制作や過酷なライブツアーを共に戦い抜いた記憶は、今なお鮮明であるという。

向谷氏は、修復を終えた「GS1」の鍵盤に手を置き、実際にいくつかのコードを鳴らしながら、唯一無二のサウンドの魅力を解説した。

特に向谷氏の演奏に熱がこもったのは、「GS1」に内蔵されている独自の「アンサンブル(アナログのコーラス/トレモロ効果)」エフェクトの挙動であった。このエフェクトのスイッチをオンにした瞬間に、スピーカーから「サーッ」という特有のアナログノイズが立ち上がる。現代の完全にノイズレスなデジタル楽器とは異なり、このわずかな空気感を含んだノイズの中から、FM音源の極めてクリアなデジタルサウンドが立ち上がってくる質感こそが、当時の最先端の響きであった。

カシオペア時代から定評があったトーク力で、会場を沸かせる向谷氏。誰が名付けたか、別名「司会屋ミノル」(笑)

向谷氏は「すべてが完璧にデジタル化される前、アナログの温かみとデジタルの正確さが混在し、技術が頂点に向かって猛烈に動いていた時代の音が、この1台の挙動に如実に現れている。これこそが僕たちの時代の喜びだった」と、その歴史的価値を力説した。

さらに「GS1」の核である「FM音源」の音楽的な凄みについても解説がなされた。

後に世界中の音楽シーンを一変させる名機「DX7」の大ヒットへと繋がるこのFM音源は、それまでのアナログシンセサイザーとは根本的に異なる発想をもっていた。当時フュージョンシーンで多用されていた「エレクトリックピアノ」は、金属片や振動体を物理的なハンマーで叩き、その生音をピックアップで拾ってアンプで増幅・加工するものが主流であった。

1983年発売。楽器史にその名を刻む名機ヤマハ「DX7」。発売当時価格24万8000円は(手頃な方に)破格の値付けだった。

それに対し、ヤマハが実用化したFM音源は、サイン波同士を変調(掛け合わせ)させることにより、金属的な打撃音から複雑な倍音成分に至るまで、「音を1から完全にデジタル空間で合成して作り上げる」という未知のアプローチ。これにより、従来のシンセサイザーでは不可能だった、きらびやかで透明感があり、なおかつ圧倒的なアタック感を持つ独自の「エレクトリックピアノ・サウンド」や、バリバリと力強い「シンセブラス・サウンド」を構築することが可能となった。

向谷氏は「カシオペアの爆音のバンドアンサンブルの中で、キーボードの音が埋もれないようにするのは至難の業だった。しかし、ヤマハのFM音源はシンプルな和音をポンと弾くだけで、バンドの音を突き破って客席までカチッと切り込んでいく圧倒的な存在感と輪郭をもっていた。これがFM音源の本当の凄さ!」と当時を回想した。

また、「GS1」が誇る「16音同時発音」というスペックが、当時のキーボーディストにとってどれほど革命的であったかも強調された。

当時、アナログシンセサイザーと言えば和音が弾けない単音発音のものがまだ主流。サスティンペダルを踏みながらバラードや高速なアルペジオを演奏すると、新しく弾いた音の分だけ古い音が次々と消えていく「音切れ」という物理的な限界に常に悩まされていた。

ボディアクションできる範囲の少ないキーボーディストにとって「表情」は大事、と向谷氏。氏曰く「顔芸」。

向谷氏は「16音同時に出るということは、当時のミュージシャンにとって宇宙が開けたような衝撃だった。当時のエンジニアたちは、2音増やす、4音増やすためにどれほどの半導体開発の苦労とコストを注ぎ込んでいたことか。それを16音のポリフォニックで実現したヤマハの技術は、まさに当時の世界最高峰だった」と絶賛した。

プロトタイプ「TRX」の開発背景と歴史的「御前演奏」

トークのテーマは、「GS1」の開発の源流であり、電子楽器の歴史におけるミッシングリンクとも言えるプロトタイプ「TRX(Touch Response X)」の話題へと移った。

1970年代、電子楽器業界が直面していた最大の技術的壁は、「アコースティックピアノのように、タッチの強弱によって、音量だけでなく音色の輝きや倍音の出方までを滑らかに変化させる『理想的なタッチレスポンス』をいかに実現するか、電子楽器ならではの表現力をいかに実現するか」であった。この壮大な命題を実証するために、ヤマハの開発陣が総力を挙げて試作した実験機が「TRX」である。

イベントのスライドより。

ここで、開発者の山田秀夫氏が当時の貴重な写真を携えてトークに加わった。向谷氏は「当時、浜松のヤマハ本社に行くと、山田さんや後にDX7を生み出す天才エンジニアの西元哲夫さんをはじめとする開発陣がズラリと並んでいて、みんな口数が少なく、ものすごくストイックでシリアスな顔をしていた。20歳そこそこだった僕は、怖くて威圧感すら覚えていた」と笑いを誘った。

これに対し山田氏は「当時は今までに世界にない全く新しい楽器を作るという使命感で、全員が極限の集中状態にあった」と応じた。

オリジナル「GS1」をはじめ、様々なヤマハシンセの開発に携わったヤマハOBの山田秀夫氏。

向谷氏が初めてTRXと対面した時、それはまだ半導体のLSI(大規模集積回路)化が行われる前の段階であり、電子基板が剥き出しになった巨大な装置であった。鍵盤の背後には、およそ2000個ものICチップが整然と並んだボードが露出しており、現在のシンセサイザーのように液晶画面で音色を自由にエディットするような機能はなく、プログラムされた音が1~16のボタンに割り当てられているだけの状態であった。

このTRXを用いて行われたのが、ヤマハの社内で伝説として語り継がれている、いわゆる「御前演奏」である。これは、当時の経営陣や最高権限をもつトップの目の前で、開発中の楽器のポテンシャルを実演によって証明する審査の場であった。

向谷氏は「駆け出しのキーボーディストだった自分が、ヤマハという世界的なメーカーのシンセサイザーの未来を握らされていた。ここで僕が稚拙な演奏をしたらすべてが終わる。人生最大のプレッシャーと闘いながら、この楽器のタッチレスポンスがどれほど素晴らしい未来を切り開くかを必死に考え、もてる技術のすべてを注ぎ込んで弾いた」と、その緊張感を臨場感たっぷりに語った。

向谷氏のこの渾身のデモ演奏によって、TRXのもつ無限の将来性が認められ、プロジェクトに正式なゴーサインが出た。

「あの頃」を知る戦友というべき山田氏と向谷氏。

この功績への感謝のしるしとして、ヤマハから「カシオペアのステージ用に」と機材の提供が行われた。こうして1982年2月、東京の中央会館で行われた4日間の伝説的なライブにおいて「GS1」が実戦投入され、その演奏を一発録音した音源が、今なお世界中でフュージョンのバイブルとして売れ続けている名盤『Mint Jams(ミント・ジャムス)』だ。

いま若い世代を中心に世界中で聴かれているカシオペアの名盤「Mint Jams」(1982)。新規にアナログ盤も発売され40年を隔ててのヒット中! 「GS1」をメインに使用している。

さらに山田氏は、当時の開発における社内の思惑の二面性を明かした。

当時、FM音源の応用方法を巡っては、管楽器やフルートなどの持続音をプリセット化してエレクトーンのような親しみやすい電子オルガンを発展させるアプローチ(のちのCEシリーズ等)と、TRXや「GS1」のように、シビアなタッチレスポンスとポリフォニック(多音発音)でバンドアンサンブルを牽引するアプローチのふたつのルートで激しい議論があったという。

結果として、向谷氏という最高のプレイヤーとの出会いによって後者のルートが急速に具体化し、世界の音楽シーンをリードするシンセサイザーの道が切り開かれた。

「シンセサイザー」のイメージからかけ離れたアコースティック楽器のような佇まいをもつ「GS1」。本体裏には「組立方法」の注意書きが。質量はおよそ90kgとヘヴィ級。

向谷氏は「GS1」のタッチレスポンスの設計について、キーボーディストとしての卓越した視点から絶賛を続けた。「現代の最新シンセサイザーは、センサーの精度が上がりすぎて、タッチの強弱をダイレクトに反映してしまう。しかし、「GS1」には、同じ音を高速で連打しても、急に音がキーンと尖ったり、逆にポコンと抜けてしまったりしないような、人間側の演奏のブレを機械側が優しく補正してくれるような「加減の良さ」があった。だからこそ僕たちはステージ上でどんなに激しくエモーショナルに動いても、完璧に美しい音楽を奏でることができた。これは、当時のヤマハのエンジニアたちが、単に数式を解くだけでなく、実際の音楽家がどう感じるかを徹底的に研究し尽くしていたからではなかったか」と熱弁した。

「フィードバックFM」という発明

トークの内容は、FM音源の歴史を語る上で避けて通ることのできない、技術的な最大の発明「フィードバックFM」の話題へと深まっていった。

ヤマハは1975年、スタンフォード大学のジョン・チョーニング博士が発見したFM音源の基本特許に関する独占契約を締結した。しかし、大学の大型コンピューターによる理論上の計算と、それを「楽器」として製品化することの間には、果てしない技術的なギャップが存在していた。初期の試作段階では「これでは実用的な音楽の道具としては使えない」という非常に厳しい批判を浴び、開発は一時期、暗礁に乗り上げかけていた。

この絶望的な状況を劇的に打破したのが、当時のヤマハの技術部におり、山田氏が「僕らにとっての絶対的な神様」と称する天才技術者、富澤祀夫氏の発明であった。

フィードバックFMとは、FM音源を構成する最小単位である「オペレーター(発振器)」において、出力されたサイン波の信号を再び戻して変調をかけるという画期的な回路方式である。

それまでのFM理論では、複雑な倍音を作ろうとすると回路規模が膨大になりすぎて小型の楽器に収めることは不可能だった。しかし富澤氏が発見した「フィードバック」の仕組みを導入することで、エレキギターの歪みやブラスの鋭い立ち上がりに不可欠な、鋸歯状波のような豊富な倍音成分を含む複雑な波形を、極めて効率的かつダイナミックに作り出すことが可能となった。

1975年。スタンフォード大学とヤマハがFM音源の独占契約を締結。イベント時のスライドより。

山田氏は「富澤さんは口数が少なく、ぽつりとアイデアを出すような人だったが、彼がこのフィードバックFMの数式と回路の概念を発見した瞬間、FM音源の表現力は文字通り桁違いに跳ね上がった。それまで冷たく無機質だったデジタル音が、一気に有機的で音楽的なサウンドへと進化した」と、その歴史的転換点の本質を語った。

現在はカシオペア時代の盟友、ドラマー神保彰氏とベース櫻井哲夫氏と3人で「かつしかトリオ」として活動中の向谷氏。

「GS1」にまつわるエピソード

1981年に正式に発売された「GS1」は、そのカタログやプロモーション、そして世界中を驚かせた「伝説」によっても知られている。

「GS1」のカタログは非常に贅沢に制作されており、プロモーションにはジャズ・フュージョン界の世界的巨匠であるチック・コリア氏が起用された。山田氏は、チック・コリア氏が「GS1」を導入した際のコンサートに裏方として参加した際、本番終了後の打ち上げにチック本人から「君も一緒に!」と急遽呼び出され、2人で並んで席を共にしたという輝かしい思い出を語った。

「GS1」カタログ。

さらに、海外ではロックバンド「TOTO」のデヴィッド・ペイチやスティーヴ・ポーカロが「GS1」に惚れ込み、彼らの代表作『聖なる剣(TOTO IV)』のサウンドの核として「GS1」を多用した。「彼らも『この「GS1」がなければ、あのアルバムのシンセサイザーの響きは絶対に生まれ得なかった』と断言していた」という山田氏の言葉に対し、向谷氏は「TOTOのメンバーのあのジャケット写真の誇らしげな顔を見ると、彼らも僕と同じように、この楽器を手に入れた喜びで満ち溢れていたんだなと共感する」と語った。

TOTOの世界的ベストセラー「Ⅳ~聖なる剣」レコーディング時。中央のネクタイの男性は、まるでTOTOのメンバーのようにおさまった(笑)山田氏。「Ⅳ~聖なる剣」のシンセサウンドの多くはヤマハFM音源が彩った。

しかし、その一方で、流通台数が非常に少なかった高額な「GS1」だからこそ、その裏側では泥臭くも強烈な事件が起きていた。

ヤマハのユーザーコミュニティベース「Yamaha Sound Crossing Shibuya」にて開催。

「高原ジャズフェス・テント決壊水没事件」

カシオペアが、大分県で開催された大規模な屋外ジャズフェスティバルに出演した際の大事故である。当時の屋外ステージの上には雨除けとして大型の簡易テントが張られていた。

カシオペアの演奏が佳境に入った瞬間、空が急変して激しい通り雨がステージを襲った。雨水はテントの窪みにみるみるうちに巨大な池のように溜まっていった。そして水量がテントの限界を超えた瞬間、溜まっていた雨水が滝のようにステージ上へと降り注いだのだ!

最初に、最前列で演奏していたギタリスト・野呂一生氏のエフェクターとアンプを水が直撃し、ギターの音が完全に沈黙した。残されたメンバーは何とか演奏を継続しようと試み、向谷氏も鍵盤を叩き続けたが、向谷氏の「GS1」の上にも容赦なく大量の水が降り注ぎ、精密なデジタル回路が完全にショートして完全に沈黙した。

ステージ上で音が鳴っているのは、生音の神保彰氏のドラムと、かろうじて生きている櫻井哲夫氏のベースだけとなり、ついにはベースも音が消えた。完全な絶体絶命の中、神保氏はフュージョンの激しいビートから、機転を利かせてコミカルなドラムソロへと移行し、最後は「タカタカタカタカ……チンッ!」とドリフターズのオチのような見事な一打で、わずか15分で強制終了となった過酷なステージを締めくくった。

会場に笑いとリラックスをもたらすトークも向谷氏の魅力のひとつ。

終演後、通り雨が去って皮肉にも美しい晴天が広がる中、水没した「GS1」はすぐにヤマハのサービス部門へ緊急輸送された。機体を傾けると内部からジャボジャボと大量の水が流れ出てくる絶望的な状態であったが、当時のサービスマンたちは「カシオペアのツアーを止めるわけにはいかない!」と執念を燃やし、わずか3週間で修復してステージへと返却した。向谷氏は「当時は他に代わりの機材が世界中どこを探してもない時代だった。あのスピードで完璧に直してくれたヤマハのサービス精神には、今でも心から頭が下がる」と、当時の熱いサポート体制に深いリスペクトを捧げた。

旗艦シンセ「MONTAGE M」への「GS1」サウンド移植がついに完了!

イベントの佳境では、現代のヤマハのフラッグシップシンセサイザー「MONTAGE M」の商品企画・製品プロデューサーである大田慎一氏を交え、45年の歴史を経て「GS1」の伝説的なサウンドがどのように現代のデジタル技術へと昇華されたか、そして向谷氏が最新機材をステージでどのように駆使しているかというクロストークが展開された。

現行ヤマハ最強シンセ「MONTAGE M」シリーズ開発者の大田氏(左)と山田氏、向谷氏。

大田氏は、長年世界中のフュージョンファンやミュージシャンから、「MONTAGE Mには強力なFM音源(FM-X)が搭載されているのだから、あの『Mint Jams』の「GS1」のエレピやブラスの音を完全再現してほしい」という熱烈な要望が絶えず寄せられていたことを明かした。しかし、「GS1」の開発から40年以上が経過しており、当時の詳細な設計データやエフェクト回路の挙動に関する仕様書は社内にもほとんど残されていなかった。

そこで大田氏は山田氏を講師に迎えた社内エンジニア向けの「「GS1」音色勉強会」を立ち上げた。実機の音を1音ずつ詳細に検証し、山田氏の当時の記憶やニュアンスを徹底的にヒアリングする中で、ヤマハの優れた技術者が、「GS1」の最大の肝である「アナログアンサンブルエフェクト」の独特な変調挙動や温かみを、現代のDSP(デジタル信号処理)上で完全にモデリング・シミュレートすることに成功した。

大田氏は「そのエフェクトをデジタル回路に組み込み、FMの音を通した瞬間、デジタル特有の硬く尖った音が、まるで実機の「GS1」のようにふわっとマイルドな、有機的な空気感に包み込まれた。その音楽的なサウンドがスピーカーから響いた瞬間、私の頭の中で、当時のカシオペアの熱いステージとあのアルバムジャケットが鮮やかに交差し、エンジニアとしての誇りで胸が熱くなった」と熱弁した。これを踏まえ、向谷氏が当時の記憶を頼りに徹底的にチューニングを施した、完璧な「GS1」再現サウンドが「MONTAGE M」のOSバージョン3に正式搭載され、さらにミドルクラスの「MODX M」シリーズにも配信されて全世界のユーザーが利用可能となった。向谷氏は「頭の中にしかないと思っていたあのまろやかな青春の音が、最新シンセサイザーの中で完璧に蘇り、世界中で鳴らされているのは驚異的なことだし、本当に嬉しい」と満面の笑みを見せた。

さらに向谷氏は、現在の自身のバンド「かつしかトリオ」における演奏環境の変化と、「MONTAGE M」を用いた超絶的なライブ演出術を具体的に実演した。カシオペアの4人に対しかつしかトリオは3人(キーボード、ベース、ドラム)となり、ギタリストがいないため、キーボードが担う音の空間的な密度とオーケストレーションの重要性は飛躍的に高まっている。

イベントのフィナーレは「GS1」と「MONTAGE」を使った向谷氏の極上のソロプレイで。

向谷氏は「MONTAGE M」の「スーパーノブ」やフットペダルを用いたライブ中の脳内マトリックスを明かした。

例えば、重厚なハンマーアクションの鍵盤の下鍵盤側でアコースティックピアノを激しくバッキングしながら、上鍵盤側でソロ用のシンセリードやブラスを鳴らす。単に音色をスプリット(分割)して重ねるだけでは、シンセサイザーの音は「一本調子な信号」のように冷たく聴こえてしまい、バンドの生音に負けてしまう。そのため向谷氏は鍵盤を押し込んでいる間に倍音やモジュレーションが有機的に変化するようにプログラムしている。さらに、「ソロのフレーズに行き詰まった時は、僕の得意な『顔芸(エモーショナルな表情)』と連動させてノブやタッチを動かすことで、1小節から2小節の間、音を劇的にうねらせて聴衆を引きつけるテクニックを使っている。音と顔は完全に連動しているんだ(笑)」と語り、会場を沸かせた。

かつしかトリオの1stアルバム『“Organic”feat. LA Strings』(ヤマハミュージックコミュニケーションズ)。

向谷氏は「観客からは、ただ激しくノリノリで鍵盤を弾いているように見えるかもしれないが、実は頭の中は瞬時にどのペダルをどれだけ踏み込み、どこのエリアの鍵盤でハモらせるかを完璧に計算して動かしている。「MONTAGE M」の圧倒的な処理速度と、プレイヤーの要求にどこまでも応えてくれる柔軟な設計がなければ「かつしかトリオ」の爆発的なバンドサウンドは絶対に成立しない。僕はこの楽器のおかげで、年を取ってもまだまだ新曲を年間10曲も作り、ステージで攻め続けることができる」と、ヤマハの楽器開発への最大の賛辞を送った。

イベントのグランドフィナーレとして、向谷氏は「数式とエンジニアの情熱から生まれた「GS1」のDNAは、決して思い出の中の遺物ではない。それは現代の「MONTAGE M」へと確かに受け継がれ、今なお最前線の音楽シーンで進化を続けながら、世界中の新しい世代の観客の心を震わせている。この素晴らしい楽器の血流を支えてくれた山田さんをはじめとするすべての技術者たちに、最高の敬意を表したい」と締めくくり、音楽の歴史的な継承の重みと未来へのワクワク感を満員の客席に共有し、感動のトークセッションは幕を閉じた。

ヤマハ シンセサイザー公式

文/前田賢紀

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楽器ケースを背負った学生たちを目にする機会が増えたり、〇〇音楽教室も盛況だと聞けば、なるほど令和的「バンドやろう!」機運を感じずにはいられない。楽器演奏はエモー…

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